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接続中の教室  作者: 柑橘みかん


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最終話(清書完全版)「未接続のまま」

管理室の機械音が変わった瞬間、空気の質がはっきりと変わった。さっきまで一定のリズムで鳴っていた低い駆動音が不規則に揺れ始める。壁面のランプの点滅もばらつきが出る。統一されていたものが、目に見える形で崩れていく。その変化は、頭の中でも同じだった。さっきまでわずかに残っていた風の音が、完全に消える。思考の奥に触れていた何かが、静かに剥がれ落ちる感覚があった。


「……止まった」


自分の声が、はっきりと自分のものとして聞こえる。誰にも重ならない、揃わない音。初めて、それを強く実感する。


背後で扉が軋む音がした。振り返る。担任が立っている。だが、もう“同じ存在”には見えなかった。動きが揃っていない。呼吸が乱れている。視線が安定していない。今まで保たれていた均一性が崩れ、ただの一人の人間のように見える部分と、まだ何かに引きずられている部分が混ざっている。


「……何を、しましたか」


声が震えている。これまでのような滑らかさはない。


「戻してください」


その言葉にも、以前のような強制力はない。ただの懇願に近い響きだった。


その後ろに立つ生徒たちも同じだった。動きがばらばらで、視線が揃っていない。中には戸惑ったように周囲を見回している者もいる。誰かが小さく呟く。


「……ここ、どこだっけ」


別の誰かが言う。


「さっきまで、何してた?」


言葉が繋がらない。記憶が断片的に戻り始めている。


「……戻ってきてる」


小さく呟く。完全ではない。だが確実に、“個”が戻り始めている。


担任が一歩踏み出す。その動きはぎこちない。


「……これは、異常です」


言葉を選びながら話しているように見える。今までのような自動的な発話ではない。


「効率が、著しく低下する」


その言葉に、はっきりとした違和感を覚える。今のこの状況を“効率”で測っていること自体が、すでにズレている。


「それでもいい」


静かに答える。


「同じじゃなくていい」


その一言で、空気が揺れる。誰かが息を呑む音が聞こえる。言葉が、個々に届いている。


担任の表情が歪む。笑顔を維持しようとして失敗しているような、不自然な動き。


「……非効率です」


もう一度、繰り返す。


「それでもいい」


はっきりと言う。


「消えるよりは」


その言葉が、空間に落ちる。


一瞬、静寂が訪れる。


そのあと、誰かが小さく言う。


「……消えてた、よな」


別の誰かが続ける。


「一人、いなかった気がする」


完全には思い出せない。でも、“違和感”として残っている。


それで十分だった。


担任がその様子を見て、わずかに後退る。その動きには明確な迷いがあった。


「……同期を再開します」


そう言いながら、ポケットから端末を取り出そうとする。


その瞬間、反射的に動いた。


机の上のケーブルを引き抜く。


スマホとの接続を完全に切る。


同時に、装置のスイッチを入れる。


頭の中が完全に静かになる。


「……無理だよ」


短く言う。


「もう繋がらない」


担任の手が止まる。


動きが止まる。


視線が揺れる。


何かを“探している”ように見える。


だが、もう見つからない。


同期の基盤が崩れている。


支えがない。


「……更新が、必要です」


かすれた声で言う。


その言葉に、わずかな引っかかりが残る。


更新。


完全に終わったわけではない。


形を変えて、また来る可能性。


「……来るなら」


小さく呟く。


「そのときは、また止める」


自分でも驚くくらい、自然に言えた。


逃げるための言葉ではない。


選ぶための言葉。


担任はそれ以上動かなかった。いや、動けなかったのかもしれない。支えていた“同期”が消えたことで、行動の基準を失っているように見えた。


周囲の生徒たちが、少しずつ動き始める。ばらばらに。自分の意思で。


「……帰るか」


誰かが言う。


「……そうだな」


別の誰かが答える。


会話が、揃っていない。


それが、当たり前だった。


管理室を出る。廊下を歩く。さっきまでの均一な空気はない。ざわめきが戻っている。音がぶつかり、混ざり、広がる。


校門を抜ける。


外の空気を吸う。


軽い。


でも、今はそれだけじゃない。


“選んでいる”感覚がある。


ポケットからスマホを取り出す。画面は暗いまま。電源を入れれば、また何かが動き出すかもしれない。


少しだけ迷う。


指が止まる。


そして、ゆっくりと電源を落とす操作をする。


完全に消える。


静かになる。


頭の中も、外も。


振り返る。


学校が見える。


変わっていないように見える。


でも、もう同じ場所ではない。


「……未接続のまま」


小さく呟く。


それは、逃げるための言葉ではなかった。


自分でいるための選択だった。

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