召喚に失敗されたって本当ですか
森の中、泉の畔の少し開けた場所に突然一人の男が出現した。地面から50cmほど離れていたため仰向けのまま地面へ落ちていく。彼が驚いて上げた声に対し、少し離れた場所にあった木からも驚きの声が上がる。そして男が地面に背中を強かに打ち付けた直後、木の上から一人の少女が根元の茂みに突っ込んだ。
突如として空中に投げ出されたと思えば、次の瞬間には地面に叩きつけられていた。精々できたのは驚いて声を上げることぐらいだ。背中が痛い。肺から空気が押し出され呼吸がしにくいのと内臓にまで衝撃が響いたのとで暫く蹲っている羽目になってしまった。やがてそれが収まってから立ち上がり辺りを見回すと、池とその畔に建つ一軒の家がある他は木に囲まれている。そして家の前――というよりはそこに立つ一本の木の周りは手入れがされているらしく落ち葉がない。そのせいで体を硬い地面にじかに打ち付ける羽目になったわけだ。
そして家の前の木に目を移したとき、その根元の腰ほどまである茂みから、
「まったく、なんなの今の……」
という声がした。誰かは知らないが同じ様にここに放り出されたのかもしれない。そう思い、
「大丈夫ですか」
と声を掛けたが、言い終わらないうちに、
「え、はっ、なんだお前!最敬礼!こっち見んな!」
と大声で言われた。サイケ…とか何かよく分からないことを言われたが、とりあえず見るなといわれたので茂みに背を向ける。背後でその人が茂みから出て駆けていく音がした。
さて、暫くそうしていると、
「もういいよ、こっち向いても。さっきはいきなり怒鳴って悪かったね」
という声がしたので振り返れば、木の先にある家の縁側のような場所に、恐らく少女と思われる子供が足を投げ出して座っていた。和服のように見える服を着ており、よく見ると履物を履いていない。ちなみに家は洋風である。西部劇に出てきそうなつくりだ。
「それにしても、どうやって入ってきたんだい、きみ」
少女は続けてそう聞いてきた。どうしてこんなところにいるのか知りたいのはこちらも同じだ。なので、
「分からないんです、気が付いたらここにいて。あなたは?」
そう答えた。敬語を使っていたのは何となくそうしたほうがいい気がしたからだ。相手の言葉遣いのせいかもしれない。その時、そういえばどうやって『入ってきた』のかと言ってはいなかったか、と気が付いたところで、
「私はまあ、ここに住んでる、神みたいなものさ。一神教徒は精霊と呼ぶだろうけどね」
と返ってきた。
こんな時、神を自称する相手に対してまずヤバい奴なのではないかとも思うのが普通だろうし実際初めにそう思ったが、今の普通でない状況なら本物のこともあり得る気もする。どちらにせよ今頼れるのはこの自称神様しかいない。こうして人は宗教に嵌るのではなかろうかとも思うが、まあとりあえず神様と呼んでおこう。名前を聞けばこちらの名前も教える必要が出てきそうなので。
「それにしても気が付いたら、か。ここに来る前のことはどの位覚えてるかな」
神様にそう聞かれ、ここに投げ出される前の記憶がかなり曖昧であることに気づいた。数日前に自宅へ帰ったり電車に乗り遅れそうになって走ったりしたことは思い出せるのだが、それが何日前かがさっぱりわからない。その次の日も同じように過ごしたかもしれないし、それは記憶違いで本当は一週間前の出来事かもしれない。そう神様に伝えると、
「多分召喚されたんだと思うんだけど、こんなところに召喚されるのもおかしいな。近くに術者と思しき者もないし。……もしかして失敗されたか」
と神様は言う。
「召喚、に失敗ですか」
「うん、被召喚者が何かに引っかかって、そのまま想定外の場所に召喚されることが、まあないことはないんだけど……まさかこの結界の中に出てきてしまうとはね」
そう言うと神様は少し考えるような素振りを見せ、
「まあ出るのはそこまで難しくない筈だから、召喚者を見つけに行くのがいいよ。失敗したとはいえ繋がり自体は切れてない筈だからね」
と言った。そこで試しに木々の方へ歩みを進めてみると何かに当たった。これが結界だろうか。しかし抜け方がさっぱり分からない。
それからその結界に沿って家の後ろや池の周りを回ってみたが結局何も分からないまま一周して元の場所へ戻ってきてしまった。それを見ていた神様が言う。
「もしかして、使えないの、魔法」
使えるわけがない。或いはこの世界では使えて当たり前なのだろうか。
「使えませんよ、魔法なんて」
魔法を使えない。そのことに神様は驚いていたようだったが、すぐに
「まず、魔法ってものを知ってるかい」
と聞いてきた。だいぶ真剣な表情をしている気がする。
「おとぎ話の中に出てくるものぐらいは。でもその程度です」
魔法の使い方などはさっぱりだが少なくとも言葉やそのものや魔女の話くらいは聞いたことがある。その答えを聞いた神様は、
「君の居た場所では皆その程度の認識なのかな」
と重ねて質問をしてきたので、
「そうですよ。魔法や魔女なんかは作り話の中の存在で、実際に居るのは見たこともありません」
と返す。すると神様は
「成程成程、そうなんだね、君は魔法について具体的には何ら知るところは無いと」
と言い少し考えた後、
「よし、君に魔法を教えてあげよう。すぐに出られるように、そして出た後に召喚術者との繋がりを辿りながら無事に旅が出来るように」
と言った。機嫌が良さそうに見えるのは気のせいだろうか。
「でもその前にまず食事にしよう。それに日が暮れそうだからそのまま寝てしまうといい。寝る前にも幾つかしたいことはあるけどね」




