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怠惰な神サマのせいでゾンビに転生してしまいました  作者: 三科異邦


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例外、存在進化

 深層ダンジョンの最下層。

 光はほとんどなく、空気は重く澱んでいる。


 僕は、床に転がっていた。


 首が、ありえない角度に折れている。

 数瞬前、巨大な刃を持つ魔獣に薙ぎ払われた結果だ。

 本来なら、思考が止まっているはずの状態。


 ――だが。


 視界は、途切れない。


「……ああ」


 声が出た。

 喉は潰れていたはずなのに、ちゃんと音になる。


 骨が、音もなく戻っていく。

 折れた首が正しい位置に収まり、筋肉が繋がり、皮膚が元に戻る。


 数十秒。

 それだけで、身体は“なかったこと”のように修復された。


 僕は、ゆっくりと起き上がる。


「……死なない、な」


 淡々とした確認。

 喜びも、恐怖もない。

 ただの事実。


 これで確定だ。

 どれだけ致命的でも、僕は終わらない。


 ――だからといって。


 前方から、再び重い足音が響く。


 格が違う。

 存在感だけで分かる。


 深層を支配する魔獣。

 人間のA級冒険者ですら、正面からは避ける存在。


 僕は構える。

 知性も、判断力もある。

 だが、勝ち筋は見えない。


 次の瞬間。


 視界が回転した。


 胴体が、真横に吹き飛ばされていた。

 衝撃で壁に叩きつけられ、内臓が散る。


 ――再生。


 肉が戻り、骨が繋がり、立ち上がる。


 距離を取る。

 死角を使う。

 地形を利用する。


 考えうる限りの手を尽くす。


 それでも。


 叩き潰される。

 引き裂かれる。

 踏み砕かれる。


 一度。

 二度。

 三度。


 何度やっても、結果は同じ。


 攻撃は届かない。

 反撃は通らない。

 工夫しても、覆らない。


 ――強く、ない。


 再生して、立ち上がる。

 また叩き伏せられる。


 時間だけが、無意味に積み重なる。


「……なるほど」


 地面に伏したまま、呟く。


「死なないだけで、勝てるわけじゃない」


 身体は元通りだ。

 だが、状況は一切変わらない。


 魔獣は、僕を“脅威”とすら認識していない。

 邪魔だから壊す。

 それだけだ。


 再生。

 敗北。

 再生。

 敗北。


 この繰り返し。


 逃げるタイミングを見誤れば、永遠にここで壊され続ける。


 僕は、ようやく理解した。


 この不死は、武器じゃない。

 保険でも、切り札でもない。


 ただ、終われなくなるだけだ。


 隙を突いて、転がるように距離を取る。

 逃走。

 それしか選択肢がない。


 背後で、魔獣の咆哮が響く。

 追ってこない。

 興味がないのだ。


 深層ダンジョンの闇の中、僕は歩きながら思った。


 勝てない。

 何度やっても、勝てない。


 それでも――

 壊れても、殺されても、立ち上がってしまう。


「……厄介な人生だな」


 誰にも聞かれない声で、そう呟いた。


 唯一のゾンビは、

 勝てないまま、

 終われないまま、

 深層を彷徨い続ける。


――


 同じ魔獣の前に、また立っていた。


 深層ダンジョンの主。

 あの日、何度も僕を壊した存在。


 魔獣は一瞬だけこちらを見ると、苛立たしげに唸った。

 また来たのか。

 その程度の認識だ。


 ――それでいい。


 僕は、踏み込む。


 攻撃は通らない。

 防御は厚く、反撃は重い。


 結果は変わらない。

 叩き潰され、引き裂かれ、壁に叩きつけられる。


 再生。

 起き上がる。

 また殴る。


 魔獣の爪が胸を貫く。

 胴体が裂ける。

 視界が闇に落ちる。


 ――再生。


 時間の感覚が、薄れていく。


 痛みは感じない。

 恐怖も、慣れた。


 そして何より――

 眠くならない。


 息切れもしない。

 集中が切れない。


 魔獣は強い。

 だが、生き物だ。


 攻撃の癖。

 動きの周期。

 疲労の兆し。


 一時間。

 二時間。


 半日が過ぎる頃、魔獣の動きがわずかに鈍った。


 それでも僕は、やめない。


 壊される。

 立ち上がる。

 斬る。

 殴る。

 噛みつく。


 意味のない攻撃を、意味が出るまで繰り返す。


 一日目の終わり。

 魔獣の呼吸が荒くなった。


 二日目。

 咆哮の回数が減る。

 攻撃に、迷いが混じる。


 僕はもう、何度壊されたか数えていない。


 三日目。


 魔獣は、足を引きずっていた。


 それでも強い。

 それでも一撃は致命的。


 だが――

 その一撃を受けても、僕は立ち上がる。


 ついに。


 魔獣の動きが止まった。


 巨体が、ゆっくりと崩れ落ちる。

 地面が揺れ、深層に静寂が落ちた。


 僕は、その前に立っていた。


「……終わった」


 勝った、とは思わなかった。

 ただ、倒れた。


 魔獣の身体に、手を伸ばす。


 血の匂い。

 生温かい肉。


 ――食べられる。


 そう、本能が告げていた。


 僕は、躊躇しなかった。


 牙を立てる。

 肉を裂き、引きちぎり、口に運ぶ。


 味は、分からない。

 だが、確かに“満たされる”感覚があった。


 喉の奥で、何かが弾ける。


 視界が、一瞬歪む。


 身体の内側で、何かが再構築されていくのが分かった。


 骨が軋み、筋肉が組み替わり、皮膚の感触が変わる。


魔獣の肉を喰らい終えた瞬間、

 身体の奥で、確かな変化が始まった。


 爆発的な力が湧くわけじゃない。

 世界が歪むほどの衝撃もない。


 ――静かだ。


 だが、確実に“何か”が書き換わっていく。


 関節の軋みが消えた。

 動かすたびにあった遅延がなくなり、

 身体が思考に即応する。


 視界が、はっきりする。

 暗闇の輪郭が鮮明になり、距離感が正確になる。


「……違うな」


 声に、雑音が混じらない。

 喉はまだ死体のそれなのに、発声が安定している。


 腕を上げる。

 以前なら、少し遅れて持ち上がっていた感覚がない。


 ――動く。

 ちゃんと、“操れている”。


 これまでの僕は、

 動く死体だった。


 だが今は、

 意志を持って動く存在になっている。


 身体能力が爆発的に上がったわけじゃない。

 魔獣の一撃を正面から受けられるほどでもない。


 それでも。


 ・壊れにくい

 ・再生が早い

 ・動きが正確

 ・判断が鈍らない


 生存性能だけが、異様に底上げされている。


 理解する。


 これは「強化」じゃない。

 格上げだ。


 存在としての段階が、一つ上に移った。


 ――上級ゾンビ。


 深層ダンジョンで、

 雑魚として処理される存在ではなくなった。


 魔獣の亡骸は、すでに力を失って崩れている。

 吸収したのは、力そのものではない。


 「生き延び方」だ。


 強者の肉体構造、耐久性、魔力の巡り。

 それらを解析し、

 ゾンビとして最適化した結果が、今の僕だ。


 試しに、以前なら避けていた区域へ踏み込む。


 空気が違う。

 敵意が集まる。


 だが――

 身体が、自然に動く。


 爪を躱し、距離を取り、

 致命傷になる前に受け流す。


「……生き残れる」


 勝てなくてもいい。

 死ななくてもいい。


 生き残り続けられる。


 それが、上級ゾンビという存在だ。


 僕は、ダンジョンの奥へ向き直る。


 まだ人間には戻れない。

 まだ怪物だ。


 それでも。


 もう、ただ徘徊するだけの死体じゃない。


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