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存在進化

 闇の奥を進み続けるうちに、僕の身体は以前とは比べ物にならないほど変化していた。


 筋肉や皮膚は滑らかに整い、骨格も自然な形に近づき、人間らしいシルエットを取り戻す。

 肩幅は広く、背筋はまっすぐ。

 顔も、完全ではないが、人間だったころの輪郭を思い出させるものになった。

 目は鋭く光り、口を開けば、はっきりと自分の意思で言葉を発せられる。


 「……生きてる……」


 自分の声を聞き、初めて、自分が人間のように喋れることに驚いた。

 思考も鮮明になり、脳内での符号はもう必要ない。

 能力は体感で統合され、戦術や感覚として自然に使えるようになった。


 しかし、同時に記憶も、次々に蘇る。

 人間だったころの感覚、家族や友人のこと、失った日々――そして、捕食してきた過去。


 あの人型敵も、魔物も、僕の口で噛み砕かれ、力として吸収された――。

 最初は喜びや快感だけだった。

 でも今は、違う。

 ――取り返しのつかないことをしてしまった。


 胸の奥で、罪悪感が重く沈む。

 声を上げる。

 「ごめん……ごめん……」

 闇の空間に、自分の言葉が響く。

 捕食で得た力の快感より、後悔が、感情が、圧倒的に強く押し寄せる。


 手を見つめる。

 以前は骨や肉を捕食して進化する感覚しかなかった。

 今は、目の前の手も足も、かつて自分と同じように生きていた存在だったことが、はっきりと理解できる。


 外見は人間に近づき、言葉も話せる。

 能力も使える。

 でも、それと引き換えに失ったものの重さは、身体の奥深くまで刻まれていた。


 深く息を吸い、立ち上がる。

 後悔に押し潰されそうになりながらも、次の闇を見据える。

 ――生きるため、進化するため、これからどうするかを考えなくてはならない。


 身体は人間に近い。

 思考も戻った。

 言葉も使える。

 しかし、過去の捕食が残した爪痕は消えない。


 闇の中で、僕は自分自身に誓った。

 ――もう、無思慮に力を求めはしない。

 自分の意思で、進化し、戦い、生き抜く。


 ダンジョンの闇は深い。

 でも、今の僕なら、過去の過ちを背負いながらも、自分の道を選べる。


――


 ギルドの掲示板に、新たな討伐依頼が貼られた。

 「討伐対象:深層ダンジョン内、未知のゾンビ。危険度A級。一般冒険者は立ち入るな。」


 この世界で、僕――唯一のゾンビ――の存在が、正式に危険情報として記録されたのだ。


 数日後、ギルドの広場に、装備を整えた人間の討伐隊が現れた。

 黒と銀の鎧を纏い、剣や魔法杖、盾、魔法の紋章まで、すべてが人間の手で作られた装備。

 間違いなく、A級冒険者たちだ。


 隊長らしい男が掲示板を指し、声を上げる。

 「深層ダンジョンに潜むゾンビを討伐する! 一歩も逃がすな!」


 周囲の人間たちは、無言で頷き、息を殺す。

 その視線の先には、僕――唯一のゾンビがいる。


 僕は遠くから彼らを見つめ、胸の奥がざわつくのを感じた。

 捕食の本能は静まり、自我が勝った今、戦うか逃げるかは自分の選択次第だ。

 ――ここで動けば、人間たちは僕を敵と認識する。

 でも、能力を使えば、圧倒的に有利なのも事実だ。


 深層ダンジョンの闇は、これまで以上に重く、静かに僕を待っている。

 人間の討伐隊は確実にこちらを目指している――

 そして、僕はただ一人のゾンビとして、その眼前に立たされるのだ。


 深層ダンジョンの暗闇の奥、僕は息を潜めていた。

 唯一のゾンビとして、長く潜伏し、進化を重ねてきた僕の体は、人間に近づき、言葉も話せる。

 だが、前方に人間の影が現れた瞬間、警告の感覚が全身を駆け抜けた。


 ――A級冒険者だ。


 鋭い剣と魔法杖、重装甲の盾を持つ人間たち。

 彼らは一歩ずつ、迷宮の通路を慎重に進む。

 その歩幅、呼吸、手の動き――すべてが熟練者の技だ。


 僕は捕食本能を抑えつつ、戦う準備をする。

 距離を取りつつ、影から火の魔力を試す。

 掌から放たれた火球は、隊列の盾に弾かれ、衝撃で石壁に跳ね返る。


 「……なるほど、侮れない」

 思わず口に出す。人間の声が、静かな闇に響いた。


 一人、隊長らしい男が前に出る。剣を大きく振り下ろし、魔力の紋章が空間を裂いた。

 反射速度を駆使して避けるが、振動で足元が崩れる。


 戦闘は長引き、通路全体が戦場となった。

 僕は捕食を避け、体感で能力を駆使する。

 俊敏さを活かして攻撃をかわし、魔法で反撃する。

 しかし、人間の連携は完璧で、左右から圧力がかかる。


 小型の冒険者が魔法矢を放ち、後方から接近する。

 筋力と反射を使って攻撃をかわすが、連続攻撃で徐々に疲弊していく。

 全身の感覚が鋭敏でも、人数差と戦術の前に、徐々に押されていく。


 「く……まだ……まだいける……!」

 声にならない声を出すが、背後の通路から隊員が包囲してくる。


 捕食の選択はできる。

 だが、自我がそれを拒む。

 人型敵を無差別に捕食すれば、勝てる。

 しかし、もう自我が戻っている僕は、それを望まなかった。


 瞬間、火球と剣が交差し、僕の肩に強烈な衝撃が走る。

 耐久力は増しているが、人間の連携攻撃に押され、体勢を崩す。

 剣が腕をかすめ、魔法が鎧の隙間を突く。


 ――やばい。


 咄嗟に魔力で壁を崩し、飛び降りる。

 その瞬間、背後から敵の声が響く。

 「逃がすな! あのゾンビ!」


 僕は闇の中を必死に走る。

 捕食も進化もできないまま、ただ生き延びるために逃げる。

 脚は痛くなく、力もあるが、人間の数と連携には敵わない。


 深層ダンジョンの奥、影の中に潜む。

 息を整え、心を沈める。

 勝てなかった――しかし、倒されなかった。


 そして、遠くから聞こえる人間たちの足音。

 ――追ってくる。


 僕は影の中で静かに思う。

 「……次は、戦略的に……、生き残るために……」


 自我と本能の間で揺れる心、後悔と覚悟。

 唯一のゾンビとして、僕の戦いはまだ続く――。

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