強くなる
葛藤
ダンジョンの奥、湿った空気に混ざる生臭さが、以前より濃くなっていた。
壁際の影が、僕を見つめる。
――人型だ。しかも、明らかに強い。
鎧をまとい、片手に剣、片手に魔法の杖を持つその存在は、今まで出会ったものとは格段に違った。
筋肉の動き、動作の精密さ、魔力の気配――すべてが高レベルで統合されている。
本能が、捕食せよと叫ぶ。
だが、意識の奥で、かつての自分の声が反発する。
「……これは……やりすぎじゃないか?」
捕食すれば、間違いなく力は増す。
だが、相手は生者だ。思考も感情もある。
それを吸収することは、倫理的に許されるのか――?
意識の葛藤が、動きを鈍らせる。
しかし、相手は待ってくれない。
剣を振り上げ、杖から魔力を放つ。
反応の速度も、攻撃の精密さも、僕のこれまでの捕食で得た能力だけでは防ぎ切れない。
――選ぶしかない。
捕食するか、犠牲を避けて撤退するか。
思考と本能が衝突する瞬間、僕の脳に、前回捕食した魔法使いの能力が符号として浮かぶ。
火の魔力、雷の魔力、そして時間感覚の制御。
使えるかもしれない――ここで生き残るためなら。
僕は決断した。
捕食する。力を得る。生きるために。
接触した瞬間、能力が脳に流れ込む。
剣の力が腕に伝わり、魔力が掌に満ちる。
相手の筋力や反射神経も身体に吸収され、動きが滑らかになった。
そして、視界に新しい符号が表示される。
「筋力+5」「反応速度+7」「火魔法習得」――捕食した能力が、数字として見える。
戦いが終わり、相手の残像が消えた瞬間、意識の奥で囁く声があった。
「……これで、いいのか……?」
自我の葛藤は消えない。
でも、確かなことは一つ――
生きるためには、捕食し、能力を吸収し、進化し続けるしかない。
ダンジョンの闇は、さらに深い。
新しい能力、新しい捕食対象、新しい試練が待っている。
そして、僕の身体と意識は、ますます変化し、強化されていく。
――恐怖も痛みもない。
あるのは、生きる本能と、進化の喜びだけ。
自我と本能の葛藤を抱えながら、僕は再び闇の奥へ足を踏み出す。
僕の手が、再び捕食対象に触れた瞬間、脳に衝撃が走った。
身体に流れ込む力と同時に、視界の端に符号が現れる。
数字と文字が浮かび上がり、まるで自分自身のステータス画面のようだった。
[能力値]
筋力:+12
敏捷:+8
耐久:+5
反射速度:+7
魔力(火):習得済み Lv.1
魔力(雷):習得済み Lv.1
暗視:可
嗅覚:極鋭
符号は動的で、捕食対象の種類によってリアルタイムで変化する。
人型敵を吸収すれば、戦闘能力が増幅される。
魔物を捕食すれば、特殊能力や感覚系が追加される。
脳内に映し出された数字は、単なる情報ではなかった。
身体と完全に連動している。
筋力+12を使えば、重い扉も持ち上げられる。
反射速度+7を反応に使えば、魔法の攻撃を避けられる。
そして面白いことに、能力値の増減も可視化される。
成長の瞬間、数字が一瞬光り、符号が上昇する。
まるで、存在進化の進行度をリアルタイムで確認しているようだった。
次に出会った小型魔物を捕食すると、符号が変化する。
[能力値更新]
筋力:+12 → +13
敏捷:+8 → +10
暗視:可 → 高度可
火魔法:習得済み Lv.1 → Lv.2
――成長の実感が、目に見える。
数字と文字は単なる表示ではなく、僕の身体の一部のように感じられた。
能力値の数値化は、強くなることを直感的に理解させ、進化の喜びを加速させる。
脳内ステータスを確認しながら、僕は次の獲物を探す。
数値を上げ、能力を増やすために。
進化は、止まらない。
ダンジョンの通路を進むと、二体の魔物が同時に現れた。
一体は素早く飛び回る小型の爬虫類型。
もう一体は重装甲で鈍重だが、強力な打撃を繰り出す大型の獣型。
本能が瞬時に反応する。
素早い方は敏捷性を活かしてかわす。
大型の方には筋力を使って攻撃を受け流す。
捕食の瞬間、身体がビリビリと震えた。
小型魔物の俊敏さと大型魔物の耐久力が融合し、動きがより滑らかに、力強くなる。
――こうして、能力は“感覚として”体に刻まれる。数値は脳内に浮かばなくても、確かに使える。
次の瞬間、遠くで魔法の光がちらついた。
前回捕食した魔法能力を使い、反射速度に合わせて回避。
体の奥で、魔法の力が指先に流れ、対象に小さな火球を投げ返すこともできた。
捕食と能力の組み合わせは、まるで無限の連鎖のようだ。
俊敏さ+筋力+魔法――
それぞれの力を体感として統合し、戦闘中に瞬時に応用できる。
戦いが終わると、身体がまた少し変化した。
背中や肩の隆起が微かに広がり、皮膚がより光沢を帯びる。
視覚や聴覚も研ぎ澄まされ、闇の奥の敵や罠を事前に察知できるようになった。
ダンジョンは深く、敵も多様だ。
だが、捕食による能力吸収は、単なる成長ではなく戦略になった。
――どの能力を先に取り込むか、どの順番で戦うか。
すでに本能だけではなく、自我も戦略として機能し始めている。
闇の奥に足を進めながら、僕は思った。
――この能力の連鎖が、さらに自分を進化させる。
自我と本能がぶつかる瞬間もあるだろう。
でも、それさえも僕の成長の一部だ。
ダンジョンの広間に入ると、灯りのない空間に人型の影が立っていた。
鎧をまとい、鋭い刃を持つ敵。
目が合った瞬間、かすかな恐怖が意識をかすめる。
――人間のような、あの感覚。
本能が瞬時に捕食を指示する。
筋肉が熱を帯び、歯が鋭く反応する。
だが、意識の奥で人間だった自分の声が叫んだ。
「……やめろ! 本当にやるのか?」
戦闘は避けられない。
敵が剣を振り上げ、魔法の光が指先から迸る。
反射速度を活かし、身をかわす。
身体が前回捕食した力を体感で覚えており、攻撃をいなす感覚が自然に湧いた。
しかし、捕食する瞬間が近づくと、葛藤が強まる。
この力を吸収すれば、自分はさらに強くなる。
でも、相手も感情や意思を持つ人間だ。
噛みついたら、もう戻れない――。
葛藤の中、敵の動きが僅かに鈍った瞬間、捕食本能が勝った。
口を開き、歯を突き立てる。
瞬間、体中に力が流れ込み、感覚が増幅する。
吸収された能力は、瞬時に身体に馴染み、腕力と敏捷性が跳ね上がった。
能力の変化は、符号ではなく“体感”として現れる。
筋力の増幅、反射速度の向上、魔法の習得――
すべてが感覚として身体に刻まれた。
戦いが終わったあと、闇の中で立ち止まる。
捕食によって得た力は大きい。
でも、自我の声がまだ耳の奥で囁く。
「……これは、正しいのか?」
身体は進化し、外見も変化している。
肩や背中の隆起、皮膚の光沢、目の鋭さ。
人間ではなくなった姿が、捕食の代償としてそこにある。
それでも、進化の感覚は否応なく快感を伴う。
力は、確実に自分のものになった。
そして、次の影が揺れる。
――葛藤はあれど、止まるわけにはいかない。
捕食と進化、戦闘と生存。
この闇の迷宮では、すべてが生きるための選択なのだ。
僕は歯を食いしばり、再び闇の奥へ歩みを進める。
自我と本能の狭間で、進化は続く――。




