第四十一話 ――顔のない王
ラストスパートです。
倉庫の灯りが、消える。
◇
机の上には、
一枚の紙。
◇
赤い印で囲まれた
名前。
◇
「……これが?」
ユーハが問う。
◇
レイは、頷かない。
◇
ただ言う。
「名義だ」
◇
「本体じゃない」
◇
紙に書かれた名は、
街でも聞いたことのないもの。
◇
だが――
印が重なっている。
◇
土地譲渡。
債権移動。
保証契約。
◇
すべてが、
一つの影に集まっている。
◇
「どこにいる」
◇
レイは、
静かに答える。
◇
「いない」
◇
沈黙。
◇
「……は?」
◇
「“いない人間”が
王になっている」
◇
◇
教会。
◇
司祭の前に、
一枚の契約書が置かれる。
◇
「……ここまで来たか」
◇
裏金融の帳簿の名義人。
◇
教会の土地管理部門と、
繋がっている。
◇
「司祭様、
これでは……」
◇
「表に出るな」
◇
司祭の声は、
冷たい。
◇
「まだ、
彼は気づいていない」
◇
◇
男爵邸。
◇
奥様が、
古い書類を開く。
◇
その横で、
クララが首をかしげる。
◇
「これ、なに?」
◇
「昔の融資契約よ」
◇
「誰の?」
◇
奥様は、
ゆっくり言う。
◇
「この家の」
◇
◇
回想。
◇
セバスチャン。
◇
黒い手袋。
◇
深夜の契約。
◇
若き男爵。
◇
震える署名。
◇
“顔のない名義人”。
◇
◇
倉庫。
◇
レイは、
最後の紙を出す。
◇
そこには、
セバスチャンの筆跡。
◇
短い一文。
◇
――「借金は金ではない。鎖だ。」
◇
ユーハが、
息を呑む。
◇
「……つまり?」
◇
レイは、
言う。
◇
「裏金融は、
金を貸していない」
◇
「街を担保にしている」
◇
沈黙。
◇
「払えない者は、
働く」
◇
「働けない者は、
土地を失う」
◇
「土地が集まる」
◇
「そして――」
◇
「街そのものが、
名義人の所有になる」
◇
◇
ユーハの拳が、
震える。
◇
「それ、
誰だ」
◇
レイは、
目を閉じる。
◇
ゆっくり開く。
◇
「……男爵家だ」
◇
空気が、
止まる。
◇
「は?」
◇
「正確には――
男爵家の名義を使った契約網」
◇
「男爵は?」
◇
「知らない」
◇
「奥様は?」
◇
「気づいている」
◇
「クララは?」
◇
レイは、
一瞬だけ
目を伏せる。
◇
「……何も知らない」
◇
◇
その瞬間。
◇
外で、
馬の音。
◇
倉庫の扉が、
乱暴に開く。
◇
ユーハが、
前に出る。
◇
だが――
刃はない。
◇
立っているだけ。
◇
入ってきたのは、
見回りではない。
◇
男爵家の紋章を
つけた使者。
◇
息が荒い。
◇
「……先生!」
◇
「お嬢様が――」
◇
一拍。
◇
「攫われました」
◇
静寂。
◇
風が止まる。
◇
ユーハの背筋が、
凍る。
◇
レイは、
動かない。
◇
顔色も、
変わらない。
◇
ただ一言。
◇
「……予定通りだ」
◇
◇
核心。
◇
攫われたのは、
偶然ではない。
◇
男爵家が
担保になっていると
知った瞬間。
◇
“王”は、
動いた。
◇
クララは、
鍵だ。
◇
そして――
◇
この誘拐は、
脅しではない。
◇
回収だ。
◇
レイは、
セバスチャンの手袋を
引き出しから出す。
◇
黒い革。
◇
ゆっくり、
はめる。
◇
「……ここからは、
教育じゃない」
◇
ユーハが、
息を呑む。
◇
「何だ」
◇
レイは、
静かに言う。
◇
「回収だ」
あと少しです。




