第四十話 ――決壊の前触れ
残すところあとわずかになりました。
三日。
倉庫には、
誰も来なかった。
◇
四日目。
扉は開いたまま。
◇
五日目。
灯りを消した。
◇
街は、
ほっとしていた。
◇
「終わったな」
「やっぱりな」
「静かなほうがいい」
◇
そう、
口に出す者はいない。
◇
だが、
空気がそう言っている。
◇
教会では、
炊き出しが増えた。
◇
融資の張り紙は、
目立つ場所に移動した。
◇
見回りの足音は、
減った。
◇
包囲は、
完成した。
◇
夜。
倉庫の中。
◇
レイは、
帳面を閉じる。
◇
そこには、
五人の名前。
◇
消していない。
◇
消さない。
◇
ユーハが言う。
「……撤くか?」
◇
レイは、
首を振る。
◇
「撤くなら、
最初に撤いてる」
◇
「じゃあ何だ」
◇
静かに、
言う。
◇
「種まきだ」
◇
◇
同じ頃。
街の別の場所。
◇
酒場の奥。
◇
見慣れない男が、
帳面を広げている。
◇
その帳面の形式は、
倉庫のものと――
ほぼ同じ。
◇
違うのは、
項目の一つ。
◇
“協力者”。
◇
その欄に、
既に三十の名。
◇
◇
さらに別の通り。
◇
商人が、
静かに言う。
◇
「保証人、
要らない方法があるらしい」
◇
「どこで?」
◇
「名前は知らん」
◇
「ただ――
殴られない」
◇
噂は、
倉庫からは
出ていない。
◇
だが、
広がっている。
◇
◇
教会。
◇
司祭の前に、
報告。
◇
「倉庫は、
静かです」
◇
「動きは?」
◇
「ありません」
◇
司祭は、
眉を寄せる。
◇
「……それが
一番、嫌だ」
◇
◇
その夜。
倉庫の裏口。
◇
ユーハが、
声をかける。
◇
「遅ぇぞ」
◇
影が、
三つ。
◇
一人は、
去った商人。
◇
一人は、
教会の列に並んでいた女。
◇
そして――
◇
裏の金融で
働いていた若者。
◇
「俺、
帳面見た」
◇
若者は言う。
◇
「……あいつら、
回収の次、
土地を押さえる」
◇
沈黙。
◇
「払えなきゃ、
働かせる」
◇
「借金は減らさない」
◇
「減らないように
設計してる」
◇
レイは、
小さく笑った。
◇
「ようやく、
見えたか」
◇
「は?」
◇
「俺たちは、
金を貸してない」
◇
「……?」
◇
「時間を貸してる」
◇
沈黙。
◇
「奴らは、
時間を奪う」
◇
「俺たちは、
時間を戻す」
◇
◇
その頃。
男爵邸。
◇
クララが、
窓の外を見る。
◇
無邪気な顔で、
ぽつりと言う。
◇
「最近、
街が静かね」
◇
奥様が、
微笑む。
◇
「嵐の前は、
静かなのよ」
◇
クララは、
首をかしげる。
◇
「嵐、来るの?」
◇
奥様は、
ゆっくりと答える。
◇
「もう来ているわ」
◇
◇
夜更け。
◇
レイは、
一枚の紙を取り出す。
◇
そこには、
セバスチャンの古い記号。
◇
そして――
◇
街の地図。
◇
赤い印が、
点々と打たれている。
◇
倉庫ではない。
◇
教会でもない。
◇
裏金融の拠点でもない。
◇
「……囲んでるのは、
あっちだ」
◇
ユーハが、
息を呑む。
◇
「包囲されてるのは、
俺たちじゃねぇのか?」
◇
レイは、
静かに言う。
◇
「最初から、
違う」
◇
「孤立は、
表面だ」
◇
「本命は――」
◇
紙を、
机に置く。
◇
そこには、
一つの名。
◇
裏金融を束ねる、
顔のない名義人。
◇
「ここだ」
◇
風が、
灯りを揺らす。
◇
孤立は、
失敗ではない。
◇
時間稼ぎだった。
◇
種は、
もう蒔かれている。
そろそろ終わるので、最後までお付き合いいただければと思います。




