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『俺様、御家乗っ取り記』(仮)  作者: くろめがね


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第四話 ――奥様と、秘密の帳簿

第四話です。

屋敷に戻ったレイは、そのまま自室へは向かわなかった。


夜気を孕んだ廊下を進み、

階段を一つ下りる。


屋敷の構造は、すでに頭に入っている。

昼間の案内と、夜の静けさで、

“使われている場所”と“放置されている場所”の区別はついた。


灯りが残っているのは、書斎と――もう一つ。


奥様の私室。


扉の前で、レイは一度だけ呼吸を整えた。


ノック。


「……はい」


返事は、少し遅れた。


扉を開けると、

奥様は机に向かって座っていた。


肩口を覆うガウンは薄く、

その下の身体の線を、隠す気がない。


だが、それは誘いではない。


(……鎧だな)


この人は、

“女であること”を武器として、

長くこの屋敷を生き延びてきた。


「こんな時間に、どうしたの」


声音は柔らかい。

だが、目は冷静だ。


「奥様に、お話がありまして」


「セバスチャンから?」


「いえ。

 私からです」


奥様は、一瞬だけ視線を伏せ、

それから椅子を勧めた。


机の上には、

帳簿が積まれている。


正式なものではない。


「……これは?」


「あなたが見るべきものです」


奥様は、

レイをまじまじと見た。


「あなた、本当に不思議な子ね」


「よく言われます」


帳簿は、

男爵家の“もう一つの家計簿”だった。


寄付金。

裏の貸付。

名義の違う土地。


奥様は、

一頁ずつ、黙ってめくっていく。


指が止まった。


「……これ、

 私の名前」


「ええ」


「私名義の寄付が、

 なぜ、こんなところに」


「奥様が知らないところで、

 使われていたのでしょう」


奥様の唇が、

きゅっと結ばれる。


「……夫は?」


「男爵閣下は、

 詳細までは把握していません」


それは、

責める言い方ではなかった。


事実の提示だ。


「この家は、

 奥様が思っている以上に、

 “綱渡り”です」


「……わかっているわ」


奥様は、

低く息を吐いた。


「だから、

 あなたを迎えた」


「え?」


「クララの婿、という話は表向き」


奥様は、

レイを真っ直ぐに見た。


「本当は――

 “家を任せられる人間”を探していた」


(……なるほど)


男爵が選んだのではない。


奥様が、選んだ。


「あなたは、

 何を望んでいるの?」


問いは、

核心だった。


レイは、

少しだけ考えた。


「この家を、

 “食える家”にします」


「……愛とか、

 情とかじゃないのね」


「それは、

 後からでも身につきます」


奥様は、

一瞬だけ笑った。


「怖い子」


「現実的です」


沈黙。


やがて奥様は、

鍵付きの引き出しを開けた。


取り出したのは、

一冊の古い帳簿。


「これは……」


「先代のもの」


紙は黄ばんでいるが、

書き込みは細かい。


「この家が、

 どうやって今の地位を得たか」


「表には出せない記録も?」


「ええ」


奥様は、

帳簿を差し出した。


「あなたに預ける」


「いいのですか」


「もう、

 私一人で抱えるには重すぎる」


帳簿を受け取った瞬間、

レイは理解した。


(……この人、

 もう半分、

 俺に家を渡している)


「奥様」


「なあに」


「一つ、お願いがあります」


「条件?」


「ええ」


レイは、

静かに言った。


「今後、

 クララお嬢様には、

 この帳簿の存在を知らせないでください」


奥様は、

眉をひそめた。


「理由は?」


「彼女は――

 “表”で生きる人間です」


「裏を知れば、

 壊れます」


奥様は、

しばらく黙っていた。


やがて、

ゆっくりと頷く。


「……あなた、

 優しいのか、

 残酷なのか分からないわ」


「両方です」


「でしょうね」


奥様は立ち上がり、

レイの前に立った。


距離が近い。


香りが、

ふわりと届く。


だが、

触れない。


「あなたがこの家を動かすなら」


奥様は低く言った。


「私は、

 あなたの盾になる」


それは、

宣誓だった。


「ありがとう存じます、奥様」


部屋を出ると、

廊下の先に、

小さな影があった。


クララだ。


寝間着のまま、

扉の影に立っている。


「……レイさん?」


「どうしました」


「なんか……

 眠れなくて」


目は、不安げだ。


(……本当に、

 守るべき存在だな)


「少し、

 話しますか」


「うん」


二人で、

窓際の椅子に座る。


夜の庭が見える。


「この家、

 大丈夫なの?」


唐突な質問。


レイは、

嘘をつかなかった。


「今は、

 危ういです」


「そっか……」


クララは、

膝の上で手を組む。


「でもね」


レイは、

続けた。


「壊れないように、

 手を入れています」


「……レイさんが?」


「ええ」


彼女は、

少しだけ笑った。


「じゃあ、

 安心して寝ていい?」


「もちろん」


「変なの」


そう言って、

彼女は部屋へ戻っていった。


一人になった廊下で、

レイは帳簿を抱え直す。


(……もう、

 引き返せないな)


だが、

それでいい。


家を乗っ取る、

 という計画は、

 いつの間にか変質していた。


今の目的は、

ただ一つ。


――この家を、

 “壊れない形”に作り替える。


この作品は習作です。

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