第三十六話 ――戻る理由
36話です。
朝。
倉庫の前に、
見慣れた影があった。
◇
昨日、
去った商人。
◇
帽子を深く被り、
周囲を気にしている。
◇
ユーハが、
視線を向ける。
◇
商人は、
一歩だけ下がる。
◇
「……用は?」
◇
ユーハの声は、
低い。
◇
商人は、
小さく息を吐いた。
◇
「列には、
並ばない」
◇
「殴られるのも、
ごめんだ」
◇
ユーハは、
何も言わない。
◇
「でも――」
◇
商人は、
帽子を外す。
◇
目が赤い。
◇
「昨日、
教会に行った」
◇
沈黙。
◇
「優しかった」
◇
「温かかった」
◇
「……安心できた」
◇
それを、
否定する者はいない。
◇
「でもな」
◇
商人は、
唇を噛む。
◇
「話を聞かれなかった」
◇
「“大丈夫です”
って言われて、
終わった」
◇
ユーハの眉が、
わずかに動く。
◇
「俺は、
大丈夫じゃなかった」
◇
商人は、
地面を見る。
◇
「だから、
戻ってきた」
◇
「列には、
並ばない」
◇
「守る側にも、
ならない」
◇
「でも――」
◇
顔を上げる。
◇
「話は、
聞かせてくれ」
◇
ユーハは、
倉庫の中を見る。
◇
レイと、
目が合う。
◇
レイは、
頷くだけ。
◇
「入れ」
◇
商人は、
一歩踏み出す。
◇
殴られない。
◇
怒鳴られない。
◇
ただ、
通される。
◇
昼。
◇
帳面の前。
◇
商人は、
座らない。
◇
立ったまま、
話す。
◇
「俺は、
戻らない」
◇
「でも――
黙らない」
◇
レイは、
短く答える。
◇
「それでいい」
◇
「戻る理由は、
残ることじゃない」
◇
「選び直すことだ」
◇
夕方。
◇
倉庫の外。
◇
噂が、
ゆっくり変わり始める。
◇
「殴られたって、
戻れるらしい」
◇
「辞めても、
追われない」
◇
「……話は、
聞いてくれる」
◇
夜。
◇
ユーハは、
入口に立つ。
◇
今日、
殴られていない。
◇
だが、
油断しない。
◇
商人は、
外に出る前、
振り返った。
◇
「……俺、
正解だったか?」
◇
ユーハは、
少し考える。
◇
「知らねぇ」
◇
「でも――」
◇
「逃げっぱなしじゃ
なかった」
◇
商人は、
小さく笑い、
去っていった。
◇
レイは、
帳面を閉じる。
◇
「……戻り方が、
増えたな」
◇
ユーハは、
頷く。
◇
「殴られなくても、
戻れる」
◇
「守らなくても、
関われる」
◇
夜の倉庫は、
静かだ。
◇
だが――
入口は、
閉じていない。
誤字脱字はお許しください。




