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『俺様、御家乗っ取り記』(仮)  作者: くろめがね


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31/39

第三十一話 ――善意は、嘘をつかない

31話です。

朝。


教会前の広場は、

いつもより静かだった。



人は集まっている。

だが、声がない。



炊き出しの鍋。

湯気。

祈り。



その端に、

レイは立った。



札も、

板も、

帳面も持たない。



ただ、

手を下げている。



シスターが気づく。



一瞬、

眉が動く。



だが、

止めない。



それが、

彼女の強さであり、

弱さだった。



レイは、

一歩前へ。



声は、

大きくない。



「――食べてください」



人々が、

わずかにざわつく。



「温かいものは、

 人を落ち着かせる」



「腹が満ちると、

 考えなくてよくなる」



シスターが、

微笑む。



否定できない。



レイは続ける。



「教会は、

 嘘をついていない」



「助けている」



「救っている」



「だから、

 正しい」



人々の視線が、

集まる。



「でも――」



間。



「正しさは、

 選択を減らす」



誰かが、

息を呑む。



「ここで配られるのは、

 スープだけじゃない」



「“考えなくていい”

 という安心だ」



ざわめき。



シスターが、

口を開く。



「それは、

 悪いことですか?」



レイは、

首を振る。



「いいえ」



「疲れた人には、

 必要だ」



「だから――」



一歩、

下がる。



「選べるようにする」



広場の端。



昨日の女商人が、

前に出る。



「私は、

 教会のスープを

 飲みました」



誰かが、

彼女を見る。



「そして、

 こちらでも

 借りました」



レイのほう。



「どちらも、

 助けだった」



彼女は、

震えながら言う。



「でも――

 違った」



「教会は、

 “今”をくれた」



「彼は、

 “明日”を

 一緒に考えた」



沈黙。



レイは、

彼女を見ない。



人々を見る。



「善意は、

 嘘をつかない」



「でも、

 黙らせることはできる」



「だから、

 今日は――」



ゆっくり、

言う。



「どちらも、

 選んでいい」



「祈ってもいい」



「考えてもいい」



「借りてもいい」



「断ってもいい」



「ただし――」



声が、

少しだけ低くなる。



「選ばされた

 と思ったら、

 一度立ち止まって」



広場に、

風が抜ける。



司祭は、

奥で聞いていた。



眉が、

初めて深く寄る。



(これは……

 反抗ではない)



(共存の言葉だ)



それが、

一番危険だった。



人々は、

散っていく。



鍋は、

空になる。



だが――

誰も、

何も決めさせられていない。



夜。



倉庫。



五人は、

七人になっていた。



増え方は、

ゆっくり。



しかし、

目が違う。



「……今日のは、

 怖かった」



若い男が言う。



「殴られるより?」



「……いや」



「選ばれるのが」



レイは、

頷いた。



「だから、

 続けられる」



灯りが、

揺れる。



街は、

まだ静かだ。



だが――

沈黙ではない。

誤字脱字はお許しください。

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