第三十一話 ――善意は、嘘をつかない
31話です。
朝。
教会前の広場は、
いつもより静かだった。
◇
人は集まっている。
だが、声がない。
◇
炊き出しの鍋。
湯気。
祈り。
◇
その端に、
レイは立った。
◇
札も、
板も、
帳面も持たない。
◇
ただ、
手を下げている。
◇
シスターが気づく。
◇
一瞬、
眉が動く。
◇
だが、
止めない。
◇
それが、
彼女の強さであり、
弱さだった。
◇
レイは、
一歩前へ。
◇
声は、
大きくない。
◇
「――食べてください」
◇
人々が、
わずかにざわつく。
◇
「温かいものは、
人を落ち着かせる」
◇
「腹が満ちると、
考えなくてよくなる」
◇
シスターが、
微笑む。
◇
否定できない。
◇
レイは続ける。
◇
「教会は、
嘘をついていない」
◇
「助けている」
◇
「救っている」
◇
「だから、
正しい」
◇
人々の視線が、
集まる。
◇
「でも――」
◇
間。
◇
「正しさは、
選択を減らす」
◇
誰かが、
息を呑む。
◇
「ここで配られるのは、
スープだけじゃない」
◇
「“考えなくていい”
という安心だ」
◇
ざわめき。
◇
シスターが、
口を開く。
◇
「それは、
悪いことですか?」
◇
レイは、
首を振る。
◇
「いいえ」
◇
「疲れた人には、
必要だ」
◇
「だから――」
◇
一歩、
下がる。
◇
「選べるようにする」
◇
広場の端。
◇
昨日の女商人が、
前に出る。
◇
「私は、
教会のスープを
飲みました」
◇
誰かが、
彼女を見る。
◇
「そして、
こちらでも
借りました」
◇
レイのほう。
◇
「どちらも、
助けだった」
◇
彼女は、
震えながら言う。
◇
「でも――
違った」
◇
「教会は、
“今”をくれた」
◇
「彼は、
“明日”を
一緒に考えた」
◇
沈黙。
◇
レイは、
彼女を見ない。
◇
人々を見る。
◇
「善意は、
嘘をつかない」
◇
「でも、
黙らせることはできる」
◇
「だから、
今日は――」
◇
ゆっくり、
言う。
◇
「どちらも、
選んでいい」
◇
「祈ってもいい」
◇
「考えてもいい」
◇
「借りてもいい」
◇
「断ってもいい」
◇
「ただし――」
◇
声が、
少しだけ低くなる。
◇
「選ばされた
と思ったら、
一度立ち止まって」
◇
広場に、
風が抜ける。
◇
司祭は、
奥で聞いていた。
◇
眉が、
初めて深く寄る。
◇
(これは……
反抗ではない)
◇
(共存の言葉だ)
◇
それが、
一番危険だった。
◇
人々は、
散っていく。
◇
鍋は、
空になる。
◇
だが――
誰も、
何も決めさせられていない。
◇
夜。
◇
倉庫。
◇
五人は、
七人になっていた。
◇
増え方は、
ゆっくり。
◇
しかし、
目が違う。
◇
「……今日のは、
怖かった」
◇
若い男が言う。
◇
「殴られるより?」
◇
「……いや」
◇
「選ばれるのが」
◇
レイは、
頷いた。
◇
「だから、
続けられる」
◇
灯りが、
揺れる。
◇
街は、
まだ静かだ。
◇
だが――
沈黙ではない。
誤字脱字はお許しください。




