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『俺様、御家乗っ取り記』(仮)  作者: くろめがね


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30/38

第三十話 ――正しさの値段

30話です。

朝。


鐘の音が、

いつもより長く鳴った。



教会前の広場に、

人が集まっている。



炊き出し。



鍋は三つ。

いつもより多い。



白い湯気と一緒に、

声が広がる。



「今日は特別です」



シスターが、

穏やかに微笑む。



「困っている方のために、

 “安心できる食事”を」



配られるスープは、

いつもより濃い。



肉も、

野菜も、

はっきり入っている。



人々の顔が、

ほころぶ。



その横に、

木札が立てられた。



――善意の施し

――不安な取引に

  惑わされぬよう



名は、

書かれていない。



だが、

誰のことかは

皆わかっている。



昼前。



レイは、

広場の端から

それを見ていた。



怒りは、

ない。



ただ――

精度が高い。



(殴らない。

 否定しない。

 救う)



(これが一番、

 人を離す)



背後から、

声。



「先生」



昨日の女商人だ。



手には、

空の器。



「……並んだ?」



「ええ」



「家族の分も」



彼女は、

言い訳をしなかった。



「責めない」



レイは、

短く言う。



「でも、

 覚えておいて」



「今日のこれは、

 “無料”じゃない」



女は、

小さく笑った。



「わかってる」



「でも――

 今は、

 必要なの」



その言葉が、

正しいからこそ

厄介だった。



午後。



街のあちこちで、

同じ構図が

繰り返される。



教会が、

先に助ける。



問題が起きる前に。



不安が

言葉になる前に。



夕方。



倉庫。



五人が集まっている。



銅貨の山は、

さらに低い。



若い男が、

言った。



「……今日、

 誰も来なかった」



「問い合わせも、

 ゼロだ」



沈黙。



別の女が、

声を絞る。



「“教会のほうが安心”

 って……」



「言われた?」



「言われてない」



「でも、

 顔でわかる」



“正しさ”は、

言葉にしなくても

伝わる。



レイは、

帳面を開いた。



そこには、

数字が並んでいる。



だが今日は、

見ない。



「……なあ」



一番年長の商人が、

ぽつりと言う。



「俺たち、

 悪いことしてるか?」



誰も、

答えられない。



「貸しただけだ」



「返せる形で」



「首も、

 魂も、

 取ってねぇ」



それでも――

胸が苦しい。



レイは、

静かに言う。



「正しいかどうか

 じゃない」



「選べるかどうかだ」



「教会は、

 選ばせない」



「“これが善”

 を、

 置いていくだけだ」



「俺たちは?」



「選択肢を

 増やした」



「それだけだ」



夜。



教会の奥。



司祭が、

報告を聞いている。



「離脱が、

 始まりました」



「数字は?」



「半減です」



司祭は、

静かに頷く。



「十分」



「恐怖ではなく、

 安心で包め」



「人は、

 “善意”からは

 逃げられない」



その頃。



レイは、

倉庫の床に

座っていた。



灯りは一つ。



残った五人。



誰も、

口を開かない。



やがて、

レイが言う。



「明日、

 公開で話す」



全員が、

顔を上げる。



「教会の前で」



「数字を、

 善意の言葉に

 翻訳する」



「それで、

 ダメなら――」



少し、

間を置く。



「その時は、

 撤く」



誰も、

止めなかった。



怖い。



だが――

黙るより、

 マシだと

 知ってしまったから。

誤字脱字はお許しください。

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