第三十話 ――正しさの値段
30話です。
朝。
鐘の音が、
いつもより長く鳴った。
◇
教会前の広場に、
人が集まっている。
◇
炊き出し。
◇
鍋は三つ。
いつもより多い。
◇
白い湯気と一緒に、
声が広がる。
◇
「今日は特別です」
◇
シスターが、
穏やかに微笑む。
◇
「困っている方のために、
“安心できる食事”を」
◇
配られるスープは、
いつもより濃い。
◇
肉も、
野菜も、
はっきり入っている。
◇
人々の顔が、
ほころぶ。
◇
その横に、
木札が立てられた。
◇
――善意の施し
――不安な取引に
惑わされぬよう
◇
名は、
書かれていない。
◇
だが、
誰のことかは
皆わかっている。
◇
昼前。
◇
レイは、
広場の端から
それを見ていた。
◇
怒りは、
ない。
◇
ただ――
精度が高い。
◇
(殴らない。
否定しない。
救う)
◇
(これが一番、
人を離す)
◇
背後から、
声。
◇
「先生」
◇
昨日の女商人だ。
◇
手には、
空の器。
◇
「……並んだ?」
◇
「ええ」
◇
「家族の分も」
◇
彼女は、
言い訳をしなかった。
◇
「責めない」
◇
レイは、
短く言う。
◇
「でも、
覚えておいて」
◇
「今日のこれは、
“無料”じゃない」
◇
女は、
小さく笑った。
◇
「わかってる」
◇
「でも――
今は、
必要なの」
◇
その言葉が、
正しいからこそ
厄介だった。
◇
午後。
◇
街のあちこちで、
同じ構図が
繰り返される。
◇
教会が、
先に助ける。
◇
問題が起きる前に。
◇
不安が
言葉になる前に。
◇
夕方。
◇
倉庫。
◇
五人が集まっている。
◇
銅貨の山は、
さらに低い。
◇
若い男が、
言った。
◇
「……今日、
誰も来なかった」
◇
「問い合わせも、
ゼロだ」
◇
沈黙。
◇
別の女が、
声を絞る。
◇
「“教会のほうが安心”
って……」
◇
「言われた?」
◇
「言われてない」
◇
「でも、
顔でわかる」
◇
“正しさ”は、
言葉にしなくても
伝わる。
◇
レイは、
帳面を開いた。
◇
そこには、
数字が並んでいる。
◇
だが今日は、
見ない。
◇
「……なあ」
◇
一番年長の商人が、
ぽつりと言う。
◇
「俺たち、
悪いことしてるか?」
◇
誰も、
答えられない。
◇
「貸しただけだ」
◇
「返せる形で」
◇
「首も、
魂も、
取ってねぇ」
◇
それでも――
胸が苦しい。
◇
レイは、
静かに言う。
◇
「正しいかどうか
じゃない」
◇
「選べるかどうかだ」
◇
「教会は、
選ばせない」
◇
「“これが善”
を、
置いていくだけだ」
◇
「俺たちは?」
◇
「選択肢を
増やした」
◇
「それだけだ」
◇
夜。
◇
教会の奥。
◇
司祭が、
報告を聞いている。
◇
「離脱が、
始まりました」
◇
「数字は?」
◇
「半減です」
◇
司祭は、
静かに頷く。
◇
「十分」
◇
「恐怖ではなく、
安心で包め」
◇
「人は、
“善意”からは
逃げられない」
◇
その頃。
◇
レイは、
倉庫の床に
座っていた。
◇
灯りは一つ。
◇
残った五人。
◇
誰も、
口を開かない。
◇
やがて、
レイが言う。
◇
「明日、
公開で話す」
◇
全員が、
顔を上げる。
◇
「教会の前で」
◇
「数字を、
善意の言葉に
翻訳する」
◇
「それで、
ダメなら――」
◇
少し、
間を置く。
◇
「その時は、
撤く」
◇
誰も、
止めなかった。
◇
怖い。
◇
だが――
黙るより、
マシだと
知ってしまったから。
誤字脱字はお許しください。




