第三話 ――街の裏の顔役
第三話です。
夜の街は、昼とは別の顔をしていた。
灯りは少ない。
だが、人の気配は濃い。
酒場の裏口。
倉庫の影。
通りを外れた路地。
そこに集まるのは、
帳簿に載らない金と、人と、恨みだ。
「ここです」
セバスチャンが立ち止まったのは、
石造りの倉庫だった。
表向きは、
古布と鉄屑を扱う商人の倉。
だが――
「金貸しですね」
レイが言うと、
老人は小さく笑った。
「ええ。
利息は、法の三倍。
返せない者には、仕事を“斡旋”する」
「人売りも?」
「間接的に」
(典型的だ)
倉庫の中では、
数人の男が帳面を囲んでいた。
中央に座るのは、
腹の出た中年男。
指には、
安っぽいが数だけは多い指輪。
「――誰だ?」
男が顔を上げる。
セバスチャンは、
一歩下がった。
(前に出ない。
……役割を渡す気だな)
レイは、
静かに前へ出た。
「はじめまして」
「ガキが、何の用だ」
「借金の整理に」
男が笑った。
「冗談は顔だけにしとけ。
ここは遊び場じゃねぇ」
レイは、
懐から一枚の紙を出した。
帳簿の写し。
男の目が、
わずかに泳ぐ。
「……それを、どこで」
「あなたの下っ端が、
“酒に強くない”と知っていたので」
沈黙。
「用件を言え」
声が低くなる。
「この地区の貸付、
今後は男爵家が引き取ります」
男は、
鼻で笑った。
「で?
代わりに何をよこす」
「命と、名前」
倉庫の空気が凍る。
「……は?」
「あなたは、
ここで“失敗した商人”として消える」
「代わりに、
借金は帳消し。
逃げる金も用意する」
男の顔が、
赤くなった。
「ふざけるな!
俺を誰だと思って――」
「街の裏の顔役。
ですが――」
レイは、
淡々と続ける。
「あなたの“信用”は、
もう半分死んでいます」
「下っ端は、
あなたを恐れているだけで、
忠誠はない」
「競合は、
あなたの失脚を待っている」
「そして――」
一歩、近づく。
「今日、
男爵家が動いたことは、
もう噂になっている」
男は、
口を開いたまま固まった。
(……遅い)
「選択肢は二つです」
「今夜、
ここで“事故”が起きる」
「あるいは――
あなたが、
自分から消える」
長い沈黙。
やがて、
男は椅子に崩れ落ちた。
「……逃げ道は」
「港町。
偽名と、
三年分の生活費」
「……くそ」
セバスチャンが、
一歩前に出る。
「賢明な判断です」
男は、
レイを睨んだ。
「……お前、
何者だ」
レイは、
ほんの一瞬だけ考え、
答えた。
「乗り換え先です」
倉庫を出たあと、
夜風が冷たい。
「よろしかったのですか」
セバスチャンが言う。
「もっと荒い方法もありました」
「荒い方法は、
後始末が面倒です」
レイは歩きながら答える。
「恐怖より、
“逃げ切った成功体験”を与えた方が、
口は固くなります」
老人は、
静かに頷いた。
「……やはり、
あなたは向いている」
屋敷へ戻る途中、
レイは立ち止まった。
「一つ、確認を」
「なんでしょう」
「あなたは、
この家を守りたいのですか」
セバスチャンは、
即答しなかった。
そして、
こう言った。
「――守るに値する形に、
変えたいのです」
レイは、
それを聞いて満足した。
(利害が一致している)
屋敷に戻ると、
灯りはほとんど消えていた。
だが、
一つだけ――
廊下の奥の部屋から、
微かな明かりが漏れている。
クララの部屋だ。
ノックはしない。
ただ、
その前を通り過ぎる。
(……まだ早い)
今は、
家を整える段階だ。
情は、
最後に使う。
部屋に戻り、
机に向かう。
白紙を一枚。
ここから、
この家の“再設計”が始まる。
この作品は習作です。




