第二十八話 ――保証人のいらない金
28話です。
朝。
倉庫街の空気は、
相変わらず静かだった。
だが――
昨日とは違う種類の静けさだ。
◇
人々は逃げていない。
立ち止まっている。
◇
「保証人、出てこねぇな……」
商人の独り言が、
あちこちで聞こえる。
◇
紙切れを手に、
途方に暮れる顔。
◇
それを、
レイは高みからではなく、
同じ高さで見ていた。
◇
「……集まってくれ」
昼前。
レイは、
裏通りの空き倉庫に
人を集めた。
◇
借りられなかった者。
借りるのを諦めた者。
そして――
名前を書くのを、
恐れた者。
◇
十七人。
多くはない。
だが、ゼロではない。
◇
「今日は、
金の話をする」
◇
ざわり、と
空気が揺れる。
◇
「安心しろ」
「借金を
勧める話じゃない」
◇
それでも、
皆の視線は
警戒を解かない。
◇
「今、街にある金は
“信用”と引き換えだ」
◇
レイは、
紙を一枚、
床に置いた。
◇
「保証人がいなければ、
借りられない」
◇
「つまり――
信用を持つ者だけが、
次へ進める」
◇
誰かが、
小さく呟く。
「……当たり前だろ」
◇
「そうだ」
レイはうなずく。
◇
「だから、
その“当たり前”を
一段ずらす」
◇
紙に線を引く。
◇
「保証人が要らない金」
◇
一瞬、
沈黙。
◇
「……そんなもん、
あるわけねぇ」
◇
「ある」
レイは、
即答した。
◇
「皆で、
保証する」
◇
空気が凍る。
◇
「ふざけんな」
「俺が
他人の借金を
背負うのか?」
◇
「違う」
◇
レイは、
言葉を選ぶ。
◇
「一人の失敗を、
全員で被るんじゃない」
◇
「全員が、
少しずつ責任を持つ」
◇
ざわめきが、
不安へと変わる。
◇
「具体的に言う」
レイは、
数字を書いた。
◇
――十七人
――各人、
月に銅貨一枚
◇
「この銅貨は、
“借りるための金”じゃない」
◇
「他人が借りるための
安全網だ」
◇
「誰かが返せなくなったら、
この金で穴を埋める」
◇
「足りなければ?」
◇
「借り付け額を
減らす」
◇
「増やさないのか?」
◇
「増やさない」
レイは、
はっきり言った。
◇
「ここは、
成長する場所じゃない」
◇
「沈まないための場所だ」
◇
誰も、
すぐには答えない。
◇
だが、
一人が手を挙げた。
◇
若い女商人だ。
◇
「……私が
払った銅貨は、
返ってくる?」
◇
「使われなければ、
戻る」
◇
「使われたら?」
◇
「誰かの生活が、
続いた」
◇
その言葉に、
女は目を伏せた。
◇
「……それでいい」
◇
一人、また一人と、
頷く者が増える。
◇
全員ではない。
◇
だが、
七人が
名を連ねた。
◇
夕方。
レイは、
小さな帳面を作る。
◇
名前。
出資額。
借入額。
返済状況。
◇
派手さはない。
◇
だが、
嘘の入り込む隙がない。
◇
夜。
例の二人組が、
再び現れる。
◇
「先生」
◇
声は軽い。
◇
「面白いこと、
始めたらしいな」
◇
「静かな金融に、
対抗か?」
◇
「対抗じゃない」
レイは答える。
◇
「別の選択肢だ」
◇
男は、
紙束を覗き込む。
◇
「……保証人なし」
「共同責任」
◇
「脆い」
◇
「一人崩れたら、
全部崩れる」
◇
「その通りだ」
◇
レイは、
否定しない。
◇
「だから、
借りられる額は
小さい」
◇
「夢もない」
◇
「成り上がれない」
◇
男は、
肩をすくめる。
◇
「じゃあ、
何の意味がある?」
◇
レイは、
男の目を見る。
◇
「消えなくて済む」
◇
一瞬、
男の笑みが消えた。
◇
それは、
図星を突かれた
顔だった。
◇
「……まあいい」
◇
「どうせ、
勝つのは
数字だ」
◇
去り際、
男は振り返る。
◇
「先生」
◇
「その仕組み――」
◇
「広がったら、
潰す」
◇
静かに告げ、
闇に消える。
◇
レイは、
帳面を閉じる。
◇
恐怖はある。
◇
だが同時に、
確信もあった。
◇
――これは、
小さい。
◇
だが、
人が人を切り捨てない
仕組みだ。
◇
数字だけの街に、
人の重さを
戻すための。
◇
外では、
七人が
初めて銅貨を
机に置いていた。
◇
音は小さい。
◇
だが、
確かに響いた。
◇
この街で、
初めて。
誤字脱字はお許しください。




