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『俺様、御家乗っ取り記』(仮)  作者: くろめがね


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27/36

第二十七話 ――名のない貸し手

27話です。

翌朝。


裏通りの空気は、

昨日よりもさらに軽かった。



喧騒がない。

怒号がない。

悲鳴がない。



その代わり――

人の動きが、減っている。



「……人、いねぇな」


露店の女が、

籠を片付けながら言った。


「前は朝になると、

 借金取りに追われた連中が

 逃げ込んできたのに」



「今は?」



「誰も来ない」



それは、

安心の兆しに

聞こえるはずだった。



だが、

レイは違和感を覚える。



逃げ場が消える時、

人は

逃げなくなるのではない。



――動けなくなる。



昼。


倉庫街の端で、

小さな人だかりができていた。



人々は声を出さない。

怒鳴りもしない。



ただ、

一枚の紙を

順番に見ている。



レイが近づくと、

紙の内容が目に入った。



――短期融資

――利率:低

――返済期限:明確

――条件:身元保証人一名



「……保証人?」



商人の一人が、

小声で答える。


「そうだ」


「街で信用のある人間が

 一人、

 名前を書けばいい」



「それだけで?」



「ああ」



レイは、

その紙をじっと見る。



文面は整っている。

曖昧さがない。

脅しもない。



それが――

最も怖い。



「誰が貸している?」


レイが問う。



商人は、

首を横に振った。


「知らない」


「名乗らない」


「でも、

 金は確かに出る」



「返せなかったら?」



一瞬の沈黙。



「……次から、

 借りられなくなる」



「それだけ?」



「今のところは」



“今のところ”。



それは、

未来に余白がある

という意味だ。



レイは、

紙の端にある

小さな印を見る。



見覚えのない紋。


だが、

意図的に覚えにくい形。



(名を残さないための印……)



夜。


セバスチャンの

古い帳面を開く。



裏の取引。

影の貸し手。

名を持たない組織。



かつて、

彼が警戒していた

存在の記述があった。



「……静かな金融」



声に出して、

その言葉を読む。



「暴力を使わない」


「恐怖を見せない」


「だが――

 逃げ道を消す」



セバスチャンの

走り書きが続く。



――暴力は

 反抗心を生む

――恐怖は

 団結を生む

――だが

 “選択肢を減らす”と

 人は声を出さなくなる



レイは、

帳面を閉じた。



(これは……

 バルカンより、

 厄介だ)



翌日。


一人の若者が、

裏通りで座り込んでいた。



顔色が悪い。



「どうした」


レイが声をかける。



「……借りられなかった」



「理由は?」



「保証人が、

 見つからなかった」



「街の連中は?」



若者は、

目を伏せる。


「……名前、

 貸したくないって」



それは、

裏切りではない。



合理的な判断だ。



名前を書くということは、

責任を引き受ける

ということ。



「じゃあ、

 どうする」



若者は、

笑った。



笑いと言うには、

あまりにも乾いた。



「……働くしかねぇ」


「借りられねぇなら、

 減らすしかねぇ」



「何を?」



「飯」


「薬」


「時間」



レイは、

何も言えなかった。



それは、

正しい選択だ。



正しく――

人をすり減らす選択。



夜。


例の二人組が、

また現れる。



今度は、

堂々と。



「先生」



昨日より、

距離が近い。



「どうだい」


「街は、

 静かになっただろ」



「……ああ」



「誰も殴られない」


「誰も怒鳴らない」


「紙と数字だけだ」



男は、

胸を張る。



「これが、

 大人のやり方だ」



レイは、

ゆっくり息を吐く。



「確かに、

 賢いやり方だ」



「だが――」



男の目を見る。



「人が、

 消えていくやり方でもある」



一瞬、

空気が張りつめる。



男は、

口元だけで笑った。



「消える?」


「違うな」



「選ばれてないだけだ」



その言葉は、

正論だった。



だからこそ、

残酷だった。



「先生」


男は、

一歩下がる。



「俺たちは、

 まだ始めてない」



「本当に始まったら――」



「この街は、

 もっと

 “綺麗”になる」



闇に消える背中を、

レイは見送る。



胸の奥で、

確信が固まった。



――これは、

戦いになる。



暴力でも、

裁判でもない。



「信用」と

「選択肢」の戦いだ。



レイは、

机に向かい、

新しい紙を広げた。



「……なら」



「選ばれなかった人間が、

 戻ってこれる場所を

 作るしかない」



静かな金融に、

静かな反撃を。



次の一手は、

“制度”だった。


誤字脱字はお許しください。

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