第二十六話 ――静かな裏通り
26話です。
バルカンが姿を消してから、
裏通りは――静かになった。
あまりにも、だ。
◇
「……最近、
妙に静かじゃねぇか?」
酒場の親父が、
カウンターを拭きながら言った。
「前はさ、
毎晩誰かが怒鳴って、
殴られて、
泣いてた」
「今は――
何もねぇ」
◇
「良いことじゃないですか」
レイは、
表向きそう答える。
◇
だが、
胸の奥で
嫌な感触がしていた。
◇
騒ぎが消える時、
それは解決か――
移動だ。
◇
「先生」
若い商人が、
声を潜めて近づいてくる。
「……借金の話なんだが」
◇
「利率は下がった」
「脅されない」
「期限も、
紙に書いてある」
◇
「……でもな」
商人は、
唇を噛んだ。
「金が、
回らなくなった」
◇
レイは、
一瞬だけ目を伏せる。
◇
「バルカンは、
回収は早かったが、
貸すのも早かった」
◇
「今は――
審査がある」
「条件がある」
「保証がいる」
◇
「……借りられねぇ奴が、
増えてる」
◇
レイは、
何も言わない。
◇
それは、
正しい変化の
副作用だ。
◇
夜。
裏通りを歩く。
いつもなら、
誰かが
壁にもたれ、
呻いている場所。
◇
そこに――
人はいない。
◇
だが。
◇
遠くで、
小さな灯りが揺れている。
◇
近づくと、
知らない顔の男が二人。
◇
服は地味。
動きは静か。
◇
「……誰だ?」
声をかける前に、
一人がこちらを見る。
◇
目が、
妙に冷たい。
◇
「仕事中だ」
「邪魔するな」
◇
言葉遣いは、
丁寧だった。
それが、
一番不気味だった。
◇
「ここは、
誰の縄張りだ?」
レイが問う。
◇
男は、
軽く肩をすくめた。
「今は、
空いてる」
◇
「だから、
使わせてもらってる」
◇
胸の奥で、
何かが噛み合う。
◇
――空白。
◇
バルカンが
抑えていた場所。
彼が縛られたことで、
生まれた余白。
◇
そこに――
別の何かが入り込む。
◇
「名乗らないのか」
レイが言う。
◇
男は、
薄く笑った。
「名は、
まだいらない」
◇
「必要になったら、
名乗るさ」
◇
その言い方は、
かつてのバルカンと
よく似ていた。
◇
「……そうか」
レイは、
一歩引く。
「なら――」
◇
「名乗りたくなった時、
紙に書く場所は
用意しておく」
◇
男は、
一瞬だけ
動きを止めた。
◇
「面白ぇこと言うな、
先生」
◇
「だが――」
「俺たちは、
まだ“見られて”ねぇ」
◇
闇に溶けるように、
二人は消える。
◇
レイは、
その場に立ち尽くした。
◇
――秩序は、
整えた。
◇
だが、
秩序が生まれる場所には、
必ず
影も生まれる。
◇
「……早すぎたか」
小さく、
誰にも聞こえない声で
呟く。
◇
だが、
後悔はしない。
◇
この街は、
もう――
黙って壊れる段階を
過ぎている。
◇
「次は――」
レイは、
夜の奥を見る。
「名を持たない者たちか」
◇
静かな裏通りに、
新しい不穏が
芽吹いていた。
誤字脱字はお許しください。




