第二十四話 ――書かれない名前
24話です。
女の指先が、
震えたまま止まった。
誰も、
その先を見ようとしない。
◇
「……言え」
誰かが、
低く言った。
促しでもあり、
脅しでもある声。
◇
女は、
喉を鳴らし、
絞り出すように言った。
「……バルカン」
◇
空気が、
一瞬で冷えた。
◇
誰も、
驚かない。
それが、
すべてを物語っていた。
◇
「……金貸しの?」
「東区の?」
「“裏の帳簿”を
握ってるって噂の?」
小さな声が、
連鎖する。
◇
レイは、
何も言わず、
紙を見た。
そこには、
今までの名前が
並んでいる。
だが――
バルカンの名は、
一度も書かれていない。
◇
「……なぜだ」
誰かが、
ようやく口にした。
◇
女が、
泣きながら答える。
「書いた人が、
次の日に消えたから……」
◇
息を呑む音。
◇
「家が燃えた」
「子どもが、
攫われた」
「借金が、
一晩で三倍になった」
女の声は、
震えながらも止まらない。
◇
「だから……
みんな、
最初から
名前を書かない」
◇
沈黙。
それは、
恐怖の共有だった。
◇
レイは、
静かにペンを置いた。
「……確認します」
声は、
低い。
「刃物沙汰」
「借金」
「脅迫」
「誘拐」
「すべて――
同一人物の影」
◇
誰も否定しない。
◇
レイは、
ゆっくり顔を上げた。
「では、
これは“裁かれない怒り”ではない」
◇
「裁かれない“力”です」
◇
その言葉に、
空気が震えた。
◇
「ここに集まった皆さん」
レイは、
一人ひとりを見る。
「あなた方は、
刃物を抜いた人間を
責めました」
「ですが――」
◇
「刃物を
抜かせた人間を
見ていませんでした」
◇
誰かが、
声を荒げた。
「じゃあどうするんだよ!」
「裁判所は、
あいつを
捕まえねぇ!」
◇
レイは、
即答する。
「知っています」
◇
「ではどうする!」
「殺すのか!」
「追い出すのか!」
◇
レイは、
一拍置いた。
「……いいえ」
◇
「“書きます”」
◇
場が、
ざわつく。
「書く?」
「どこに?」
◇
レイは、
紙を掲げた。
「ここに」
◇
「この場で」
◇
誰かが、
悲鳴に近い声を上げた。
「正気か!
殺されるぞ!」
◇
レイは、
静かに言った。
「だから、
条件三を出しました」
◇
「責任は、
名前付きで出す」
◇
「今日、
ここに集まった人間は」
「全員、
目撃者になります」
◇
「一人を
潰せば済む話では
なくなる」
◇
空気が、
一段階、
重くなる。
◇
「……書け」
誰かが、
掠れた声で言った。
「書いてくれ……」
◇
レイは、
ペンを取った。
ゆっくり、
迷いなく。
紙の一番上に、
はっきりと書く。
バルカン
◇
その瞬間。
誰かが、
息を詰めた。
誰かが、
椅子を蹴った。
誰かが、
祈り始めた。
◇
レイは、
書き終えた紙を
高く掲げる。
「――これが、
今日の裁定です」
◇
「この名前は、
もう
消せません」
◇
外で、
風が鳴る。
まるで、
街そのものが
息を吸ったようだった。
◇
そのとき。
入口の扉が、
ゆっくりと開いた。
◇
影が、
差し込む。
◇
「……面白いこと、
してるじゃねぇか」
低い声。
聞き覚えが、
ありすぎる。
◇
レイは、
振り返った。
そこに立っていたのは――
書かれた本人だった。
誤字脱字はお許しください。




