第二十三話 ――裁かれない怒り
23話です。
次の名が、
なかなか出てこなかった。
レイの指が、
紙の上で止まる。
沈黙が、
長い。
◇
そのときだった。
「――待てよ」
低い声。
列の後ろ、
人垣の向こう。
誰かが、
前へ出てきた。
◇
顔は見えない。
だが――
空気が、
変わった。
◇
「さっきの裁定」
「……甘すぎねぇか?」
ざわり、と
周囲が揺れる。
◇
レイは、
視線だけを向けた。
「意見として、
聞きます」
◇
男が、
一歩進む。
灯りに照らされ、
顔が見えた。
――港区の古株。
――喧嘩の仲裁役。
――“穏健派”と呼ばれていた男。
◇
「刃物を抜いたんだぞ」
「三日働いて終わり?」
「そんな裁きで、
誰が怖がる?」
◇
何人かが、
小さく頷く。
◇
「言っとくがな」
男は、
声を張った。
「ここじゃ、
“見せしめ”が
必要なんだ」
◇
空気が、
ざらつく。
◇
「甘い裁定は、
次の刃物を呼ぶ」
「血を見せなきゃ、
止まらねぇ」
◇
誰かが、
息を吸う。
――まずい。
――流れが、
変わる。
◇
レイは、
即座に否定しなかった。
ただ、
一つだけ聞いた。
「あなたは」
「何を
守りたいのですか」
◇
男は、
一瞬詰まる。
「……秩序だ」
◇
「誰の?」
「……街の」
◇
レイは、
一歩踏み出した。
声は、
静かだが――
鋭い。
「秩序とは、
恐怖の別名ですか」
◇
どよめき。
◇
「殴られるから
黙る」
「殺されるから
従う」
「それを
秩序と呼ぶなら――」
◇
レイは、
男を真っ直ぐ見た。
「それは、
支配です」
◇
空気が、
張り詰める。
◇
「私は、
支配を
裁くために
ここにいます」
◇
男の顔が、
歪む。
「……綺麗事だ」
「お前は、
血の匂いを
知らねぇ」
◇
レイは、
ゆっくり首を振った。
「いいえ」
「知っています」
◇
その一言に、
誰かが息を呑んだ。
◇
「血を見せれば、
人は止まる」
「だが、
怒りは残る」
◇
「裁かれなかった怒りは、
別の場所で
噴き出します」
「家で」
「路地で」
「弱い相手に」
◇
人々の顔が、
こわばる。
思い当たる節が、
ありすぎた。
◇
レイは、
男に言った。
「あなたが
本当に
守りたいものは」
「秩序ではない」
◇
「予測可能な
明日です」
◇
沈黙。
◇
「今日、
刃物を抜いた男は」
「明日、
刃物を抜かない」
「なぜなら――」
◇
「働いているからです」
◇
ざわ、と
空気が揺れる。
◇
「疲れ切った人間は、
刃物を抜く余力がない」
「これは、
感情論ではありません」
◇
レイは、
淡々と続ける。
「計算です」
◇
男は、
何も言えなくなった。
◇
レイは、
周囲を見渡した。
「異論は、
受け付けます」
「ただし――」
◇
「名前を出してください」
◇
一瞬。
誰も、
名乗らない。
◇
その沈黙が、
答えだった。
◇
レイは、
紙を叩いた。
「では、
次です」
◇
その瞬間――
奥の方で、
何かが倒れる音。
◇
「……おい」
「誰か、
倒れたぞ」
◇
人が割れる。
床に、
若い女が
崩れ落ちていた。
顔面蒼白。
唇が震えている。
◇
「……言わなきゃ……」
「言わなきゃ、
ダメなんです……」
◇
レイが、
即座に駆け寄る。
「落ち着いて」
「名前は?」
◇
女は、
涙を流しながら
叫んだ。
「――裁かれない人が、
いるんです!!」
◇
場が、
凍りついた。
◇
「刃物も、
借金も、
暴力も……」
「全部やってるのに」
◇
女は、
指を震わせて
奥を指した。
「あの人だけ、
いつも名前が出ない!!」
◇
視線が、
一斉に集まる。
◇
レイは、
ゆっくり立ち上がった。
「……どの名前ですか」
◇
女は、
泣きながら、
それを言った。
◇
◇
◇
――その名は、
誰もが知っていて、
誰も書かなかった名前だった。
誤字脱字はお許しください。




