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『俺様、御家乗っ取り記』(仮)  作者: くろめがね


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23/35

第二十三話 ――裁かれない怒り

23話です。

次の名が、

なかなか出てこなかった。


レイの指が、

紙の上で止まる。


沈黙が、

長い。



そのときだった。


「――待てよ」


低い声。


列の後ろ、

人垣の向こう。


誰かが、

前へ出てきた。



顔は見えない。

だが――


空気が、

変わった。



「さっきの裁定」


「……甘すぎねぇか?」


ざわり、と

周囲が揺れる。



レイは、

視線だけを向けた。


「意見として、

 聞きます」



男が、

一歩進む。


灯りに照らされ、

顔が見えた。


――港区の古株。

――喧嘩の仲裁役。

――“穏健派”と呼ばれていた男。



「刃物を抜いたんだぞ」


「三日働いて終わり?」


「そんな裁きで、

 誰が怖がる?」



何人かが、

小さく頷く。



「言っとくがな」


男は、

声を張った。


「ここじゃ、

 “見せしめ”が

 必要なんだ」



空気が、

ざらつく。



「甘い裁定は、

 次の刃物を呼ぶ」


「血を見せなきゃ、

 止まらねぇ」



誰かが、

息を吸う。


――まずい。

――流れが、

 変わる。



レイは、

即座に否定しなかった。


ただ、

一つだけ聞いた。


「あなたは」


「何を

 守りたいのですか」



男は、

一瞬詰まる。


「……秩序だ」



「誰の?」


「……街の」



レイは、

一歩踏み出した。


声は、

静かだが――

鋭い。


「秩序とは、

 恐怖の別名ですか」



どよめき。



「殴られるから

 黙る」


「殺されるから

 従う」


「それを

 秩序と呼ぶなら――」



レイは、

男を真っ直ぐ見た。


「それは、

 支配です」



空気が、

張り詰める。



「私は、

 支配を

 裁くために

 ここにいます」



男の顔が、

歪む。


「……綺麗事だ」


「お前は、

 血の匂いを

 知らねぇ」



レイは、

ゆっくり首を振った。


「いいえ」


「知っています」



その一言に、

誰かが息を呑んだ。



「血を見せれば、

 人は止まる」


「だが、

 怒りは残る」



「裁かれなかった怒りは、

 別の場所で

 噴き出します」


「家で」


「路地で」


「弱い相手に」



人々の顔が、

こわばる。


思い当たる節が、

ありすぎた。



レイは、

男に言った。


「あなたが

 本当に

 守りたいものは」


「秩序ではない」



「予測可能な

 明日です」



沈黙。



「今日、

 刃物を抜いた男は」


「明日、

 刃物を抜かない」


「なぜなら――」



「働いているからです」



ざわ、と

空気が揺れる。



「疲れ切った人間は、

 刃物を抜く余力がない」


「これは、

 感情論ではありません」



レイは、

淡々と続ける。


「計算です」



男は、

何も言えなくなった。



レイは、

周囲を見渡した。


「異論は、

 受け付けます」


「ただし――」



「名前を出してください」



一瞬。


誰も、

名乗らない。



その沈黙が、

答えだった。



レイは、

紙を叩いた。


「では、

 次です」



その瞬間――


奥の方で、

何かが倒れる音。



「……おい」


「誰か、

 倒れたぞ」



人が割れる。


床に、

若い女が

崩れ落ちていた。


顔面蒼白。

唇が震えている。



「……言わなきゃ……」


「言わなきゃ、

 ダメなんです……」



レイが、

即座に駆け寄る。


「落ち着いて」


「名前は?」



女は、

涙を流しながら

叫んだ。


「――裁かれない人が、

 いるんです!!」



場が、

凍りついた。



「刃物も、

 借金も、

 暴力も……」


「全部やってるのに」



女は、

指を震わせて

奥を指した。


「あの人だけ、

 いつも名前が出ない!!」



視線が、

一斉に集まる。



レイは、

ゆっくり立ち上がった。


「……どの名前ですか」



女は、

泣きながら、

それを言った。



――その名は、

誰もが知っていて、

誰も書かなかった名前だった。


誤字脱字はお許しください。

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