第二十二話 ――名前が落ちる瞬間
22話です。
名を名乗った男は、
若くはなかった。
三十を越え、
四十には届かない。
腕は太いが、
震えている。
◇
「……俺だ」
その一言で、
空気が変わった。
同情と、
距離と、
安堵。
――自分じゃなかった、という顔。
◇
レイは、
何も言わない。
紙に書いた名前を、
一度見ただけで、
視線を上げた。
「確認します」
声は、
淡々。
「昨日の刃物沙汰」
「相手は?」
男は、
唾を飲み込んだ。
「……港通りの
酒場の用心棒だ」
◇
「理由」
「……借金だ」
「誰から」
「……言わなきゃ、
ダメか」
レイは、
一瞬も迷わず答える。
「条件三」
「名前付きです」
◇
男は、
歯を食いしばった。
「……東区の
金貸し、
バルカン」
ざわめき。
◇
「刃物を抜いたのは?」
「俺だ」
「先か、後か」
「……先だ」
◇
沈黙。
重い。
誰かが、
ぼそっと言った。
「自業自得だろ……」
◇
レイは、
その声を拾わない。
男だけを見る。
「相手は?」
「……生きてる」
「怪我は?」
「肩を、
少し」
◇
レイは、
頷いた。
「では、
裁定を出します」
◇
一瞬、
場がざわつく。
「もうかよ」
「早すぎねぇか」
レイは、
静かに言った。
「迷う余地がない」
◇
「あなたは、
暴力を先に選びました」
「理由が何であれ、
これは事実です」
◇
男は、
俯いた。
◇
「よって」
「三日間の
市場立ち入り禁止」
「その間、
あなたは
酒場側に
治療費と
損失分を払う」
◇
「金がねぇ」
即座に、
男が言った。
◇
レイは、
即答する。
「知っています」
「だから――」
◇
「働きで返します」
◇
ざわめき。
「働き?」
「何やらせる気だ」
◇
「市場の清掃」
「荷の仕分け」
「人手が足りていない場所」
◇
「三日で足りなければ、
延長」
「刃物を持たず、
争いの場には
近づかない」
◇
男は、
呆然とした。
「……それだけか?」
「それだけです」
◇
「殴られねぇのか」
「縛られねぇのか」
「追い出されねぇのか」
◇
レイは、
はっきり言った。
「これは罰ではありません」
「再発防止です」
◇
場が、
静まる。
◇
「最後に」
レイは、
男を見る。
「あなたは、
悪人ではありません」
男の顔が、
歪んだ。
◇
「だが、
危険な選択をした人間です」
「そこは、
はっきり区別します」
◇
レイは、
周囲を見渡した。
「次に刃物が出た場合」
「条件一」
「その場で、
私の裁定に
従ってもらいます」
◇
誰も、
口を挟まない。
◇
男は、
ゆっくりと頭を下げた。
「……わかった」
「やる」
◇
レイは、
紙を折った。
「では、
次です」
◇
その言葉に、
何人かが息を詰めた。
――終わらない。
――これは、
始まったのだ。
◇
レイは、
次の名前を書く準備をした。
誰かが、
自分の名が
呼ばれる予感に、
背を固くする。
誤字脱字はお許しください。




