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『俺様、御家乗っ取り記』(仮)  作者: くろめがね


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20/31

第二十話 ――戻れという声

20話です。

朝。


街は、

静かすぎた。


騒がしいはずの通りで、

声が出ない。



市場。


魚の籠が倒れている。


誰も拾わない。


理由は単純だ。

拾えば、

次の口論に巻き込まれる。


だから、

誰も動かない。



「……おい」


年配の商人が、

小さく声を上げた。


「これ、

 誰の仕事だ?」


誰も答えない。


「昨日までは、

 誰かが割って入った」


沈黙。


「……名前、

 言っていいか」


数秒の間。


誰も止めなかった。


「レイだ」



昼。


教会の裏。


若い男が、

司祭に詰め寄っていた。


「最近、

 揉め事増えてるだろ」


「ええ」


司祭は、

穏やかに頷く。


「祈りが足りませんね」


「……祈りじゃねぇ」


男は、

声を低くした。


「人が足りねぇ」


司祭の目が、

一瞬だけ細くなる。


「誰のことですか」


男は、

歯を噛みしめた。


「……あの男爵家の、

 レイだ」



司祭は、

すぐには答えなかった。


その沈黙は、

拒否ではない。


計算だった。



夕方。


男爵邸の門前。


見慣れない男が、

立っていた。


服は粗末だが、

姿勢は崩れていない。


門番が、

声をかける。


「用件は」


「……レイ殿に」


「どういう用で?」


男は、

一瞬言葉を選び、

正直に言った。


「戻ってほしい」



応接室。


男は、

落ち着かない様子で

椅子に座っている。


クララが、

茶を運んだ。


「……街の方?」


男は、

小さく頷く。


「市場の連中からです」


「具体的には?」


「……喧嘩が増えました」


クララは、

レイを見る。


レイは、

何も言わない。



男は、

続けた。


「前は、

 誰かが間に入った」


「誰です?」


「……あんたです」



沈黙。


男は、

慌てて付け足す。


「いや、

 あんた“だけ”じゃない」


「でも、

 あんたがいなくなってから

 全部一気に来た」



レイが、

静かに聞く。


「“来た”とは?」


男は、

視線を落とした。


「怒鳴り合い、

 殴り合い、

 刃物……」


「死人は?」


「……まだ」


「“まだ”ですか」


男は、

言葉を失う。



クララが、

震える声で言う。


「それで……

 戻ってほしい、と?」


男は、

深く頭を下げた。


「……お願いします」



レイは、

すぐには答えなかった。


代わりに、

問いを投げる。


「私が戻れば、

 何が変わります?」


男は、

即答できなかった。


「……前に戻ります」


「前とは?」


「……喧嘩が、

 大きくならない」


「それだけ?」



男は、

ようやく本音を吐いた。


「……自分たちで

 どうにもできない」



その言葉は、

重かった。


依存だ。


自覚のある依存。



レイは、

ゆっくり言った。


「戻る条件があります」


男は、

顔を上げる。


「条件……?」


「私がいない間に起きたことを、

 全部、正直に出すこと」


「……全部?」


「隠した瞬間、

 私は引きます」



男は、

苦しそうに息を吐いた。


「……わかりました」



夜。


クララは、

小声で尋ねた。


「……戻るの?」


「ええ」


「怖くない?」


「怖いですよ」


レイは、

微笑した。


「でも――

 呼ばれた場所には、

 責任が生まれます」



帳簿。


新しい項目。


・公式依頼:1

・依頼主:市場代表

・目的:治安維持(非公式)


クララは、

文字をなぞる。


「……街が、

 あなたを使おうとしてる」


「ええ」


「それって……」


「危険です」


レイは、

はっきり言った。



窓の外。


夜の街。


誰かが叫ぶ。


止める声は、

ない。


その静けさが、

答えだった。


誤字脱字はお許しください。

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