第二十話 ――戻れという声
20話です。
朝。
街は、
静かすぎた。
騒がしいはずの通りで、
声が出ない。
◇
市場。
魚の籠が倒れている。
誰も拾わない。
理由は単純だ。
拾えば、
次の口論に巻き込まれる。
だから、
誰も動かない。
◇
「……おい」
年配の商人が、
小さく声を上げた。
「これ、
誰の仕事だ?」
誰も答えない。
「昨日までは、
誰かが割って入った」
沈黙。
「……名前、
言っていいか」
数秒の間。
誰も止めなかった。
「レイだ」
◇
昼。
教会の裏。
若い男が、
司祭に詰め寄っていた。
「最近、
揉め事増えてるだろ」
「ええ」
司祭は、
穏やかに頷く。
「祈りが足りませんね」
「……祈りじゃねぇ」
男は、
声を低くした。
「人が足りねぇ」
司祭の目が、
一瞬だけ細くなる。
「誰のことですか」
男は、
歯を噛みしめた。
「……あの男爵家の、
レイだ」
◇
司祭は、
すぐには答えなかった。
その沈黙は、
拒否ではない。
計算だった。
◇
夕方。
男爵邸の門前。
見慣れない男が、
立っていた。
服は粗末だが、
姿勢は崩れていない。
門番が、
声をかける。
「用件は」
「……レイ殿に」
「どういう用で?」
男は、
一瞬言葉を選び、
正直に言った。
「戻ってほしい」
◇
応接室。
男は、
落ち着かない様子で
椅子に座っている。
クララが、
茶を運んだ。
「……街の方?」
男は、
小さく頷く。
「市場の連中からです」
「具体的には?」
「……喧嘩が増えました」
クララは、
レイを見る。
レイは、
何も言わない。
◇
男は、
続けた。
「前は、
誰かが間に入った」
「誰です?」
「……あんたです」
◇
沈黙。
男は、
慌てて付け足す。
「いや、
あんた“だけ”じゃない」
「でも、
あんたがいなくなってから
全部一気に来た」
◇
レイが、
静かに聞く。
「“来た”とは?」
男は、
視線を落とした。
「怒鳴り合い、
殴り合い、
刃物……」
「死人は?」
「……まだ」
「“まだ”ですか」
男は、
言葉を失う。
◇
クララが、
震える声で言う。
「それで……
戻ってほしい、と?」
男は、
深く頭を下げた。
「……お願いします」
◇
レイは、
すぐには答えなかった。
代わりに、
問いを投げる。
「私が戻れば、
何が変わります?」
男は、
即答できなかった。
「……前に戻ります」
「前とは?」
「……喧嘩が、
大きくならない」
「それだけ?」
◇
男は、
ようやく本音を吐いた。
「……自分たちで
どうにもできない」
◇
その言葉は、
重かった。
依存だ。
自覚のある依存。
◇
レイは、
ゆっくり言った。
「戻る条件があります」
男は、
顔を上げる。
「条件……?」
「私がいない間に起きたことを、
全部、正直に出すこと」
「……全部?」
「隠した瞬間、
私は引きます」
◇
男は、
苦しそうに息を吐いた。
「……わかりました」
◇
夜。
クララは、
小声で尋ねた。
「……戻るの?」
「ええ」
「怖くない?」
「怖いですよ」
レイは、
微笑した。
「でも――
呼ばれた場所には、
責任が生まれます」
◇
帳簿。
新しい項目。
・公式依頼:1
・依頼主:市場代表
・目的:治安維持(非公式)
クララは、
文字をなぞる。
「……街が、
あなたを使おうとしてる」
「ええ」
「それって……」
「危険です」
レイは、
はっきり言った。
◇
窓の外。
夜の街。
誰かが叫ぶ。
止める声は、
ない。
その静けさが、
答えだった。
誤字脱字はお許しください。




