第十七話 ――正しさという暴力
17話です。
翌朝。
街は、
昨日よりも静かだった。
だがそれは、
落ち着いたからではない。
判断を終えた静けさだった。
◇
「……あの人、
やっぱり危ないんじゃない?」
市場で、
そんな声が囁かれる。
「法で白でも、
心は黒かもしれない」
「子どもに
余計なこと考えさせるなんて」
誰も怒鳴らない。
誰も指をささない。
ただ、
距離を取る。
◇
ミナが、
立ち止まった。
昨日まで挨拶してくれた大人が、
視線を逸らす。
「……」
何も言われない。
それが、
一番つらい。
◇
隠れ家。
「始まりましたね」
レイは、
報告を聞いて言った。
「“悪い人”ではなく、
“関わりたくない人”に
分類されました」
「それって……」
クララが、
言葉を探す。
「追放の前段階です」
レイは、
淡々と答えた。
◇
教会では、
新しい言葉が使われ始めていた。
「裁くつもりはありません」
司祭は、
穏やかに言う。
「ただ、
“正しい道”を
選んでほしいだけです」
その“正しさ”は、
一つしか用意されていない。
◇
「問いを持つことは、
信仰を揺るがします」
「疑問は、
共同体を分断します」
「分断は、
争いを生みます」
――だから、
避けましょう。
誰も“禁止”とは言わない。
それでも、
選択肢は一つだ。
◇
「……先生」
ミナが、
震える声で言った。
「今日、
友だちに言われた」
「何と?」
「“先生のとこに行くなら、
うちには来るな”って」
言葉は、
刃よりも深く刺さる。
◇
レイは、
一瞬だけ目を閉じた。
(……ここか)
彼が最も恐れていたのは、
法でも、
教会でもない。
善意の顔をした排除だ。
◇
「ミナ」
レイは、
静かに言った。
「選びなさい」
「……え?」
「ここに来るか。
来ないか」
クララが、
息を呑む。
「私は、
どちらも否定しません」
ミナの唇が、
震える。
「……逃げてもいい?」
「ええ」
「先生のせいにしても?」
「それも」
◇
ミナは、
しばらく黙っていた。
やがて、
小さく言う。
「……それでも、
行きたい」
レイは、
深く息を吸った。
「来なさい」
◇
その夜。
街の掲示板に、
新しい紙が貼られた。
注意
近頃、
共同体の調和を乱す
思想的影響が確認されています。
子どもたちの健全な成長のため、
各家庭において
適切な指導をお願いします。
署名はない。
それが、
一番卑怯だった。
◇
男爵邸。
奥様が、
震える声で言った。
「……このままだと、
家も……」
男爵は、
重く頷く。
「わかっている」
「なら、
あの子を――」
言葉が、
途切れる。
「……切れと?」
男爵は、
自分に問いかけるように
呟いた。
◇
同じ夜。
レイは、
帳簿を閉じた。
「次の段階です」
「……何をするの?」
クララが聞く。
「善悪では勝てません」
「じゃあ――」
「“必要”であることを、
示します」
レイは、
地図の一点を指す。
「街が、
“困る瞬間”を作る」
「混乱させるの?」
「いいえ」
レイは、
静かに首を振った。
「救わないだけです」
クララは、
はっと息を呑む。
「それって……」
「誰かが
“あの男がいないと困る”
と言い出すまで」
◇
外で、
風が鳴る。
それは、
嵐の前触れだった。
正しさは、
人を殴る。
だが――
生活が壊れ始めたとき、
人は初めて正しさを疑う。
誤字脱字はお許しください。




