第十六話 ――法という名の刃
16話です。
告示は、
一枚の紙で十分だった。
王都法務院の名において、
男爵領バルツにおける
一連の社会不安および誘拐未遂事件について、
予備審問を開始する。
誰もが読める場所に、
貼り出された。
教会の壁。
市場の柱。
裁判所の門。
「……来たわね」
クララが言う。
「ええ」
レイは紙を見て、
淡々と答えた。
「祈りでは止まらないと判断した」
◇
予備審問。
それは裁判ではない。
だが、
裁判へ進むかどうかを決める場だ。
そして、
ここで“印象”が決まる。
「正しい人間か」
「危険な存在か」
法は、
まず顔を見る。
◇
法廷は、
想像より小さかった。
木の椅子。
低い天井。
窓は高く、
外が見えない。
「……閉じ込められてる感じね」
クララが呟く。
「意図的です」
レイは言う。
「外の声を、
聞かせないために」
◇
裁判官は、
中年の男だった。
「静粛に」
その声は、
感情が薄い。
「本日は、
被告人レイ・――」
一瞬、
言葉が詰まる。
「……姓は?」
「ありません」
「……名前のみ?」
「はい」
小さなざわめき。
それだけで、
“不安定な存在”に見える。
◇
「まず確認します」
裁判官は言った。
「あなたは、
誘拐事件に関与しましたか」
「関与しました」
即答。
「ただし、
防止の側としてです」
「それは、
あなたの主張ですね」
「はい」
◇
次に呼ばれたのは、
教会側の証人。
「この男は、
子どもたちに
不要な疑念を与えました」
「疑念とは?」
「秩序への疑念です」
裁判官が、
ゆっくり頷く。
◇
次。
親の一人が呼ばれる。
ミナの父親だった。
「……正直に言います」
声が震えている。
「最初は、
怖かった」
「何が?」
「子どもが、
考えるようになるのが」
法廷が静まる。
「でも」
父親は、
拳を握る。
「殴らなくなった」
ざわ、と
空気が揺れる。
「……怒鳴らなくなった」
「それが、
あの先生のせいかは
わからない」
「でも――
変わったのは事実です」
◇
裁判官は、
一瞬だけ眉を動かした。
だが、
記録官は淡々と書く。
「主観的証言」
文字にすれば、
価値は下がる。
◇
次。
街の商人。
「……売上は、
安定しました」
「それは、
被告人の行為によって?」
「はい」
「暴力は?」
「ありません」
「脅迫は?」
「……契約だけです」
裁判官は、
筆を止める。
◇
「被告人」
裁判官が言った。
「あなたは、
自分が“正しい”と
思っていますか」
レイは、
少し考えた。
「いいえ」
法廷が、
ざわつく。
「では、
なぜ続けた?」
「正しいかどうかを、
決める立場に
なかったからです」
「意味がわかりません」
「空腹は、
議論を待ってくれません」
沈黙。
◇
「私が止めたのは、
“最悪”です」
「“最善”ではありません」
「その違いを、
理解できる大人が
この街には
少なかった」
◇
裁判官は、
しばらく黙った。
「……本日の審問は、
ここまでとします」
木槌が鳴る。
「結論は、
後日」
◇
法廷を出たあと。
クララが、
小さく息を吐く。
「……どうだった?」
「半分です」
「半分?」
「法は、
私を切りたがっています」
「じゃあ――」
「でも」
レイは続ける。
「切るには、
理由が足りない」
◇
その夜。
司祭は、
苛立った様子で
手紙を書いていた。
法だけでは足りない。
次は――
“道徳”だ。
封を閉じる。
それは、
最も厄介な刃だった。
誤字脱字はお許しください。




