第十五話 ――親という壁
15話です。
朝。
スラムの路地は、
いつもより静かだった。
子どもたちが、
出てこない。
「救済の時間です」
教会の下役が、
各家を回っていた。
「最近、
お子さんが夜眠れないと
聞きました」
「……ええ」
「考えすぎているのでは?」
その言葉は、
責めではない。
心配の仮面をかぶった、
誘導だった。
◇
ミナの家。
父親は、
黙って話を聞いていた。
「子どもは、
難しいことを考えなくていい」
「親が、
代わりに背負えばいい」
教会の男は、
穏やかに微笑む。
「それが、
“正しい愛”です」
父親の拳が、
小さく握られる。
「……あの先生は」
「悪い人ではありません」
すぐ否定する。
「ただ、
早すぎるのです」
「子どもに、
大人の問いは重い」
その言葉は、
父親の胸に
深く刺さった。
◇
昼。
子どもたちは、
教会に集められた。
歌。
静かな旋律。
口を閉じて
目を閉じて
おとなしくしていよう
ミナは、
歌いながら
胸が苦しくなった。
(……先生なら、
この歌を
どう言うだろう)
◇
隠れ家。
「来ませんね」
クララが言う。
「ええ」
レイは、
すでに想定していた。
「今日は、
“来させない日”です」
「じゃあ、
何もしない?」
「します」
レイは、
立ち上がった。
「親に会いに行きます」
◇
最初の家。
父親は、
戸口で立ち止まった。
「……先生」
「短く話します」
レイは言う。
「怒りません。
説得もしません」
「じゃあ、
何をしに?」
「謝りに来ました」
父親は、
目を見開く。
「考えすぎる種を
蒔いたのは事実です」
「夜、眠れなかった子も
いるでしょう」
沈黙。
「それは、
私の責任です」
◇
父親は、
しばらく黙っていた。
「……それで?」
「続けるかどうかは、
あなたが決めてください」
「止めろと言われたら?」
「従います」
即答だった。
◇
次の家。
次の家。
同じことを言った。
謝罪。
選択。
強制なし。
◇
夕方。
噂が、
形を変えて広がる。
「先生、
怒らなかったらしい」
「止めろって言っても
逆らわないって」
「……思ってたのと違う」
教会側が、
困惑する。
◇
夜。
司祭は、
報告を聞いて眉をひそめた。
「……逃げ道を
与えているな」
「親に、
選ばせています」
「それは――」
司祭は、
言葉を切った。
「信仰と、
同じ立場に
立たれている」
◇
その夜遅く。
ミナが、
そっと隠れ家に来た。
「……先生」
「どうした?」
「今日、
父ちゃんが言った」
ミナは、
少し震えながら続ける。
「“行きたいなら、
行っていい”って」
レイは、
何も言わなかった。
「……怖いけど」
ミナは、
顔を上げる。
「先生のとこ、
行きたい」
レイは、
ゆっくりうなずいた。
「来なさい」
◇
遠くで、
教会の鐘が鳴る。
今度は、
短く、
不規則に。
司祭は、
独り言のように呟いた。
「……信仰では
縛れないか」
視線が、
別の書類に移る。
そこには、
こう書かれていた。
「裁判所」
次の舞台は、
街の外へ広がる。
誤字脱字はお許しください。




