第十二話 ――監察官という名の秤
12話です。
監察官が来る。
その事実だけで、
街の空気は一段、重くなった。
王都から派遣される監察官は、
正義の執行者ではない。
秤だ。
どちらに重みがあるかを測り、
重いほうに「正義」という札を貼る存在。
◇
「名前は?」
「ハルバート・ヴァイン。
王都法務院所属。四十代。独身」
レイは即座に答える。
「仕事は堅実。
だが――
“波風を立てない”ことで評価されている男です」
「つまり?」
クララが聞く。
「勝ち馬に乗る」
短く、端的だった。
◇
「教会は?」
「全面的に、
こちらを“問題児”扱いです」
「男爵家は?」
「沈黙。
最も危険な態度ですね」
クララは、
わずかに唇を噛んだ。
「……閣下は」
「父親ですから」
レイは言った。
「家を守る立場であり、
同時に――
あなたを守りたい」
「両立しない」
「ええ。
だから揺れています」
◇
監察官到着の日。
街の入り口に、
簡素な馬車が止まった。
装飾もなく、
護衛も最小限。
「……地味ね」
クララが呟く。
「彼の美学です」
レイは遠くから観察していた。
「“私は公平だ”と
見せるための演出」
◇
応接室。
「初めまして」
監察官は、
柔らかな声で言った。
「男爵閣下。
ご令嬢。
そして――」
視線が、
レイに止まる。
「噂の、
教師殿」
「お会いできて光栄です」
レイは、
深く頭を下げた。
完璧な角度。
完璧な間。
監察官は、
その所作を見逃さなかった。
◇
「率直に伺いましょう」
監察官は、
書類を置く。
「今回の誘拐事件。
そして――
街の裏社会の再編」
男爵の肩が、
わずかに強張る。
「これらに、
あなたは関与していますか?」
沈黙。
レイは、
一拍置いてから答えた。
「関与しています」
即答だった。
クララが、
一瞬だけ目を見開く。
◇
「ただし」
レイは続ける。
「それは
“犯罪の指揮者”としてではなく、
“被害の収束者”としてです」
「ほう?」
「誘拐は未然に防ぎ、
犯人は生存したまま確保」
「裏社会の再編は?」
「暴力ではなく、
契約と債務によって」
机の上に、
帳簿が置かれる。
「死者は?」
「ゼロです」
監察官は、
ゆっくり息を吐いた。
「……珍しい」
◇
「では、なぜ」
監察官は、
教会側の書類を一枚、持ち上げる。
「“街の秩序を乱す危険人物”
として、あなたの名が挙がっている?」
レイは、
静かに答えた。
「秩序とは、
誰にとっての秩序でしょうか」
その瞬間。
部屋の空気が、
張りつめた。
男爵が、
息を止める。
◇
「教会の秩序は、
沈黙と祈りです」
「街の秩序は、
飢えないこと」
「貴族の秩序は、
家を守ること」
レイは、
一つずつ区切って言った。
「それらが
同時に成立しない場合――」
視線を、
監察官に向ける。
「どれを
“正義”と呼ぶかは、
あなたが決める」
◇
監察官は、
しばらく黙っていた。
やがて、
小さく笑う。
「……随分と、
重たい問いを投げますね」
「逃げるよりは、
誠実です」
「誠実すぎるのも、
罪になりますよ」
「承知しています」
◇
監察官は、
立ち上がった。
「結論は、
まだ出しません」
「――当然です」
「明日、
公開の場で話を聞きます」
その言葉に、
全員が息を呑んだ。
「街の人間。
教会。
貴族」
「すべてを集めて――
裁きましょう」
◇
夜。
屋敷の廊下。
クララが、
小さく言った。
「……逃げなかったのね」
「逃げ道は、
常に用意しています」
「でも」
「今回は、
使いません」
クララは、
ゆっくり息を吸う。
「明日、
私たち――」
「ええ」
レイは、
淡々と答えた。
「舞台に立ちます」
街が、
彼らを見る。
正義か。
異端か。
それを決めるのは、
明日だ。
誤字脱字はお許しください。




