第十一話 ――裁かれる前に、裁く準備
11話です。
鐘の音は、
祈りのためだけに鳴るわけではない。
不安を集め、
噂を整列させ、
「同じ方向」を向かせるためにも使われる。
教会の鐘が鳴るとき、
街は一つの感情を持つ。
◇
「――令嬢誘拐事件について、
本日はお話ししましょう」
司祭の声は、
穏やかで、
よく通った。
「この街で、
“よそ者”が増えています」
人々が、
無意識にうなずく。
「彼らは知恵を持ち、
言葉を持ち、
ときに善意を装います」
間。
「しかし――
秩序を壊すのも、
また彼らです」
誰かが、
息を呑む音。
「男爵家に入り込んだ、
“教師”を名乗る男」
その瞬間、
空気が固まった。
◇
隠れ家。
「始まりましたね」
レイは、
淡々と報告を聞く。
「“誘拐”と
“よそ者”を結びつける、
王道のやり方です」
「……怒ってないの?」
クララが問う。
「怒る段階は、
もう過ぎました」
レイは、
机に並べた紙を整理する。
帳簿。
証言。
数字。
「今は、
“反論できる形”に
整える段階です」
◇
「裁判になる?」
「なります」
即答。
「ただし、
普通の裁判ではありません」
「どういうこと?」
「見せしめです」
クララは、
小さく息を吐いた。
「……私が、
囮ね」
「はい」
レイは、
一瞬も迷わなかった。
「ですが、
あなたは“被害者”です」
「便利な言葉ね」
「ええ。
使えるものは、
使います」
◇
その頃、
男爵邸。
「……息子を呼び戻せ」
男爵は、
低い声で言った。
「このままでは、
家が潰れる」
奥様は、
震える指で手紙を握っている。
「でも……
あの子が戻ったら」
「裁かれる」
男爵は、
それを否定しなかった。
「だからこそだ」
沈黙。
「――守るために、
切る覚悟もいる」
その言葉は、
自分に向けたものだった。
◇
街の裏。
元・顔役は、
レイの部下に言った。
「帳簿は、
三つに分けろ」
「三つ?」
「一つは真実。
一つは“教会用”。
一つは――
貴族用だ」
「……偽造ですか?」
「編集だ」
男は、
にやりと笑う。
「都合のいい真実は、
誰にとっても
飲み込みやすい」
◇
夜。
クララは、
灯りの下で
静かに髪を梳いていた。
「……ねえ」
「何でしょう」
「もし、
私が裁判で――」
言葉が、
止まる。
レイは、
背を向けたまま言った。
「“もし”を考える時間は、
勝った後に取りましょう」
「……冷たい」
「冷静です」
クララは、
小さく笑った。
「あなた、
ほんとに嫌な人」
「光栄です」
◇
そのとき。
扉が、
乱暴に叩かれる。
「急報だ!」
若い書記が、
息を切らして飛び込んでくる。
「王都から――
監察官が来ます!」
一瞬。
部屋の空気が、
張りつめた。
「……予定より早いですね」
レイは、
ゆっくり立ち上がる。
「本気で、
潰しに来た」
クララが、
強く息を吸う。
「間に合う?」
「――間に合わせます」
レイは、
静かに言った。
「裁かれる前に、
裁く準備は整っています」
◇
鐘が、
再び鳴った。
今度は、
街全体に向けて。
誤字脱字はお許しください。




