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『俺様、御家乗っ取り記』(仮)  作者: くろめがね


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10/17

第十話 ――味方の顔をした敵と、守る順番

10話です

朝の鐘が鳴る前に、

街はもうざわついていた。


「男爵令嬢が消えた」

「婿殿が連れ去ったらしい」

「いや、攫われたのを見た者がいる」


噂は、

互いに食い合いながら膨らむ。


真実は一つでも、

物語は無数に生まれる。



男爵邸の応接間。


奥様は、

湯気の立たない茶を前に座っていた。


「……帰ってこない」


それだけを、

何度も繰り返す。


「落ち着いてください、奥様」


家令代理――

つまりレイの部下になった若い書記が言う。


「“見回り”には当たらせています」


「そんなもの……」


奥様は、

唇を噛んだ。


「レイは?」


「……消息不明です」


空気が、

冷えた。



同じ頃。


臨時の隠れ家。


「――屋敷には戻れません」


レイは、

はっきり言った。


「どうして?」


「戻った瞬間、

 “犯人”になります」


クララは、

ゆっくり息を吸う。


「……私が消えたことで?」


「はい。

 “被害者”は、

 戻ると疑われません」


「でも、あなたは?」


「私は、

 “外から来た男”です」


それ以上、

説明はいらなかった。



「じゃあ、

 どうするの?」


クララの声は、

落ち着いていた。


レイは、

少しだけ驚く。


「怖くないのですか」


「怖いわよ」


即答。


「でも……

 今は、

 考えたほうがいい気がする」


その言葉に、

レイは小さく笑った。


「……教育の成果ですね」


「嫌な成果ね」



レイは、

地図を広げる。


倉庫街。

港。

教会。

裁判所。

男爵邸。


「敵は、

 一つじゃありません」


「知ってる」


「ですが、

 優先順位は決められます」


指が、

二点を叩く。


「――教会」

「――貴族」


「どっちが、

 先?」


「世論です」


クララは、

眉をひそめた。


「そんなもの、

 見えないじゃない」


「だからこそ、

 操作されます」



そのとき。


控えめなノック。


「……入れ」


扉が開き、

見覚えのある男が現れた。


「久しぶりだな、先生」


街の顔役――

いや、

元・顔役。


「生きていましたか」


「お前のせいで、

 半分死んだ気分だ」


男は笑う。


だが、

目は笑っていない。


「取引だ」


「聞きましょう」


「教会が、

 動き出した」


クララの指が、

わずかに強張る。


「司祭が、

 “令嬢誘拐事件”として、

 説教する」


「なるほど」


「しかも――

 お前の名前付きだ」



沈黙。


クララが、

小さく言う。


「……私のせい?」


「違います」


レイは、

即答した。


「これは、

 私の仕事の結果です」


顔役が、

鼻で笑う。


「いい男だな」


「で、

 取引とは?」


「教会の裏帳簿」


レイの目が、

細くなる。


「それを、

 表に出せば?」


「説教は、

 一夜で沈む」


「代償は?」


「――俺の“居場所”だ」


顔役は、

正面から見据える。


「裏も表も、

 もう居られねぇ」



クララは、

その会話を聞きながら、

一つの事実に気づく。


(……レイは、

 人を“使う”けど、

 捨てない)


それは、

優しさか。

計算か。


両方だろう。



「条件を飲みます」


レイは言った。


「ただし、

 一つ追加します」


「何だ?」


「あなたの代わりに、

 “座る人間”を、

 こちらで決める」


顔役が、

一瞬だけ黙る。


「……好きにしろ」


「では、

 成立です」



取引が終わった後。


クララが、

ぽつりと言う。


「……あなた、

 どこまで行くつもり?」


レイは、

少し考えてから答えた。


「守るべき順番が、

 変わるまで」


「何が一番?」


「――今は、

 あなたです」


クララは、

何も言えなかった。



その頃。


教会の奥。


司祭は、

新しい説教文を書き直していた。


「沈黙は美徳――

だが、

真実は光の中にある」


書き終えた手が、

止まる。


「……面倒な男だ」


司祭は、

そう呟いた。


誤字脱字はお許しください。

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