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『俺様、御家乗っ取り記』(仮)  作者: くろめがね


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第一話 ――拾われた孤児は、家を喰う

第一話です。

その男爵家は、音がしなかった。


門はある。

壁も、庭も、屋敷も、確かに存在している。

だが、風の音も、人の足音も、どこか遠慮がちで――

まるでこの家そのものが、息を殺して生き延びているようだった。


「……ここが、男爵家です」


馬車を降りたレイは、そう告げられて初めて顔を上げた。


思ったより古い。

だが、崩れてはいない。

“まだ終わっていない家”だ。


(なるほど。

 金が尽きる前に、血を繋ぐ気になったか)


レイは、孤児だった。

拾われたのは、かつて本屋だった廃屋の裏口。

紙の匂いと、黴と、埃の中で育った。


生き延びるために、

人の言葉を読み、

顔色を読み、

嘘と沈黙の使い分けを覚えた。


善意は信用しない。

 契約だけを信じる。


それが、彼の教育だった。


「お入りください」


先導するのは、家令――

背筋の伸びた老人だ。


黒い礼服。

白手袋。

一分の隙もない動き。


(この人間、

 “表”だけの人間じゃないな)


レイは直感した。


屋敷の中は、静まり返っていた。

家具は古いが、手入れは行き届いている。

使用人は少ない。

だが、“減らされた”気配がある。


応接室に通され、

レイは立ったまま待たされた。


ほどなく、扉が開く。


現れたのは――

この家の主、男爵だった。


痩せている。

だが、目はまだ死んでいない。


「……君が、例の孤児か」


「はい」


「名は」


「レイと」


短く答える。

余計な情報は、こちらからは出さない。


男爵は椅子に腰掛け、

レイを値踏みするように眺めた。


「率直に言おう。

 この家には、後継がいない」


「存じています」


「……ほう」


一瞬、男爵の眉が動いた。


「君には、

 この家の娘――クララの伴侶になってもらいたい」


来た。


レイは、心の中で小さく笑った。


(やはり、そう来る)


「見返りとして、

 戸籍、教育、地位。

 すべてを用意する」


「条件は?」


即座に聞き返すと、

男爵はわずかに口角を上げた。


「冷静だな」


「生きるために必要です」


「……よかろう。

 条件は一つ」


男爵は、ゆっくりと言った。


「この家を、存続させろ」


それは、願いであり、命令だった。


レイは一礼した。


「承知しました、閣下」


その呼び方に、

男爵の目が一瞬だけ揺れる。


「……正式に会ってもらおう」


男爵が合図をすると、

奥の扉が開いた。


現れたのは――

この家の令嬢、クララ。


白いドレス。

年齢より幼い表情。

だが、胸元は驚くほど無防備で、

柔らかな肉の輪郭が、布越しに主張している。


(……ああ)


レイは悟った。


(この人、

 自分が“どう見られているか”を

 まるで理解していない)


クララは、

にこりと笑った。


「はじめまして。

 あなたが……わたしの?」


「はい。

 お嬢様」


その言葉に、

クララはぱちりと目を瞬かせる。


「“お嬢様”?」


「不都合でしたか」


「ううん。

 なんだか、くすぐったい」


笑うと、

胸がわずかに揺れた。


(……危険だな)


レイは内心で評価する。


この無自覚さは、

守るにせよ、

利用するにせよ、

どちらにしても厄介だ。


「奥様も、お話を」


次に入ってきたのは、

男爵夫人だった。


成熟した身体。

抑制された色香。

視線が合った瞬間、

レイは確信する。


(……この人は、全部わかっている)


夫人は、

一歩も近づかず、

ただ静かに微笑んだ。


「レイさん。

 この家に来てくれて、ありがとう」


その声は柔らかい。

だが、逃げ場がない。


(この人が、

 この家の“芯”だな)


最後に、家令が口を開いた。


「私はセバスチャン。

 この家のすべてを管理しております」


「以後、よろしくお願いします。

 セバスチャン」


老人は、

わずかに目を細めた。


(……今の呼び方。

 試したな、この子)


レイは、すでに決めていた。


この家は、

貧しい。

古い。

危うい。


だが――


奪うには、ちょうどいい。


善人になるつもりはない。

救うつもりも、最初からない。


だが、

この家を“使う”ためには、

立て直す必要がある。


レイは、

静かに頭を下げた。


「閣下。

 この家は、必ず存続させます」


「その代わり――」


視線を、

クララと、夫人と、セバスチャンに向ける。


「この家の“中身”については、

 私に任せていただきたい」


沈黙。


男爵は、

しばらく黙ったあと、

低く笑った。


「……面白い孤児だ」


こうして――

孤児は、家に迎え入れられた。


誰もまだ知らない。


この日が、

**男爵家が“喰われ始めた日”**だということを。


この作品は、習作です。

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