『星くずの月光花』
遠い昔、祖父の家には"戦災孤児"が住んでいた。
その人は第二次世界大戦の時に疎開してきて、そのまま家が無くなったと言っていた。
文句も言わずに祖父の畑仕事に従事しながら祖父の家で過ごしていたその人はいつも笑顔で優しかった。
最後まで身寄りのなかった彼はついぞ怒ったところさえ見た事もないまま亡くなってしまい、片田舎のお寺で無縁仏としてひっそりと供養された。
どこかでリィンカーネーションというものがあるのならば、その人はきっと"幸せ"になると私は思う。
それが、数年前の秋――。
特段、彼と接点が深かった訳でもない。孫のように可愛がってくれたとか、そんなことがあった訳ででもなければ、父は次男だったから家も離れていたし。
その家の長男――、つまりは私の叔父さんになる訳だが、その家の息子達を彼はひどく可愛がっていたことだけは憶えてる。
初孫は私なんだけどね。
その点については田舎ではよくある話だから、まあ別に不満に思ったことも無い。
お葬式はこっそりと行われ、ついぞ死に顔を見ることもなく冷たい土の中に骨になって納められたその人は、最後に何を思ったのだろうか。何か言いたかったのだろうか。
亡くなる少し前からアルツハイマーが進み、施設に入居したその日が"彼の死"だったのか。
はたまた、施設で穏やかに過ごしたであろう日々は最後の安息になり得たのだろうか。
彼が居なくなった後に祖父の家を訪ねた時にいつも彼が作業していた場所が取り壊されていて、代わりに新築の家が建てられ、それを見た時だけは少しだけ悲しい滲みを私の胸に落とした。
真っさらな水が入ったバケツに一滴だけ墨汁を垂らしたような、何の変化もないハズの一滴だった。
――どうしてこんな話をしているのか。
いま、私の手のひらで小さな命が消えそうなほど細く息をしている。ソイツはつるりとした黄色い目をじっとこちらに向け、深く体を上下させて私を見ていた。
職場の清掃活動を兼ねてゴミ拾いをしていたのだが、ゴミだと思った"それ"は死にかけのヤモリだったのだ。
皮膚は爛れて剥け落ち、左の後肢は折れたか脱臼したか、だらりと床に放り投げられたままだ。
迂闊な彼は人に踏まれたか、あるいは何かに轢かれたのか――おおよそ診て取るに『長くはない』と分かるくらいに重症だった。
内臓が飛び出ている訳でもなければ血まみれな訳でもなく、ただ背中の大半が剥けて後ろ足の一本が動かせないだけである。ただそれだけがその命に楔を打ち込み、哀れな彼をそっと群青の中に立たせるのである。
私は刺激を与えないようにそっと紙ですくい上げて雨風の当たらない少し高いところにヤモリを移すことにした。
静かな夜半の職場、その端でコオロギが鳴いている。夜風が少し吹き抜けると肌寒さを感じるがヤモリはとても元気だった。
ぱたぱたと身じろぎ、見た目の深刻さとは裏腹に逃げようと頑張る姿に、私は微かな淡い期待を抱いた。
家守をしていた頃を思い起こさせてくれるだけの躍動を彼は見せ、爛れてしまった生への渇望を想起するほどだ。
暴れていた彼も次第に事が分かったのか、私が見繕った場所へ自ら移動して目を細める。
その小さな体は、黒檀の中に群青を塗り込むようにして、静かに足掻いていた。
職場に響く作業車両の音が少しだけ遠くに聴こえた気がした。そこには彼の持つ群青と私が抱える真朱の激情が混ざり合う。そして、相剋する二つの色はやがて茈の花となり、花は静かに露を孕んだ。
この話は結局のところ、全部が私の主観で本当のところは何もかもが曖昧なのである。
ただ事実として、"彼ら"はもうここにはいない。
ひっそりと遠く行ってしまったもう一人の家族も、おととい偶然出逢っただけの小さな生命も私には分からないところへと行ってしまったのであろう。
とても小さな、目を凝らしても"知っていなければ分からない"ほどに僅かな血の跡を眺め、今日も彼らがどこかで生きているのだろう、と私は考える。
だって、そうだろう――。
亡くなったあの人も、ここから消え去ったヤモリも、私は見てはいないのだから。
そして、答えは"ここ"にある。
どんな花も枯れてしまえば忘れられていくものなのだから。
ハジメマシテ な コンニチハ!
高原律月です!
たかーら短編シリーズです。
たまにやりたくなるアレです((´∀`*))ヶラヶラ
それでは、また次回〜ノシ




