とある日の奇跡
例年の如く、不安定な天候に桜の儚さを感じる
4月上旬、23日のライブのセットリストも決まった。ここからはリハにも熱量を上げていく。
星夜と美縁はトレーニングも欠かさない。
紅白歌合戦に出場した際に、年齢は重ねても、パフォーマンスは常に更新していく事を信条に、2人には一切の妥協は無い。ライブ会場も
事前に確認して、イメージを膨らませる。
折角久々に地元迄来たので、今日だけ少量のお酒を飲もうと言う事になり、4人で『前のめり』に行く事にした。しかし、どうした事か何度かけても電話が繋がらない。まあとりあえず行ってみようと言う事になり、ユキちゃんの運転で、お店に向かった。今回はこのメンバーにトモちゃんが初参加した。以前からトモちゃんを我らが『前のめり』に招待したかったのだ。
道中に、美縁が最近『パラレルワールド』について引き込まれているらしく、珍しくアツい熱量で語っていた。
パラレルワールドとは、何かの決定をするたびに世界が分岐して生まれる別の世界のことを指すそうだ。
「星夜が昔、夜ごはんがカキフライだから今日はやめとくっておれ達の遊びの誘いを断った事があるでしょ?そのまま家に帰ってカキフライを食べる星夜と、やっぱりおれ達と一緒に夜ご飯を食べに行く事にした星夜の世界が、どちらも同時に存在すると言う事なんだよ!なんか凄くない?」
と言う美縁に、キミのその熱量で話されるとなんだか凄い事の様に感じると思っていたが、
星夜は、
「へ〜。」
という素っ気ない返事をしてしまった。
美縁に1番やってはいけないリアクションだった。
お店に到着した。あれっ?到着した?
星夜は違和感を感じ、美縁も同じリアクションだった。前のめりがあるはずの場所にお店は無く、ただ普通の一軒屋がある。何度も来ている店だ。間違える訳が無い。周りの景観はいつもと同じ。トモちゃんは不思議そうなリアクションだったが、他の3人は時が止まったかの様に互いの目を見て固まっている。しばらくすると星夜が、
「とりあえずこの家の人に聞いてみようか?」と言った。美縁とユキちゃんも同調した為、
星夜はドアをノックした。
「すみませーん。」
しばらくすると、中から女性が出てきた。
「どちら様でしょうか?」
と尋ねられた為、
「あのう…。ここに前のめりと言うお店があったはずなんですが。」
星夜がそう言うと、住人の女性は不思議そうな表情で、
「そんなお店はありませんよ。私達はここにもう30年以上住んでますので。この辺りにそう言ったお店は無いですが…。」
と言うのだ。一応電話番号と住所を確認したが、住所は同じだが、電話番号が違う。
「大変失礼しました。」
と丁重にお詫びを入れ、星夜は気になって仕方がない為、ついでに近隣の方に情報収集する事にした。営業マン時代の常套手段だ。
しかし、何軒の門を叩いても答えるのは皆、『そんなお店は知らない。』
と統一されていた。ベタだが、星夜と美縁はお互いのほっぺをつねってみる。地味に痛い…。夢ではない。呆然とする星夜と美縁を見てユキちゃんが、
「そう言えば大将と奥さんの2人の名前も知らなかったわね。いつこのお店を知ったかの記憶も曖昧だし…。」と呟く。
「そう言えば…。」
星夜と美縁は同時にそう言った。
「最後にあった時、なんか急に俺たちに深いメッセージをくれたよな。」
美縁の言葉に星夜も同調する。そして、ふと思い出したかの様に、1年以上前、紅白歌合戦に出場する当日に、清くんと言う30代の青年に会った事を思い出し、その話を美縁に言い忘れていた事も星夜は思い出した。
ついでにその話をすると、清くんの親友は誠と言っていた事など、大切な何かを見過ごしている気がしてきたのだ。一部始終を観察していたトモちゃんが口を開いた。
「それは正に…先程のパラレルワールドなのでは?」
静まりかえる住宅街の中で、キョトンとする4人。
「いやいやいやいや、そんなの架空の話でしょ!」
と吐き捨てる様に言った星夜に、
「あーやっぱりさっきの話、そう言うつもりで聞いてたな?」
と美縁が答える。再び静まりかえる4人。
「前のめりで出会った清さんは、別世界のまた違う時代の美縁で、星夜くんがあった清くんは清さんの若かりし頃…。つまりどちらも違う世界の美縁。そして、前のめりの夫婦は別の世界の星夜くんと優歌ちゃん…。と言う事なら辻褄が合うんじゃないの?」
ユキちゃんのその仮説に、
「よっ!さっすがやり手の女性リーダー!」
とおちゃらける星夜を見て、ため息をつく美縁。
「確かにユキちゃんが言ってる事は正しいかも知れないね。別の世界では、結局一緒に音楽を続ける事を諦めてしまった2人なのかも。」
今はエメラルドグリーンの髪色のくせに、落ち着いた声でそう話すトモちゃんの客観的な言葉に、妙に納得させられている星夜と美縁。
2人は、別世界の美縁と星夜らしき人物から言われた言葉を思い出していた。
それは確かに、『こうならないように』と言う事が前提にあるメッセージの様に考えれば、
全ての謎は繋がる。そんな時、突然美縁の驚いた声が聞こえた。
「そういえば、1番最初に前のめりに来たのは、おかあとだったのを思い出した!病気が見つかってまだ普通に体が動くうちにここに来たんだ。このお店は行きつけだから行こうって誘われて…。」
再び車内がシーンとなった。
平日の図書館の様な静けさが続いた後に、
トモちゃんが言葉をかけてくれた。
「美縁くんのお母さんの粋な計らいという事で良いんじゃないですか?アルマクの2人の為に、道標となる出会いの機会を作ってくれた。最後のギフトという事で。そう考えるのが1番素敵じゃない?そこに答えは要らないでしょ。アルマクと一緒で、見えない余白があるから想像出来る魅力があるんだよ。」
このトモちゃんの気の利いたコメントは、録音しておけば良かったと後に笑い話となるのだ。今日、ここにトモちゃんが初参加していた事にも何か不思議な縁を感じたのだった。
因みに、これをきっかけに美縁とトモちゃんはとっても仲良しに。
美縁は『パラトモ』と呼ぶ様になった。




