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忍び寄る影

店内のお客さん達も、そろそろお開きとばかりにお会計を済まし始め、気づけば閉店の時間になっていた。大将がお待たせと言わんばかりに酒とグラスを持って美緑達のところへ来た。

奥さんも店内の片付けをしながら、時折会話に入ってくる。

「いやあしかし、清久しぶりだねえ。」

大将が話に入って来た。聞くと、清さんと大将は古い付き合いだそうだ。何でも幼馴染みの様な存在で気づいたらずっと側にいたそうだ。

清さんがこのお店を開いてからも、半年に1度ぐらいのペースで遠方からこの店に来てくれたらしい。

「その半年に1度が今日なんですか??」

ユキちゃんはそう聞いて不思議そうにしていた。

「そうだよ。君たちは初めて会うよね?」

清さんがそう尋ねてきた。

「初対面でこんなに打ち解けれたんでひょっとして前世で会ってるかもしれないですよ?」

美緑が返し、場に笑いが溢れた。

「何だか清さんと美緑君は雰囲気が似てるね。」

奥さんがまた話に入って来た。

「うん、私もちょっとそう思ってた。」

とユキちゃんが言う。大将はぐびぐび酒を呑んで楽しそうにしている。そして美緑が、

「どうしたら音楽で成功できると思いますか??」

と清さんに聞いた。

「おいおい、売れなかった俺に聞くなよ!」

また皆が笑う。

「でもやっぱり音楽で食べていくには運も必要だ。歌が上手くても売れる訳じゃないし、歌が下手でも売れるのが音楽だろう。矛盾してるがそう言うものだ。まあひとつ言える事は、とにかくビビらない事だ。結局勝つのは笑われる様な奴さ。」

清さんは少し真面目にそう言った。それを聞いた美緑は、

「それはオリジナルを貫けという事ですか?」そう質問した。清さんは、

「まあ曲作りやパフォーマンスを見ても、今の時代に完全なるオリジナルなんてそうありはしないだろう。たった12音程度の中に音楽の歴史が世界中に沢山詰まっているんだから。それより大切な事は、売れなくても続ける勇気を持ち続ける事だと思う。どこかで辞めてしまった時に、自分の望む結果が出ていなければ、それが失敗となってしまう。結局はそれだけの事なのではないか。」

すっかり出来上がって上機嫌の大将が、

「おい清!今日は良い事を言うじゃないか。正にきよしこの夜だな。わっはっは!」

と豪快に笑っていた。

楽しい夜はあっという間に時が過ぎて言った。「今日はありがとうございました。」

美緑とユキちゃんが、清さんに挨拶した。

すると清さんは、

「おい兄ちゃん、音楽で売れたいって言ってたが、今歳いくつだ?」

と聞いて来た。美緑は、

「40です。」と答えた。

美緑とユキちゃんはくるっと周り、少し立ち止まっている清さんの後ろ姿を見ていた。数秒沈黙があっただろうか。再び振り返った清さんは、美緑にハグをした。

「もう、清さん飲み過ぎですよ。」

と美録が言うと、別れ際に清さんが言った。「その子を離すなよ。良い曲だと思ったらSNSにコメント入れるから。ずっと見てるぞ。じゃあ元気でな。」

そう言ってタクシーに乗り込んで行った。

「じゃあ僕達もこれで。」

美緑とユキちゃんも帰って行った。

皆を見送り、お店の中に入った大将が、

「しかし、あんなに喋る清は珍しいな。」

と言うと奥さんが、

「美緑君は清さんの息子だからじゃない?」

と呟いた。大将は、

「えー!そうなの??」

と驚いている。すると奥さんは、

「冗談よ!もうあなた飲み過ぎよ!」

と大将の背中を叩いて笑っていた。


帰りの道中で、運転をしながらユキちゃんがふと美録に話しかけた。

「そう言えば、全然大した話じゃないんだけど、前のめりのご夫婦ってなんだか星夜くん夫婦に雰囲気が似てるよね。前から思ってたけど…。」

少しハッとした様子で美縁も、

「ああなんかわかる。似てるかも。そう言えば前のめりって1番初めに行ったのいつだっけ?」と返した。

「覚えてないなぁ。いつの間にか通うようになってたけどきっかけはなんだったかな…。なんか居心地良すぎて不思議なお店だよね。」

とユキちゃんが言った。隣の美縁はうとうと眠ってしまっていた。


美緑は仕事の合間に、昨夜の事を思い出していた。美緑も割と人見知りするが、清さんとは話していてとても心地良かったのだ。それ以上に、清さんから発せられる言葉に凄く勇気づけられた気がした。

空はすっかり茜色に染まり、心地良い風が美緑の髪を揺らす。

『結局勝つのは笑われる様な奴さ』

その言葉からヒントを得て、美緑はまだ10代の頃に若さとノリで手掛けた曲を思い出していた。当時のバンドメンバー達からは反応が良くなくボツにしたが、美緑は勿論自分が良いと思って聞かせてみたのだ。少しアレンジを加えて星夜に相談してみよう。そう思った美緑は過去の音源を探し星夜と次の約束をした。


後日、どんどん庵でカツ丼を食べて、近くのカフェに来た美緑と星夜。

「ちょっとコレ聴いてみて感想聞かせて。」

美緑がそう言ってイヤホンを星夜に差し出した。美緑は落ち着かない様子でアイスコーヒーのストローをこまめに吸う。星夜は時が止まったかの様に没入している。5分程の曲を続けて3回聴いた星夜が言った。

「コレ良いじゃん!最近作ったの?」

すると美緑はホッと肩を撫で下ろし、

「コレだいぶ昔に作った曲なんだけど、バンド時代も表に出る事がなくて…。けどなんか温めていた曲なんだよね。」

と言った。星夜はまた直ぐ2回程リピートしていた。そして、

「明るい曲だね。結構色んな音を足したいね。」

楽しそうな無邪気な笑顔でそう答えた。美緑はそんな星夜の様子を見て、

「この曲の歌詞なんだけど、星夜が書いてみてくれない?」

そう伝えた。それを聞いた星夜は、

「わかった。やった事ないから良くわかんないけど歌詞を考えてみるね。」

そう答えて、また日にちを決めずその日は帰って行った。


2週間程経った頃だろうか。星夜から着信があった。

「出来たよー‼︎」

その声は、『良い感じに出来たんだ』と言いたい嬉しそうな時の星夜だと美緑は直ぐわかった。データを送ってもらい、また仕事の合間に目を通してみようと思った矢先、美緑は突然強いめまいを感じてその場に崩れ落ちた。職場の同僚に連絡してもらい、救急車で病院に運ばれた。救急車の中でも意識は取り戻していた美緑だが、右腕から指先にかけて謎の強い痺れを感じる。救急車は病院に到着し、そのまま救急センターで診療を受ける。

診察では、現状とこの数週間から数ヶ月の間に変わった事はなかったか等の質問を受け、3週間ほど前に風邪をひいた事ぐらいで他に思い当たる節が無いと美緑は答えた。痺れがどんどん強くなっている感覚がある為、このまま入院し、翌日以降に様々な検査をする事になった。


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