小さな一歩
このLIVEでは1人2曲歌うそうだ。
1曲は【vaundy】にしようと決めていた。
問題はもう1曲だ。
これは結構ギリギリまで3曲程に候補を絞り、
最終的には【スピッツ】に決めた。
3曲の中で1番歌うのが苦手な曲にした。
理由は、少しハードルを上げた目標を立てないと、ちゃんと練習しないと自分でわかっていた為だ。これは営業マン時代から学んだ事だ。
星夜は、披露する2曲を何度も何度も聴いて、歌って練習した。この練習の際に、星夜は曲をしっかり聴き込む大切さを改めて知った。歌詞を印刷し、曲を聴きながら色々と書き込んでいく。ここは語尾あげる、ここで吸う、ここで鼻を効かせる意識をして…。などなど、まずはそのアーティストが歌っている通りをしっかり把握する。どこの誰かわからない人が、トップアーティスト達の曲にオリジナリティを加えたところで聴く側には響かないだろう。
まあしかし、聴いて歌えば歌う程、プロのボーカル達の凄さを知る。
そして、LIVEの日も近づいてきた。
人前で歌う経験の無い星夜は、このLIVEで2つの経験値を積んだ。
1つは、本番の前々日に風邪をひいてしまった事。当日、体調は問題なかったが、リハーサルで2曲ともAメロサビ迄歌ってみたところ、
「ヤバい。声が出ない…。」
そう感じてしまった。折角あれだけ練習したのに、当日に良いコンディションを作り上げられなかった事は良くない事だがいい経験となった。
もう1つは、『声の届く距離感』だ。
ステージから歌っていて、1番奥にいる人に聴かせるには?山びこの『おーい』だ。
トモちゃんはこれを実践で体験させたかったのだろう。ボイトレの時に苦戦していた発声では、前の方にいるお客さんには届くが、離れた人達には届かない。この感覚が良くわかった。この日、1つだけ良かった事をあげるとすれば、脱力が出来ていた事だ。
リハーサルで声がいつもより出ない事に気づいた星夜は、力んでしまったら2曲持たない事が自分でわかっていた。
1曲目の【スピッツ】では練習の時とは少し発声を変え、ファルセットを多めに使った。
ファルセットとは裏声の事。体の力を抜き、
リラックスして歌う事で、声を温存したのだ。まあそれでも2曲目の途中には少し声が枯れているのがわかったが、なんとか最後まで歌い切る事は出来た。
『緊張しない』星夜の長所が生かされた日でもあった。
この日は、美緑とユキちゃんも見に来てくれた。この時、トモちゃんと美緑も初めて出会う事となる。
実はその昔、2人は同じ音楽の専門学校に通っていたのだ。その時は、お互いを知る事もなかったが、時を経てそんな2人が出会う事にも、『縁』というものの不思議さを感じた。歌い終わった星夜は、美緑の元へ。あえて感想は聞かなかったが、美緑は、
『何だか俺は嬉しいよ。』
そう言っていた。音楽好きの自分が、音楽をはじめた星夜を見れた事に、何だか感慨深さがあったのかもしれない。
そして、このLIVEの締めにトモちゃんが自分のユニットで曲を披露した。ボイトレの生徒だけではなく、先生達も一緒に歌うというこの会は、とても良い試みだと感じた。
打ち上げでは、参加した皆と一緒に酒を呑みながら楽しんだ。性別の違い、世代の違いのある人達が一堂に返す。沢山の刺激を貰った素敵な夜だった。
星夜と美緑は、最近また毎月の様に顔を合わせる様になった。どちらかから声をかけるという訳では無く、自然と2人で音楽ユニットを組む事になった。
美緑は近年、【矢沢永吉】を良く聴いているそうだ。邦楽ロックの重鎮とも言える存在だろう。星夜はあまり知らないので、多くは語れないが、何というか…セクシーなボーカリストだと感じる。様々な経験を重ねたからこそ醸し出せる『男の色気』というやつだ。やはり学ぶ事が多いボーカリストである事に違いない。少しジャンルは違うが、星夜も美緑も『ロック』が好きな事は一緒だ。まずは曲作りは美緑に任せて、星夜は出来上がってきたデモ曲に歌詞をのせる担当に。何曲かそうしているうちに、星夜自身も曲作りを勉強した。
この曲作りの勉強は、トモちゃんに教えてもらった。彼は元々プロを目指していた。今もその夢は諦めていないはずだ。曲作りに必要な機材はトモちゃんが全て持っている為、ボイトレの日にボイトレと曲作りを交互に習う様になった。
これまでに全く触れた事がなかった作詞も作曲も、簡単ではないがとても興味深い世界で面白い。数ヶ月かけて10曲ぐらいを完成させ、トモちゃんから紹介してもらったスタジオを利用したり、カラオケに行ったりして、歌合わせをした。お互いの個性を活かしながらプラスアルファを生み出すのはどの組み合わせか?
何度も試行錯誤し、探り探り練習していく中で、元々、音楽経験のある美緑がギターを奏でながらコーラスや、リズム感を活かしたラップ担当に、そして星夜は歌のみをメインで歌うボーカルというスタンスに落ち着いた。早速何曲かトモちゃんや友人らにも聴いてもらいアドバイスを受けながら、更に何度も何度も擦り合わせていく。そして、トモちゃん主催のLIVEに参加させて貰ったり、美緑の昔の音楽仲間を辿って幾つかのLIVEハウスで実際にオリジナル曲を披露する経験を積んだ。
反応としては、何というか『ぼちぼち』という感じだっただろうか。まあ現実はそんなものだろう…。




