息子の誕生と長女との時間
地元の支店でお世話になる事になり、久々の再会もあった。星夜がまだ入社したての頃、当時スターだった【大林さん】と同じチームで仕事をする事になった。
大林さんは、この会社の契約件数で全国トップの大先輩だ。新卒からずっと活躍し続けて気づけばもう50代後半。淡々と寡黙に営業件数をこなすタイプで、星夜はよく大林さんを『ヤクルトレディ』に例えていた。毎日のように淡々と顔を出し、ヤクルトはいかがですか?と聞いてくる。そんなにヤクルトを飲みたいわけでも好きなわけでもないのだが、毎日当たり前のように聞かれると、じゃあ今日は1本。となる事がある。
『当たり前の事をちゃんと出来る』
これは、特別な能力がある人よりも強みになると思う。星夜のチームは大林さんの活躍もあり、数字で支店に貢献していた。星夜が地元に戻って来て半年後ぐらいだっただろうか。いくつかの衝撃の社内ニュースが飛び込んできた。世田谷営業所の閉店。首都圏の営業所は2店舗を残し他は全て閉店となった。そして、当時上席としてお世話になった土橋支社長と大野ブロック長が立て続けに退職したそうだ。理由は何となくわかる。これには星夜は衝撃を受けたが、自分の運命も最初から決まっていたのかと少し腹落ちもした。
そして丁度この頃、星夜にとって嬉しい出来事もあった。第2子の息子が誕生したのだ。
この時代は、コロナの影響も残り、立ち会うことは出来なかった。退院するまで面会も出来ないという状況だった為、6日間も妻は独りで出産と戦ってくれた。妻にはただただ感謝だ。
一方の星夜は、娘と2人きりの6日間を過ごしていた。4歳の娘は急にお話好きになり、朝起きてから夜寝るまでずっと喋っている子に成長した。一緒に公園に行ってピクニックをしたのがとても楽しかったらしい。この期間に3回程公園でお昼ご飯を食べた。
『2人きり』というところがポイントで、
朝、昼、夜ご飯を食べさせ、一緒に遊び、お風呂に入り、髪を乾かす。歯磨きもして、寝かしつけもして、ゴミの処理とゴミ出しをし、洗濯し、洗濯物を干し、洗濯物を畳み…。
これが1日では無く6日間あった事で、妻の具体的に大変な事は何か?が少しわかったような気がする。4歳のまだ何も出来ない子供と過ごす為、やるべき項目は勿論多いのだが、1番大変なのは『ずっと一緒』という事だろう。
大人が、『一人で過ごせる自由な時間』
が無いというのはしんどいものだ。今回は6日間という期間限定だった為、楽しい2人生活だったが、これが毎日ずっと続くというのは間違い無く大変だと思う。ありがとう妻。
娘はいつかきっと忘れてしまうが、星夜はこの6日間の事を今でも覚えている。スペシャルな時間だったと思う。
息子の誕生もあり、しばらくは穏やかな日々が続いていたが、星夜は自分の異変に気づいていた。まずは睡眠だ。寝つきが悪く、何度も目が覚める。ベッドで眠りについても朝までずっと意識があるような状態が月に何度もあった。
次第には、以前にも感じた事があるケアレスミスや倦怠感などがあり、とにかくやる気が起こらない。そこへ追い討ちをかけたのが、職場の人間関係だ。人間関係に心を擦り減らす経験は誰にだって、どの職場にだってあるだろう。
違うもの同士で一緒に何かをする訳なので、
拗れる事があるのは仕方ない。ある程度は…。ただし、関わるべきでは無い人間は存在すると思う。社会に出たら年齢は関係ないと思うし、自分より優れた人は沢山いる。自分より遥かに若いのにバリバリ活躍している人も星夜は見てきた。しかし、ある程度の地位にいる人の中には、自分は安全なところにいて、人には負荷をかけさせる。残念ながらそういう人もどこにでも存在するはずだ。誰しも自分はかわいいものだ。それは別に問題ないと思う。
けれど、『自分さえ良ければ良い』
こういう人間が人の上に立つと、まず区別をしない。
『使えるやつ、使えないやつ』
この分別はするが、基本的に助けてもらった事に感謝は無いので、気持ちのこもっていない『ありがとうございます。』
がただ蓄積されていくだけだ。
誰が成果をあげるか等はどうでも良いのだ。
自分に何が返ってくるか、今の地位を守れるか、それだけしか頭にないのだろう。
星夜が所属した実質最後となるこの支店の最後の上司が【都築支店長】だ。
都築支店長は、社歴も長くベテランの支店長で、星夜はこの支店で初めて一緒に仕事する事になった。星夜は東京から戻り、最初にこの支店に来て1ヶ月程様子を見ていたところ、なんだか凄く『違和感』を感じていた。
数字はそれなりにやれているが、人間関係に一体感の様なものが全くない。仲が良いから数字が出来るわけでも無いし、悪いから出来ないと言うものでも無いが、兎に角皆、腹の底を見せない。星夜と同様に、支店の皆も常に周りの様子を伺っているかの様だった。
定期的に『課長会議』なるものが行われた。
これは会社が決めたスケジュールの為、やる事自体は仕方がないのだが、まあ中身が無い。
コロナ後はオンライン会議がスタンダードになったのだから、わざわざ集まるのであれば何かを解決する様な会議にすれば良いものの、時代が変わっても全く変わらないものもまだあると痛感した。この会議にも定期的に参加する様になった頃、この支店の組織は完全なトップダウンなのだと気づいた。
『違和感』の正体は、都築支店長だとわかった。支店長が話している時に、どんな表情でその話を聞いているかを見れば、距離感がよくわかる。明らかに何か不満を持っている人、不満を持ってはいるが、それを態度に出すとどんな仕打ちをされるかわからない為に黙っている人、本当は気に入らないくせに関係が良好そうに見せる人、ただ言いなりになっている人…。皆、それぞれに何かを抱えている。
最初の1年程は、星夜の課は数字もトップだった事もあり、入ってくる噂や具体的な情報を鵜呑みにする事無く無難に過ごしていた。
同時に星夜の精神状態が不安定になっていった事もあったかもしれないが、2年目からは星夜もこの支店長に『擦り減らして』しまう事になる。




