若き戦士
世田谷のメンバーも数人が変わり、新たなチームで新たな日々が始まった。根本的な問題は大きく変わらないが、星夜もこの首都圏ブロックに慣れてきた頃だった。こちらのブロックにも様々な人がいるが、その人達も星夜に慣れてきたのだろう。
川崎から世田谷に来た【今根課長】は、20代前半でこの会社に入社し、既に数本の契約をとっている。スマートで穏やかな口調だが、自分の考えもしっかり持っていて、星夜は直ぐに打ち解けた。よく色々な話をした。彼の原動力はお金だったと思う。若くして同世代よりも稼ぐ事が出来る業界だ。既に契約して完工している物件がいくつかあったので、それなりの年収があったはずだ。
実際に明細を見て、口座に振り込まれた額を見た時に、欲がある人間はまた次も!となる。
今根さんもそのタイプだ。それがわかりやすくて良いと星夜は思っていた。星夜には予感があった。世田谷営業所の初契約をとるのはおそらく彼だろうと。
年が明けた。星夜は、久しぶりに少し休む事にした。年末年始の間は家族で過ごした。
こちらにいると、休みの日に出かける場所に困らない。スニーカーや服が好きな星夜は、
よく原宿・表参道・渋谷・銀座辺りに買い物に出かけた。行きつけの店も出来たし、店員さんとも仲良くなった。
中でも1番お金を使ったのはやはり『食』だ。星夜は酒も飲むが、甘いものも好きだ。休みの日には、事前に調べた気になるお店のリストを作り、どんどん網羅していく。その時間は、自らも満たされたし、家族も喜んでくれた。本当に特別な時間だったと思う。
娘もすくすく成長し、気づけば4歳になっていた。女の子なのでよく喋る。妻も少しこちらの生活に慣れてきたようだ。この頃は休日を楽しめるようになっていた。がむしゃらに働く人間の束の間の休息というやつだ。
仕事中に懐かしい人物から連絡があった。
【岡山くん】という星夜と同じ愛知県出身の先輩だ。同じ会社にいるものの、同じ支店で働いた事が無い為、この物語での登場が遅くなった。彼はどうやら隣の関東ブロックに異動して来るようだ。久しぶりに話したが、単身赴任で来るようだ。
実はこの岡山君は、星夜がこの会社に入社するきっかけを作ってくれた人だ。某スポーツブランドで働いていた星夜は、転職の際に自分の興味ではなく、
『人から見た自分に向いていそうな事』
をやって見ようと考えていた。
星夜は周りから『営業に向いてそう』
と良く言われた。なので、その営業の世界でも最も過酷と言われる業界で、頑張っている知人に相談してみようと考えた。それが岡山君だった。
彼とはまだ20代前半の時に、同じ職場で出会い仲良くしてもらった。見た目は丸いシルエットだ。デブでは無いが少しぽっちゃりしている。でも何だかかわいい絶妙の丸さなのだ。
本当は頑固だし、全然人に興味ないくせに、
『人たらし』なところがあって、誰とでも気さくに会話が出来る。人に安心感を与えるキャラクターだ。彼とは勿論、東京でも一緒に呑んだりしてコミュニケーションをとった。同じ会社内には、なんて事ない会話が出来る人が必要だと思う。
寒さが増してきた。
2月が近くなり、底冷えがする。
星夜の地元の愛知県と比べ、夏はやや東京の方が過ごしやすいが、冬の寒さはさほど変わらない。春や秋の様に、長時間外で営業をするのは難しい。星夜が新人の頃は、雪が降ろうが終日営業していたが、もう時代が違う。
星夜は、今根課長と打ち合わせる中で、彼の顧客データの中から気になるお客様を何件かピックアップし、一緒に同行する事にした。これは星夜が愛知県で営業課長やマネージャーをしていた時代に良くしていた手法だ。派遣の町田さんと宮田さんが居てくれるおかげで、こうしてじっくり考える時間が持てる様になったのは本当に凄く大きい。
気候が良くない時は、がむしゃらさよりも1点集中だ。この日は5件、今根課長の顧客宅を一緒に訪問した。星夜の営業車に乗り、道中は今根課長とプライベートな話や好きなものの話などしながら現場に向かった。
アポをとっている訳でもないので、当然留守の家もあった。しかし、その中の1件に気になるお客様がいた。
【高島様】と言う人だ。
70代の父とご長女様夫婦が同居している。この日はお父様とたまたまお会いして少しお話が出来た。今根課長が以前に1度提案した事があった様だが、その時は自宅敷地内の建替えにて自宅併用のプランだった様だ。その時は、最後までこのお父様は首を縦に振らなかったそうだ。
高島様は、奥様を先に亡くしている。星夜がこの高島様とお会いした時に印象的だったのは、不器用ながら奥様への愛が強く残っている事。あえて聞かなかったが、おそらく奥様との思い出が詰まったこの家を壊したくなかったのだろう。星夜は何となくそう感じた。どちらかと言うと男性特有の想いではないだろうか。ただそれはとても大切な想いだ。
この高島家の家の前には駐車場がある。この駐車場も高島様の所有する土地だ。これは今根課長の顧客データを見た時に把握していた。そしてもう一つ気になっていたのは、ご長女夫婦は、家も古いので新しく自宅併用にしたかった様だが、相続税対策の事も心配していると言う事。星夜はとても軽〜く、
「この駐車場だけでプラン作って来るので、是非、聞いてください。」
とだけお父様に伝えた。お父様は、
「やらないやらない。紙の無駄使いだ。」
と言っていたが、次回の日にちを書いたカードを渡し、その面談を終えた。




