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今日はまだ終わりじゃないぜ!

作者: 梅露案山子


 ハロー皆さま!

 ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしょうか?

 こちらは大体こんな感じかな~。


 4月29日。ぼけっとしてたら終わった。

 4月30日。ぼけっとしてたら終わった。微妙に部屋を掃除した。

 5月1日。仕事。

 5月2日。仕事。

 5月3日。ぼけっとしてたら終わった。


 そして本日。5月4日。

 朝からもへぇ~っとしてた。あと3時間ほど寝てた。

 もう一度カレンダーを見る。5月4日が終わりかけている。


 えっ嘘……。俺のゴールデンウィークはいずこへ……?


 思わず例の広告みたいに両手で口をふさいでみる。

 残酷な事実はなにひとつ変わらねぇ……5月4日はあとわずかだ!


 おかしいな?


 今日は朝6時35分に起きて、なんかやるぞーっとバリバリ動く気持ちに満ち溢れていたはずなのに! 椅子に座ってPCを開いてからの時間、主に何をやっていたのかの記憶があいまいだ!


 ま、まさか、これが噂のデジタル認知症ってやつ?


 若干の焦りを感じつつDiscordを起動する。ゲームやネットのコミュニティ等と無縁の方のために説明すると、ボイスチャット、メッセージのやりとりなどが可能な交流用のソフト(今はアプリか)の一種である。


 フレンドリストをササッと眺め、ほぼ100で返信が返ってきそうな人物を発見。すなわちNEETの民である。世間ではディスられがちな彼らではあるが、オンラインの表記の間は24時間365日いつでも連絡が取れる、いざというときにはアイツがいてくれるという安心感がありがたい。


 ネトゲを遊んでいた人間からすると別に珍しくもない身近な存在。

 かくいう俺もニート状態だった時期にはイロハを教えてもらったものだ。

 たとえ現実でノージョブでも、オンラインでは主力なんだぜNEETは!


 というわけでダイレクトにチャットを投下。


『カカシ:よっすよっす、おるかー?』

『ニート:なんやねん』


 8秒で返信がやってきた。すごい。


『カカシ:ゴールデンウィークなにしてた?』

『ニート:ゴールデン……ウィーク……?』


 ま、まさかコイツ……!?


『ニート:え、嘘やろ? もう5月なん!?』


 強い! 強すぎるぞ高等遊民!

 まさかの5月に入ったことすら認識してねえ状態だァ!


 などと思っていたら音声通話が飛んできた。行動が早い!

 受諾すると、ニート氏は開口一番に叫んだ。


「おかしいだろ! こないだ年明けたばっかりやん! 返して! 僕のゴールデンウィークちゃんを返してください! 悪い子じゃないんです! 疲れたときには心配して休ませてくれるような、気遣いのできる子なんです!!」


 さすがは大阪人。

 どんなときにもボケを忘れないメンタルはあっぱれだ。

 俺は背筋を伸ばすと申告そうに伝えた。


「お客様、大変申し上げにくいのですが……」

「なんや」

「ゴールデンウィークちゃんは余命2日です」

「ふざけんなァァァ!」


 しょうもない寸劇を終えたところでお互いの近況を語り始める。最近の俺は仕事、睡眠、仕事、睡眠――エンドレスでこんな感じだった。ニート氏は自宅の駐車場に住み着こうとしているネコとバトっていたら、なんと餌付けしている犯人がオカンだったらしい。


 ふたりで大きなため息をついた。年々、歳月の流れる速度が加速している。早い、あまりにも早すぎるのだ。感覚的にはまだ2022年ぐらいのはずなのに、すでに2025年の3分の1が終わっている。


 こないだ25歳になったはずなのに。

 今は、今はもう……。ニート氏もあと数年で無職氏にランクアップだ。


 そこでフッと違和感に気づく。


「へい、最近ゲームやった?」

「……してへんな」

「今期、いや前期でもいいけど、アニメとか見た?」

「……何が放送してたかすらわからへん」


 そう。俺たちはオタク。2009年には複数の仲間でVCボイスチャットを繋ぎ、大騒ぎしながらアイマスSPを攻略していたオタク。まどか☆マギカの展開予想で激論を交わし、艦これのイベント難易度:甲を発狂しながら突破し、毎日のように「にゃんぱす」しながら今期アニメの視聴報告や来期アニメのおすすめを紹介し合っていたはずの、オタク……だったはず。


 感覚的には今もまだオタク。


 しかしここ最近、まともに新規コンテンツへ触れていない。理由はいろいろあるけれど、時間が止まっているように感じるのはこれのせいでもあるのか……?


 遠い目でわが身を振り返っていると、ニート氏が何かに気づいた。


「お、ブラック(仮名)おるやん。1回ちょっと切るで」

「え? アポなしで声かけてもいいのかな――」


 質問を言い切る前に通話が途切れる。

 と、思った瞬間にはグループDMが飛んでくる。


 早い、操作が早い!


「おう、お前ら……久しぶり。つか、どうした?」


 久々に聴いたブラック氏の声はびっくりするほど死んでいた。

 この世のすべてに不幸を願うような疲労と絶望が滲み出ている。


「いやな、今カカシと話しとったんやけど、ゴールデンウィークなにしてた?」

「仕事」

「し、しごと。それってつまり、ワーキング?」


 思わず吹き出してしまう。

 なんでそこだけ発音がやたらいいんだよ!

 ブラック氏は喉の底から絞り出すように言った。


「仕事、仕事、仕事仕事仕事――ぜんぶ仕事だよォォォ!」

「ちなみに今日は?」

「仕事だよォォォ!」


 わりとクール寄りなはずのブラック氏はキャラ崩壊していた。


「さっき帰ってきてェ、シャワーしてぇ、明日も仕事だよォォォ! なんなのぉ? 死ぬのぉ? 心がお〇ん〇んなのォォォ!?」

「あかん。このブラック、中国製や。何もしてないのに壊れた」


 最近の中国製をなめんなよ! あんま爆発とかしねーんだぞ!

 はるか昔には日本製こそが安かろう悪かろうの代名詞で、段々と品質を――。


「で、どうすんだよ。通話に出ちゃったけど」

「おおん? なんか予定とかあったん?」


 ブラック氏は少し考えてから小さくつぶやいた。


「いや、ないな」

「仕事じゃなくて休みだったら?」

「それでもないかな。嫁と子供がいるわけでもないし」

「ちなみに、最近ゲームとかアニメとか触れてる?」

「……全然。まったくといっていいほど」

「俺らもついにオタ卒かぁー」


 なんとなく始まった通話を切るでもなく。家事やら掃除を挟みながら、しょうもない雑談を続けてみる。思えば昔はいつだってこうだった。何がなくともとりあえず通話に集合して、MMOやら対人ゲームをやって、飽きたら飯でも食べながら駄弁って、ダラダラと無駄な時間を何時間も、何日も、何か月も垂れ流すのだ。


 あれがどれだけ貴重な日々だったのか。失って、初めてわかる大切さ。

 我々も、初めて出会ったころと比較してみれば倍ぐらいの年齢だ。


 そういやなろう小説を紹介してくれたのはブラック氏だったな。

 精神のポルノとか呼ばれつつも、当時はなんだかんだ楽しんでいた。


 ちょうど内密さん、このすば、無職転生、盾の勇者がリアルタイムで連載中で。

 劣等生、ダンまち、ラピスの心臓みたいなカッチョいい作品もいっぱいあって。


 これは2008年のPIXIVなんかもだけど、皆が気軽な参加者って感じで、何をやっても自由で、俺の考えた最強の作品を恥ずかしげもなくバンバン投稿して、毎日が発展の日々で……。


 かつて異世界小説を読み漁り、アニメを熱く語っていた若者たちは。

 目的もなく流し見したショート動画について語るおっさん予備軍になっている。


 世間で流行りのゆっくり解説を見たって、本来の霊夢はわりと魔理沙へ教える側のキャラクターだという事実を気にする人などいない。むしろ東方のキャラだと知ってる人すら貴重かもしれない。職場には、ゆっくり霊夢、ゆっくり魔理沙が正式名だと思っている子もいた。


 あれから僕たちは何かを信じてこれたかなぁ(古の呪文)。

 この(迫真)構文ですら流行したのは10年以上前だ。


 なんかオシャレな曲がいっぱいある。何ひとつ知らない。聞いたこともない。

 Zの子たちは普通にいろんなアーティスト名をポンポン出している。

 片やゆとりの俺たちは、10年以上前の電波ソングや東方ヴォーカルアレンジだ。

 Z世代からするとガールズ&パンツァーは〝だいぶ古い〟アニメらしい。


 もうダメだよぉ、ティックトックとかおじさん分かんねぇよぉ……!


 しょうもない昔語りで時間をドブに捨てていると、ニート氏がまた叫んだ。


「おい、大事件や!」

「あーはいはい」


 彼のいう事件はほとんどが大したことない。


「ほんまやって! ほらこれ。5月6日まで、CLANNADが全話無料公開やっとるぞ!」

『な、なんだってーーー!?』


 ほんとに大事件だった。


 クラナドは人生、という格言がある。実を言えば俺はクラナドを視聴したことがないものの、視聴済みの人たちがこぞって「ガルパンはいいぞ。」みたい語るものだから、その影響力のすさまじさは認識していた。


「…………見ようぜ」


 ニート氏が爆弾を投下する。すぐには返答ができなかった。生活リズムを崩せば7日からの仕事に響くし、この年で、男3人、アニメを一気見するだなんて。


「いや、でも、この時間だしなぁ」

「終わるの2時とか3時だろ? 明日、仕事なんだけど」

「バカ野郎! 今日をゴミみたいな日のまま終わらせていいのかよ!」


 ニート氏が俺らの煮え切らない不平、消極的な拒否をぶった切る。


「お前らいつからそうなっちまった? 気づけ、そして思いだせ!」

「なにを」

「1日は24時間あるってことを!」


 彼はあらんかぎりの声で叫んだ。


「5日なのか!? まだ5月4日だろうがよ! 勝手にゲームセットした気になってんじゃねえ! 30分ありゃアニメが見れる。1時間ありゃゲームができる。2時間あったら外国語の勉強でも、本を買って読書でもなんでもできる!」


「……ッ!」


「俺らが使わないだけで――――今日はまだ終わってないぜ!」


 その叫びは、人生がゆっくり腐りかけているダメ人間たちの心に響いた。

 響いてしまった。


「…………カカシ。見る?」

「やっちゃう? やっちゃうのか? マジで?」

「マジもクソもやるしかねーだろ! お前らァ、いくぞッ!」

「チッ。しゃーねーな。コンビニ行ってくるわ……!」

「ビールは禁止な! 眠くなるから! 俺は風呂はいってくる!」

「OK.それじゃあ21時に集合な!」


 こうして俺たち3人は。

 今から、というか、少し後からアニメを見ることになったのだ。


 ブラック氏はなんだかんだで付き合いがいい。

 年々ヤバくなっていくハイパーブラックに9年も務めているし。


 俺はまあ、明日、明後日と休みだしどうにかなる。


 目下最大の心配事はただひとつ。

 好きなときに食べて寝る言い出しっぺが飽きて眠らないか、ということだけだ。



 ゴールデンウィークもすでに終盤。残りの余命はほぼ2日。

 そんな夜からこんばんは。

 皆さんはどうお過ごしですか? これからどう過ごす予定ですか?


 俺は今からアニメを見てくる(マジ話)。明日には死屍累々だと思う。

 まあいいさ。なんにせよ忘れないでほしいことがある。


 ――どんなにダメな1日だとしても、今日はまだ、終わりじゃないんだぜ?


 変わる世の中、代り映えのない人生には、変わらない友人こそが役に立つ。

 ありがとうNEETたち。心の復元ポイントたちよ。


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― 新着の感想 ―
「俺らが使わないだけで――――今日はまだ終わってないぜ!」 これは名言だ。
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