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その9



     9



 弾を「見て」いられなくなってきている。


 光の列が、目の前に迫る。身体が反射的に横に動いた次の瞬間、腹のすぐ近くを恐ろしい勢いで光弾が通過する。と、反対側から別の光弾の列が飛んできて、また逆方向に身体が動く。


 このままでは相手に接近ができない。弾幕の密度が高いし、接近できたとして果たしてスペルカードを発動できるかどうか。


 いっそ、相手の攻撃を避けずに当たってしまった方がいいのか? 


 だが、身体はもうほとんど勝手に動いていた。まるで、『死にたくない』と叫んでいるかのように。


 壊れてしまうかもしれない……。


 ルール上では殺し合いではないはずだが、私の場合、魂の器であるこの人形が破壊されればそこで終わりになる気がする。


 とにかく、このままでは駄目だ。


 力は、溜まり過ぎるほどに溜まっている。身体の中で、暴れまわっている。


 きっかけが欲しい。


 この溜まったモノを開けるカギになるものは、ないのか。


 朦朧とした意識の中、何か聞こえたような気がした。


『?』


 同時に、音を立てて手の中に飛び込んできたものがあった。


 瞬間、頭の芯を言葉が閃光のように突き抜ける。


『蓬莱人形』


 胸がはじけ飛ぶような感覚。四肢の先へ炎のように熱の塊が拡がる。


 周りの空気が唸りをあげ、身体全体が激しくゆさぶられる。その振動に同期するように、前方に流れるような赤と青の光弾の列が噴き出ていった。


 さらに白色の光弾の群れが続けざまに撃ち出される。その中で、赤と青の光弾はまるで一対の蛇のようにうねり、回転しながら繰り返し相手に向かって攻撃を加え続けていった。


 ひどく他人事のような『遠い』感じだった。自分がやっている事だという気がしない。


 慧音さんは懸命に弾の群れを回避しようとしていた。


 だが、ついに白弾の一つに接触し、そのあとたて続けに赤と青の光弾の列に衝突した。


 姿勢が崩れ、短い叫び声が聞こえたよう気がした。


 彼女の身体はそのまま力を失ったように地面へ向かって降下してゆく。


『…………』


 私の内側にあった異様な圧迫感が急激に下がり、それと同時に意識が薄くなってきた。


 まずい。


 このままだと私も落ちてしまう……。


 と、そのとき、耳元で声がした。


「お疲れさん。もうくたくたなんだろ?」


『誰だ……?』


「誰でもいいだろ。もう全部終わったんだしね」


 声の主はそう言うと、私の身体を抱き寄せた。


「いいから、そのままお休み。あとはわたしらにまかせな」


『……済まない』



     ☆★



 気がつくと、私は広い和室に敷かれた蒲団に寝ていた。人形の身には分不相応の、人間一人分の蒲団だ。


 周囲は薄暗い。まだ夜ではないようだが、障子越しに入ってくる光はくすんだ色を帯びていて、弱い。


 と、穏やかな足音が近づいてきて障子が開き、銀髪の背の高い女性が現れた。赤と藍の二色で上下左右を塗り分けた独特の服を着けている。よく見ると看護婦さんの服のように思えないこともない。


「気がついたのね。ちょうど良かったわ、膏薬を貼り替えようと思っていたから」


 枕元に膝を折って座る。


『あの、此処は……』


「永遠亭と呼ばれている家よ。わたし自身はあまりこの呼び名は好きじゃないんだけどね。あ、動かなくて大丈夫よ」


 彼女は私を手で制すると、掛け布団をはいで私の身体を抱き上げ、自分の膝の上に置いた。


「気分はどう? 正直、人形の身体を診るというのは初めてだったんだけど、必要な措置はだいたい見当がついたから勝手にやらせてもらったの」


『ええ、大丈夫です。さっきは全身が焼けているようだったんですが……いまはおさまっている感じです』


「それは良かったわ。まあ、人に喩えるなら消化不良というところね。身体に力が溜まり過ぎて、吸収することも出すこともできなくなっていたのよ。だから、それを外に出すための薬を貼ったの」


 見ると、私の両腕両脚すべてに包帯が巻きつけられていた。


『私はチビ霊夢と言いますが、先生のお名前を伺ってもよろしいですか?』


「わたしは八意永琳という者よ。この永遠亭の主、蓬莱山輝夜の従者でもあるわ」


『…………』


 その容貌、とくに切れ長の美しい瞳とくっきりとした細い眉には聡明さとともに意志の強さが滲み出ている。紫さんとはまた違った風格を感じさせる人だった。


「それにしてもあなたの身体、かなり凝った仕掛けになっているわね。相当な知識と技術がないとこんな仕組みは作れないでしょう。ただ、残念ながら実用性というところでは少し問題があったわね。力を吸収するなら、対象をきちんと選べるようにしておかないと」


『それは……?』


 永琳先生は口元に笑みを浮かべる。


「要は、力の吸い込みをあなた自身が意識できるような仕組みになっていた方が良かったのよ。たぶん、慣れてくれば制御できると考えたんでしょうし、それは必ずしも間違いではないんだけど、設計としては親切だとは言えない」


『なるほど』


「とりあえず応急の処置として、力の伝導路をあなたの左手の人差し指に延長しておいたわ。指先は敏感で意識しやすい部位だから、そこに位置を変えることで制御がしやすくなると思う。どう、いま分かる?」


 言われて意識してみると、確かに左の指にかすかな『流れ』のようなものが感じられた。


『分かります。指先から腕の中に通っていく感じが』


「それは意識すれば感じ取れる、ぐらいのかすかなものだと思うけど、自分の意思に沿って制御したいときにはきっと役に立つはずよ」


 腕と脚に貼られた膏薬を手際よく替えながら彼女は言う。


「まあ、あとはその仕組みを設計した人に改良してもらうのね。たぶん見れば本人は分かるわ」


『本当に……いろいろとありがとうございます』


「これが生業だから。と言ってもまだこんなことを始めてからたいした時間も経っていないけど、そこそこ役に立っているなら幸いね」


 包帯の巻きつけ直しがすべて終わると、私の身体はふたたび寝床に戻され、布団を掛けられた。


「余計な力が出て行ってしまえば、元通りになるわ。あとで神社に使いを出して、巫女さんに迎えに来てもらいましょう。それから念のために言っておくけれど、診察代は今回は無料よ。勝手に連れてきて勝手に処置をしたんだしね。わたし自身もあなたのような特殊な患者を診ることでいろいろと得るところがあったから、それで相殺ということ。それじゃあ、お大事に」


 そう言うと、彼女はこちらに何か言おうとする間も与えまいという感じで、すばやく身をひるがえして障子を開閉して部屋から出て行ってしまった。


『…………』


 私はしばらくの間ぼんやりと障子を見ていたが、気を取り直して状況を頭の中で整理することにした。とにかく、考えなければならいことが多過ぎる。


その10につづく

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