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その8



     8



「ん……いまなんか音がしなかった?」


 人里に置き薬売りの巡回で来ていた鈴仙・優曇華院・イナバは頭の上に立つ兎型の耳をぴくりと動かして言った。


「音なんてそこらじゅうでしてるじゃん」


 荷物持ちでついてきていた因幡てゐはめんどくさそうに答える。実際、里の中心近くはそれなりに人通りもあるのであちこちから人の話し声もするし、職人が作業をしている音なども聞こえる。


「そうじゃなくて。あれは普通の音じゃない……ちょっと行ってみましょう」


 気配を察して側から離れようとしていたてゐの腕をつかまえると、鈴仙はひきずるようにして歩き出した。


「なんだよ、そんなのほっとけばいいじゃないか。どうせ馬鹿な妖怪かなんかが暴れてるんだろ。そのうち、例の牛のバケモンあたりが片づけに行くよ」


「いいから来なさい。里で何か気になることがあったらちゃんと調べて報告するようにってお師匠様にいつも言われてるでしょう」


「まったくクソ真面目なんだから……」


 ぶつぶつ言いながらてゐは仕方がないという顔つきでついてゆく。


「あっ、ちょっと見て。何か光ったわよ。あれ、弾幕じゃないの」


 鈴仙が上空を指差す。


「えっ、マジ?」


 昼間から人里の近くでスペルカード戦が行われるというのは尋常ではない。できるだけそのような事態は避けるよう、暗黙の了解が成立しているはずだからだ。


「こりゃ面白そうだ。鈴仙、わたしちょっと先に行ってみてくるわ」


 てゐは持っていた荷物を放り出し、弾幕が輝いている方角に向って一直線に駆けていく。元が兎だけにその速さは尋常ではない。


「あっ、待ちなさい、てゐ!」



     **********



 やはり、こんなことで戦いを始めたのは失敗だった。今さらだったが、気の短そうな人だから案外と与しやすい相手かもしれない……そう考えたのが間違いだった。思い上がりもいいところだ。


 弾幕の密度が高い。上下左右まんべんなく飛んでくる。どこから撃ち出しているのかさえ分からない。軌道はほぼ読めているし、追尾型の弾はないので回避できているが、気を抜くとすぐにやられてしまいそうだ。


 しかも、こちらは反撃ができる状態にない。霊夢の霊気を吹き込んでもらったときに感じた、身体の芯が研ぎ澄まされているようなあの感覚はない。むしろ、内側からなにかが膨れ上がってきて、噴き出てきそうな苦しさがある。だが、それをどう『出せ』ばいいのかが分からない。


 動ける空間が広く、弾を回避する際の位置的な制限がないので、その点では楽だ。ただ、相手に逆方向に回り込まれてしまうと、結局はお互いの位置が入れ替わるだけなので、あまり意味がない。むしろ動きがパターン化して、相手につけこまれてしまう。


 どうやら今の状態では自分で意識的にスペルカードを発動できないようだ。ただ、さっきから何かが『出そう』な感じはある。何かきっかけがないと駄目なのか……。



     **********



「何してんだろう、あいつ……ねえ?」


 川沿いの道端に立ち、腕組みをして上空を眺めていたてゐは傍らの鈴仙に向かって言う。


「……何が?」


 現場に着いたばかりの鈴仙はてゐの放り出した荷物まで一緒に持ってきたせいで、息を切らしていた。


 てゐはそんなことは頓着なく、上空の弾幕戦の様子を見つめながら首をかしげつつ言う。


「あの例の人形さ。こないだ神社の宴会で観てたときと同じで、スペルは発動しないで相手の弾を避けてばっかりなんだけど、なんだかおかしいんだよね。前は弾避けしながら相手に近づいて行ってたのに、今回はそんな感じじゃないんだ。あれじゃ決着つかないと思うんだけど」


「それだけ押されてるってことじゃないの? それにしても、弾数がやけに多いわ。あのハクタクも大人げないっていうか……あんな小さい相手にかなり本気でやってるみたいね」


「どうも原因はアレみたいだよ」


 てゐは上空を見上げたまま、親指を立てて背後に向ける。


 鈴仙が後ろを振り返ると、古い廃屋が見え、その軒先の日陰になっている場所に藤原妹紅が横になっていた。目を閉じたまま、ぴくりとも動かない。


「なっ、何あれ……」


「われらがご主人様の天敵だよ」


「それは見れば分かるけど、どういうこと? 誰かにのされた……まさか、あの人形に?」


「そう考えれば一番簡単だけど。でも、ちょっとそれはないと思うんだよね。あの死にぞこない娘がそんなチョロい奴じゃないってことは、あんただって知ってるだろ?」


「それはまあ……っていうか、妹紅様に対してそういう言い方やめなさいよ」


「だいたい、あのチビはけっこう誰に対しても愛想が良かったじゃないか、まあこのあいだの宴会は『お披露目』だったんだから、当然といえば当然なんだけどさ」


 てゐは鈴仙の言葉は無視してそのまま話を続ける。


「わたしになんか最初は『てゐさん』とか言ってたんだよ。そんな『さん』づけなんか気持ち悪いよって言ったら、なんだかすごく目上の人のような気がしたからって。あんなこと面と向かって言われたのはここに来て以来初めてだよ」


「そんなことより……いいの、妹紅様をあのままほっておいて」


「わたしらが介抱する義理はないだろ。だいたい不死人なんだし、どうってことないさ。身体が粉々になったって元通りになるんだから」


「それはそうだけど……」


 鈴仙はおそるおそるといった感じで妹紅の近くに歩み寄ってゆき、そばにしゃがみこんで様子をうかがってみた。


 見た限りでは身体にはなにも異常はなく、かすり傷ひとつ見当たらない。それに、かすかだが胸が動いており、呼吸も安定しているようだった。


「寝てるだけ……?」


 と、腰のあたりで何かがぴくりと動くのが眼にとまった。


「え……なに?」


 ふたたび、ぴくぴくと震えるような動き。どうもズボンのポケットの中でなにかが動いているようだった。


「なんなの……」


 そっとポケットの近くに触れてみると、突然さらにばたばたという動きが起きた。


「えっ、何、やっ……!」


「何ぶつぶつ言ってんだよ、鈴仙」


 てゐは振り向いたその瞬間、驚くべき現象を目の当たりにすることになった。鈴仙が身を引いた拍子に引っ張ってしまったポケットの、その内側から細長い札のようなものがすごい勢いで空中に飛び出していったのだ。


「えっ……!」


 あわててその行方を視線で追うと、それは弾幕戦の真っ最中の上空へと向かってゆく。


「まさか……あれ、スペルカード? 鈴仙?」


 鈴仙は眼を大きく見開いたまま震えていた。


「なんだよ、どうしたの?」


「ほんの一瞬だけど、視えたの……すごい力の線……それに沿って飛んでいった……」


「何言ってんだか分かんないよ!」


 が、同時にぞくっという悪寒がてゐの背筋に走った。



その9につづく

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