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その4



     4



 夜も更けた頃、私と霊夢はレミィに挨拶をして紅魔館をあとにした。


 試しに自力で飛行してみたら、初めのうちは多少不安定だったものの、そのうち力の加減が分かってきてしっかりとした軌道が保てるようになった。


『とりあえず、前に較べるとかなり楽になったような気はするよ。背負っていた荷物が軽くなったような、そんな感じだ』


「ふうん……まあ、それはそれで良かったけど」


 横に並んで飛んでいる霊夢の横顔は、月の光に照らされているものの、表情が見えにくい。


『……なあ、霊夢』


「何」


『これはあくまでも念のためというか、万が一に備えてやったことなんだ』


「分かってるわよ、そんなこと。この先、どういうことが起きるか知れないし」


『だから、前よりも少しばかりその……力を得たからって、軽はずみな行動はしないつもりだ』


「アリスの言ったことを気にしてるの? わたしはあなたがそんな愚かな人だとは思っていないわよ」


『そうか……』


 なんだか自分の言葉で自分を縛ってしまっているような気もする。しかし、霊夢が今回の件をどう思っているかを測るには致し方ない。


「ただ、これからやろうとしていることぐらいは前もって聞かせて欲しいわね。幻想郷にはまだ、あなたが知らないことが沢山あるんだから」


『そうだな』


 まあ、あまり焦ってはいけない。ただ、方針ぐらいは説明しておく必要はあるだろう。


『……実は、ひとつ調べておきたいことがあるんだ。この私の身体……霊夢にそっくりな人形を、誰がどこで手に入れたかをね」


「え? それならレミリアに……」


 と言いかけて、霊夢はああ、という顔をした。


「そうか、訊いたのね」


『うん。でもレミィには預かった本人からは口止めされていると言われた』


「へえ……なにか訳ありなのかな。でも、逆に考えればその答えも手がかりにはなるわね。レミリアに口止めさせるぐらいの知り合いなんて、そうはいないだろうし」


『そうなんだ。そのあたりは彼女も意識した上で言っていた節がある』


「また面白がってるんでしょうね、きっと」


 霊夢は苦笑を浮かべた。


 ただ、私はすこし不思議だった。どうやら霊夢は私という魂とこの人形の関係は自明なもの、つまりもともと何らかの関わりがあると思っているようだ。そこらへんの『縁』のような感覚は私とは違うのかもしれない。


 森を超えて神社の近くまで来たとき、霊夢が「あれ?」と声を出した。


『どうした』


「母屋に明かりが灯いてる」


 見ると、たしかに母屋の縁側から前庭に向かって光が洩れていた。


『お客さんか』


「まあ、こんな夜更けに勝手に上がり込むようなのはろくな客じゃあないという気はするわね。めんどくさいなあ……」


 霊夢はぶつぶつ言いつつも神社の境内に向かって下りてゆく。


「いちおうわたしの後ろにいなさい」


『分かった』


 私は霊夢の背後に回り、同じ速度で降下して行った。


 拝殿の前に降り立つと、霊夢は用心深い足取りで母屋へと向かった。私は霊夢の背中に貼付くような形で移動する。


 と、霊夢が急に歩みを止めて、溜め息をついた。


「……なんだ、あんたたちか」


「あら、ずいぶんな言い方」


 私が霊夢の肩からそっと顔をのぞかせると、縁側には二人の人物が座っていた。


 夜中だというのに日傘を手にした洋装の婦人。そして、九本の金色の尾を背中に輝かせ、尖った耳の形がそのままの奇妙な帽子をかぶった異国風の扮装の女性。


「お久しぶりね、チビちゃん」


 八雲紫さんはにっこりと微笑み、小さく手を振る。


 私は縁側に降り立って、お辞儀をした。


『どうも……今晩は。藍さんも』


 紫さんの式神である藍さんは口元に小さく笑みを浮かべ、私にうなずき返す。


「二人そろってここに顔出すなんて、ただ事じゃない感じねえ。何かめんどうなことでもあったの?」


「いいえ、何も。ちなみに藍がいるのは、ひとりで待ってるのも退屈だったから、すこし相手をしてもらうためにね」


 見ると、縁側には明かりの他に、陶製の瓶と杯、それに肴を乗せた皿がいくつか置かれていた。


「人の家に上がり込んで酒盛りとはいい度胸ね」


「ついでに台所と道具も借りた」


 藍さんは霊夢に白い陶製の杯を差し出す。


「むろん、材料はこちらで用意したが。酒もな」


「…………」


 差し出された杯を霊夢は黙って受け取り、紫さんと藍さんの間に腰を降ろした。すると、藍さんが丁寧な手つきで霊夢の持つ杯に瓶から酒を注ぐ。


「チビちゃんはここにいらっしゃいな」


 紫さんが自分の膝をぽんと叩く。


『はあ……いや、あの』


 霊夢の顔を見る私に、紫さんはくすりと笑う。


「もしかしてわたしの悪い評判をいろいろ聞いてしまったのかしら」


『いや、そういうわけでは』


 すると杯を干した霊夢がすこし無愛想な口調で言う。


「だいじょうぶよ。紫も今更つまらないことをするつもりはないでしょ。それに、今回の件をある程度分かった上でここに来てるんでしょうからね」


「あら、なんでそう思うの?」


「あれだけ屋外でいろいろ派手にやってたわけだし……ま、それに勤勉な式神さんもいることだし」


 霊夢が付け加えた一言には藍さんはかすかに笑みを浮かべたが、何も言わなかった。


「まあね。でも、わたしは魔法使いさん二人組がチビちゃんに何をして、その結果何がどうなったかなんてことはあんまり気にはしてないのよね」


 紫さんは縁側のへりから私を抱き上げると、自分の眼の高さまで差し上げた。


「あの吸血鬼のお嬢さんがいったい何を考えてるのか、とかもね」


「なら、いいじゃないの」


「ただ、あなたたち二人の関係がどう変わるかがちょっと気になるわ」


 紫さんは私の身体をすとんと自分の膝の上に降ろした。


「わたしとしては、当面あなたたちには『安定』していて欲しいから」


『安定……ですか』


「ええ。とても大事なことよ」


 すると霊夢はふん、というような顔をした。


「わざわざあんたにそんなこと心配してもらうまでもないわ」


「……まあ、そう言うとは思ったけど」


 紫さんは薄く苦笑を浮かべる。


「とりあえず聞いた話では、チビちゃんが動くための力は自分で補給できるようになったということだから、その点ではかなり身軽な立場になったのは確かなようね」


 いったいどこからどう聞いたのか分からないが、その内容と認識がかなり精確だという点が恐ろしい。


『そう身軽というわけではないですよ。まだ周りのこともよく知らないですし、どういう眼で見られているかも分からない』


「それに、あなた自身の知り合いがまだ少ないものね」


「はあ?」


 霊夢が不審そうな表情で紫さんを見る。


「どういう意味、それ?」


「少なくとも、霊夢の紹介無しに知り合った人はほとんどいないでしょう」


 まあ、言われてみれば確かにそうだ。霊夢とともに行動していれば、知り合いは確かに増えるが、それはあくまでも霊夢との関係の延長でしかない。


「それは、わたしから見ればどうってことがなくても、チビにしてみれば『知り合い』になるには面倒過ぎる相手ばかりだからよ。もちろん、あんたもその一人だけど」


「あら、本当に? こんなバァさんの相手は面倒くさい?」


 紫さんは私の頭に指先を当てて撫でる。


『……面倒ではありませんが、緊張します』


「そう? でもあの吸血鬼だって、場合によってはかなり恐ろしいわよ? きっとあの見かけで得をしてるのね」


『こういう喩えは変かも知れませんが、レミィには霊夢と少し似た匂いを感じます』


「なっ……」


 霊夢は私をびっくりしたような顔で見る。


「何よそれ。聞き捨てならないわね」


『だから喩えだよ、あくまでも』


「つまり、わたしにはその二人に共通するものはないというわけ?」


 紫さんは少し真面目な顔つきになって訊く。


『ないというか……色合いが違うというか』


 するとそれまで黙っていた藍さんがぽつりと言った。


「むしろ自分の方に近い、ということかな?」


『!』


 藍さんの目つきは穏やかだったが、うかつな返しかたはできない感じでもあった。


 紫さんはにやりとした。


「なるほど、面白いわね。その発想はなかったわ」


 藍さんは微笑んで軽く会釈を返す。


「……なによ、なんだかさっきからわけのわからない話をしてるわね」


 霊夢が不満そうな顔で言う。


「さて、それじゃそろそろおいとましましょうか」


 紫さんは私を抱き上げ、霊夢の膝の上にすとんと置いて縁側から立った。


「へ? 帰るの?」


「ちょっとおふたりさんの顔が見たかっただけだから。藍」


「はい」


 藍さんもうなずいて立ち上がった。


「……?」


 霊夢は首をかしげて二人を見つめる。


「神社からの月も堪能したしね。まあ、あなたがたもせっかくだからこの宵待ち月をすこし楽しむといいわ。それじゃあ、また」


 そう言うと、紫さんは例によって空間に切れ目を開き、そこへするりと身体を滑り込ませるようにして姿を消した。


 一方、藍さんは空中に浮かび、軽く片手を振ったかと思うとあっという間に上空へと去って行った。


 霊夢は少しぼんやりとした顔つきで彼らが消えたあとの空間を眺めていたが、やがてふん、と鼻を鳴らす。


「相変わらず何を考えてんだか腹の底が知れないヤツね」


『心配してくれてるんだよ、霊夢のことを』


「わたしには何かあなたに釘を刺しにきた、みたいに思えたけど」


 要点だけは直感で理解してるところが霊夢らしい。


『まあ、はたから見れば私がわけの分からない存在であることは確かだよ。その分、多少警戒されるのも無理はない』


「わけの分からなさで言ったら、幻想郷にはあなたどころじゃないのがゴロゴロしてるわよ。紫はもちろん、このわたしも含めてね」


『…………』


 そういう風に見てくれるのも、霊夢だからこそだ。だが、紫さんの立場ではそうもいかないのだろう。


 しかし、彼女のその立場を私がなんとなく感じ取っているというのも妙な話ではある。ま、そもそも私自身、私というものが分かっていないのだが。



その5につづく

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