その25
25
数日後、私と霊夢はふたたび紅魔館にいた。すでに陽は落ちていて、二階にある部屋のひとつを控え室として提供された私たちは、着替えを終えて出番を待っていた。
中庭には相当の数の妖怪たちが訪れているようで、窓から覗いてみた限りでは、百鬼夜行とまでは言わないまでも、まともな人間なら近寄りたくないような雰囲気が醸し出されていた。
「ところで、わたしには教えてくれてもいいでしょう? どうしてわざわざ自分から、幽香と勝負するって言い出したの?」
霊夢が膝の上で私の服の襟を整えながら言う。
『それはまあ、例の魔理沙の話を思い出したからさ。わたしが妹紅の指導を受けたことで、周りの妖怪たちがいろいろと噂をしているっていう』
「ああ、あれね……でも、幽香と勝負をするとそれがどうにかなるの?」
『きちんと自分の眼で確かめてもらった方が、どの程度のやつかはっきりするだろう。すくなくとも余計な想像をいろいろとしなくてすむ。恐怖っていうのはたいてい自分で作るものだ。それはヒトも妖怪も変わらないんだろうからな』
「……相変わらずいろいろと考えてるのね。でも、これで派手に幽香とやりあって勝ちでもしたら、それこそますます怖がられることになるんじゃないの?」
『だろうね。逆に、幽香さんが勝てば、私がさほどのものじゃないという安心感が彼らの間に生まれる。それはそれでいいと思うんだ。すくなくとも、私が妖怪を退治しまくるなんて噂は消えてくれるだろう。ただ、こちらとしても負けるつもりで戦うわけじゃないがね』
「勝負は全力でやるというわけ?」
『もちろん。だから勝負の行方は幽香さんの考え次第というところかな』
幽香さんが全力を出してきたら間違いなく勝てない。それはあの魔理沙との戦いからも分かる。だからこそ幽香さんとしてはそこまでの激しい戦い方は避けるはずだ。だが、私が勝ってしまったら、さすがに幽香さんの誇りが傷つくだろう。となれば、ギリギリの勝負で勝つ、もしくはあえて勝ちを『譲ってみせる』という形を選ぶに違いない。
『まあ、勝負そのものより、こういう場に出て自分をさらけ出すというのが大事だと思うんだ。言葉であれこれ言うよりも、その方が分かりやすいだろう』
「そうね。それはそうかもしれない」
霊夢はそう言うと、私の頭に手を乗せた。
「この間、結界にはまりこんでたとき、何が起こっていたのか全然思い出せないけど……ただ、とても穏やかな気分だったような気がするの。そのままの自分をさらけだしていて、でも安心していられるような」
『……そうか』
「きっと、あそこにあなたも一緒にいたんじゃないかなって気がする」
『そうかもしれないな』
わたしも、あのときのことは思い出せない。だが、アリスの言葉を借りるなら、同じ中心をもつ重なった輪として一緒にいたのかもしれない。
と、扉の向こうから声がした。
「すいません、ちょっとお邪魔してもいいでしょうか」
霊夢が我に返ったような顔になり、勢い良く立ち上がった。おかげで私はあやうく椅子から転げ落ちそうになった。
「あっ、ごめん……ええと、ちょっと待って」
あたふたと移動して、霊夢が扉を開けると、そこには意外な人たちが立っていた。
「お久しぶりね」「こんばんは」
永琳先生と、輝夜だった。
「いろいろと迷惑をかけたのに、挨拶もなしで悪かったから……今回はお礼も兼ねて参上したわ」
先生はいつもの落ち着いた口調で言う。
「この間のことだったら、お互い様だし、お礼なんて。まあどうぞ」
霊夢は二人に椅子を勧め、向かい合う形で腰を下ろした。私はふたたびその膝の上に乗る。
「ありがとう。実はお礼かたがた、ひとつチビさんに謝らなきゃならないことがあってね」
『なんでしょう?』
「ここの主にあなたを預けたのは、実はわたしなのよ」
『!』
「それって、レミリアが人形を譲ってもらったっていう知り合い、のこと?」
霊夢はさほど驚いた様子もない。
「ええ、そうだけど……もしかして、分かっていたの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……この人形をレミリアから預かったとき、なんかちょっと薬臭いなって思ったのよ。そのときはあんまり気にしなかったんで、忘れてたのよね」
なるほど、薬の匂いか。私には嗅覚というものがないから気付かなかった。
「以前にあの無縁塚で姫様と妹紅が戦ったとき、わたしが現場に着いたのは何もかも終わったあとだったのよ。あなたの器のその人形はそのとき見つけたんだけど、わたしが持っていると誤解を招きそうだと思って、ここの主に押し付けてしまったの。出所を明かさないと約束してもらってね。このあとにまさかこういうことになるとは……名乗り出たからといって意味があるとも思えなかったし、下手に勘ぐられるのも困るし」
「なるほどね……でも、何かと気にしてはいたみたいね」
「姫様がうるさかったのよ。いろいろと探りを入れた形になってしまって悪かったけど」
永琳先生が苦笑する。すると輝夜がぼそりと言う。
「妹紅が神社に通いつめているっていうから、なんなのかと思っただけよ」
「まあ、そういうわけだから、これ以上余計なことはもうしないわ。ただ、暇があったら永遠亭にもまた顔を出してくれる? 『共通の知り合い』もいるわけだしね」
『分かりました。そのうちにうかがわせていただきます』
二人が部屋を出て行くと、入れ替わるように魔理沙が入って来た。
「そろそろ出番だぜ。準備はいいか?」
『ああ。だいじょうぶだ』
「なんだか、妙に頼もしくなってきたな。調子に乗って怪我するなよ?」
『ありがとう。気をつけるよ』
すると魔理沙がすこし奇妙な表情になった。
「あんまりそういう素直な返事をするなよ。調子が狂うぜ」
『……魔理沙?』
「なんでもない、さあ行こう。霊夢、チビを」
「ええ」
霊夢が私を抱き上げた。
部屋を出て魔理沙とともに一階に降り、正面玄関から前庭に出ると、どよめきが周りから響いてきた。
以前の神社でのお披露目とは較べ物にならない数の人々、まあ大部分は妖怪だが、彼らが私たちを見ていた。その中には妹紅や永遠亭の面々をはじめ、これまでに知り合った連中もいた。
そして、正面には、彼らに囲まれるような形で幽香さんが立っていた。
「こんな騒ぎに付き合うのは、今日限りにさせてもらうわ」
『そうですか。それなら、悔いが残らないようにしないといけませんね』
私は霊夢の腕から離れた。
『それじゃ、ちょっと行ってくる』
「ええ。行ってらっしゃい」
私と幽香さんはお互いのスペルカードの枚数が同じことを確かめてから、向かい合った。周りを囲んでいた見物人たちが、緊張を感じ取ったのか徐々に離れてゆく。
「いつ始めてもいいわ」
『ええ』
眼を閉じて心を鎮め、自分の中にきっかけが訪れるのを待った。
そして……。
私たちはほぼ同時に上空に飛び上がった。
**********
夜空を背景に、二つの影が動き回り、いくつもの線条が閃き、光弾の群れが飛び交う。
一回り小さな影は、素早い動きを交えながら相手に接近しては光弾を放つ。そのたびに空気を切り裂ような音と、低い振動のような音が響く。
一方の影は、相手との距離を保とうとするように動きながら線条を断続的に放ち、時に連射する。
そんな上空の戦いを仰ぎ見ながら、妖怪たちは楽しそうに騒いでいる。
騒ぎの中心から少し離れた場所で、吸血鬼の少女は戦いが繰り広げられている夜空を見上げながら誰かに呼びかけているかのように言う。
「今回はいろいろと大変だったようね」
すると、何も無いはずの空間から女性の声が答える。
「……なんだ、おどかしてやろうかと思ったのに」
「吸血鬼の能力を舐めてもらっては困るわ。それにしても、人形という呪物が境界そのものになるなんて思わなかったわね」
すると空間が返事をする。よくよく見ると、そこには奇妙な裂け目が開いている。
「巫女と同じ性質を持っているものだと考えればいいのよ。ただ、こちら側にきたあの魂は、相当に強い願いを持っていたんでしょうね。だからこそ境界を超えることができた」
「でも、それが何かは本人は忘れてしまっている……いつか思い出すかしら? 思い出したら、何が起こるかしら?」
「問題はそこね。わたしとしては、霊夢をやっかいな事に巻き込んで欲しくないんだけど」
「でも、そういうやっかい事を呼び寄せるからこそ、あの子は博麗の巫女なんじゃない?」
「……まあね」
「先のことまで考えすぎるのはどうかと思うわよ。まあ、あんたのやることに邪魔だてはしないけどね」
「それを聞いて安心したわ。じゃあ、また」
「勝負の決着ぐらい見ていけば?」
「本当の意味での勝負は、もうついてるわよ。あれはただのお祭りでしょ」
かすかな笑い声とともに、裂け目は閉じた。
「ふん、それぐらいわたしにだって分かってるわ」
レミリアはかすかに鼻を鳴らしてつぶやく。
と、上空から特徴のある衝撃音が聞こえた。
**********
激しい衝撃で、体が揺すぶられる。
至近距離からの光弾の列をよけそこなった。
ほとんど気力は残っていなかった。空中に留まることも難しい。
意識が遠のきかける。と、誰かが近づいてくる気配がした。
「やれやれ、とりあえずこれで終わりよね?」
幽香さん?
あ……駄目だ!
そこで私に触れては……。
「えっ……」
一気に意識が戻る。と同時に、私を抱いている幽香さんの体が落ち始めた。
まずい。
わたしは懸命に幽香さんの体を支えるが、そうするとますます幽香さんは力を失ってしまう。幽香さんの力を吸い込んでしまっているのだから当然だ。だからといって、流れ込んでくる力を押し戻すこともできない。
地面が近づいてくる直前に、下から何かが受けとめてくれるような感触があった。
「ちょっと……何やってるの、あなたたち」
レミィの顔が見えた……。
☆★
気づいたときには、私は紅魔館の一室の椅子の上に横たわっていた。近くのソファには幽香さんも寝ていた。意識はあるようだったが、ぐったりとしていた。
そして、私たちは勝負の判定結果をレミィから聞かされた。
『引き分け……?』
「ええ。そう見なさざるを得ないわよ。だって、二人同時に気絶したまま落ちてきたんだから」
レミィは愉快そうに笑いながら言う。
「もういいわよ、それで。わたしが勝手に空中でチビさんを抱きとったのが悪いんだから」
ソファの上で幽香さんは横になったままの姿勢で片手を振る。
『でも、そのままだと落ちると思ったからでしょう?』
「まあそうだけど。それにしても、妹紅が精気を吸われたっていう意味がやっと分かったわ。まさに身をもって知ることになったわね」
笑うに笑えない。まあ、もともと笑えないが。
「いいじゃない。とりあえずパーティーを彩るものとしては十分役目を果たしてくれたし、わたしとしては二人の戦いぶりをおおいに讃えたいわ。お客たちも十分に楽しんでくれたしね」
レミィは満足そうな表情だった。
「ところで、その場合賭けはどうなるんだ? 罰ゲームはチャラになるのか?」
と魔理沙。
「何もしないんじゃ、ちょっとつまらないわね」
アリスが恐ろしいことを言う。
「じゃあこうしましょう」
霊夢が軽い口調で提案した。
「わたしとチビと幽香が三人ともメイドになって、神社でお茶をみんなに振舞うの。紅葉を眺めながらお茶を一服というのも、なかなか風流でいいと思うわよ」
「素晴らしいわ、霊夢」
レミィはにっこりと笑う。
「それじゃ、わたしはぜひとも一番乗りを果たさせてもらうわね」
またあのメイド服を着ることになるのか……。
ちょっと憂鬱だったが、にこやかな霊夢の顔を見ていると、まあこういう締めくくりも悪くはないかもしれないな、と思った。
その26(最終話)につづく




