その23
23
『…………』
周りを見回すと、霊夢と妹紅、それに幽香さんが横たわっていた。
三人とも見た感じでは無事のようだ。
そうだ、魔理沙はどうなったんだ?
立ち上がろうとしたが、足がふらついてしまう。と、声がした。
「無理しなさんな。もう、すっからかんだろう」
振向くと、赤い髪の女性が笑顔を浮かべながら立っていた。和洋折衷という感じの独特の服を来ているが、なによりも手にしている大鎌が特徴的だった。
『あなたは……?』
「死神だよ。といっても、別にあんたを迎えに来たとかそういうんじゃないよ。あたしはこの幻想郷の三途の川で渡し守をしている小野塚小町っていうんだ。ひとこと挨拶しとかなきゃと思ってね」
彼女は私のそばに歩み寄ってくると、膝を折って抱き上げてくれた。
「先に言っておくけど、白黒の魔法使いも向こうで地べたに転がってるが、ちゃんと生きてるよ」
『そうか、ありがとう』
良かった。とりあえずこれで安心だ。
「たいしたもんだよ、あんたも。力任せとはいえ、あの二人を引き離した上に気絶させちまうんだから……ま、そのあとのことも見越した上でのことなんだろうけどね」
『見ていらしたんですか?』
「ああ……悪いね。ちょっと立場上、手を出しづらくってね。死神が現世の住人と関わるのは仕事がからむときだけって決まりなんだよ。でも、あたいはときどきその決まりを破っちまうほうなんだけどね」
その口調には、どこか聞き覚えがあるような気がした。
『もしや、前にもここでお会いしてませんか?』
「おや、思い出してくれたかい? そうさ、あんたがここに『入って』来たときにわたしは会ってるよ。あのときは、不死人二人が戦ってて、その憎しみの心に惹き寄せられて瘴気の渦ができた。その力で結界に穴が開いたちょうどそのときに、あんたの魂はその人形と一緒に向こう側から入ってきたのさ。そうしたら瘴気ごと不死人たちは結界の穴に引き込まれそうになって、結局、一緒くたに取り憑かれた状態になっちまったんだ。あたいはたまたま見回りに来てて、そのまま放っとくわけにもいかなかったから、この鎌で二人の体ごと中身を吹き飛ばして散り散りにしちまったのさ。おそらくそのときあんたの魂も人形から飛び出しちまったんだね」
そういうことか。断片的ではあるが、そのときの状況が蘇ってくる。確かにあのとき妹紅も、あのお姫様もいたようだ。
「まあ今回は、あんたと巫女のおかげでここらへんに溜まってた霊たちの怨念は鎮められた。礼を言うよ」
『いや、私は何もしていないと思いますが……霊夢には伝えておきます』
「だけど、巫女が力を出せたのも、あんたがいたからだとわたしは思うよ。まあ、それはそれとして、そこの花の妖怪にもちょっと言付けを頼みたいんだよね。いいかい?」
『……ええ、かまいませんが』
「言付けは、こうだ。“あの魂はわたしも四季様も関われない”」
シキサマ、というのが誰のことかは分からなかった。ただ、あの魂、が何を指しているかは明らかだ。
『分かりました』
「それじゃあ、あたいはこれで失礼するよ。縁があったら、また会おうね」
死神とはとても思えない気さくな身振りで言うと、彼女は去っていった。
『霊夢、起きてくれ』
私は霊夢の顔のそばに寄り、頬をぽんぽんと軽く叩いてみた。だが、起きない。仕方が無いので両手で頭をゆさゆさと揺すると、ようやく反応があった。
「うーん……何よ、ひとがせっかく……ん?」
『せっかく、何だ?』
「チビ、どうして? いや、あれ?」
起き上がり、周りを見回す。少しの間状況が分からなかったようだが、もう一度私の顔を見て言った。
「全部片付いたの?」
『何も憶えていないのか?』
「あなたが上から突っ込んでいって、魔理沙と幽香を吹き飛ばして、雑霊たちを引き寄せる中心になって結界に入り込んだところまでしか憶えてないわ。引き寄せた連中は消えたの?」
『うん、消えたというか……まあ成仏してくれた、という感じじゃないのかな。霊夢が彼らを導いてくれたんだと思うが』
うっすらと、夢の中のような薄い記憶だが、彼らが「帰っていった」というような印象が残っている。
「そうなの? 魔理沙と幽香は?」
「生きてるぜー」
薄闇の中から声がして、よれよれになった魔理沙が姿を現す。
「いったい何なんだ? いきりなり吹き飛ばされたと思ったら……もうこんなに暗くなっちまって」
魔理沙は腰を降ろして、そのまま仰向けになってしまった。
すると今度は幽香さんが起き上がる。
「なによ、うるさいわねえ……もう」
と、二人の声に反応したのか、妹紅の体も動いた。
『大丈夫か、妹紅』
「ああ。なんだ、体はそのままなのか……」
立ち上がって、服のほこりを払う。
「お前さんの体から瘴気を吸えるだけ吸って、体ごと壊してもらうという算段だったが、どうも違う形になったようだな」
それに応えるように、霊夢が言う。
「そこの小さいヤツが言うには、わたしが祓い清めて成仏させてあげたらしいわよ」
妹紅は一瞬、考えるような顔をしたが、すぐに表情をゆるめた。
「なるほどな。まあ、みんな無事で良かったが……輝夜はどうしたんだ」
「てゐがいないから、たぶん永遠亭に連れて帰ったんでしょう、大丈夫よ。とりあえず、どこかで休みましょう。ここには長居は無用だわ」
霊夢が言うと、魔理沙もうなずく。
「そうだな、もうくたくただ。紅魔館に行こうぜ。ここからならそんなに距離はない」
「そうね。ま、人数は多いけど事情を話せばむげにはしないと思うわ。チビも口添えしてよ」
『分かったよ』
きっとあのお嬢様は話を聞きたがるだろうが、仕方がない。
私たちは足を引きずりながら、闇の色に沈んでゆく無縁塚を後にしたのだった。
その24につづく