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その22



     22



(帰りたい)(帰りたい)(帰りたかった)(こんなはずじゃなかった)(帰る)(帰るんだ)


 そうだな。こんなところに、ずっと居たいわけがない。自分に何が起きたのかもわからずに死んでしまった人もいるのだろう。帰りたかったんだな。その想いがずっと溜まっていた。想いだけが、残っている。それを受け止めてくれる場所がなかっただけだ。誰も悪くはない。


 私も想いを受けとめて欲しかった。だが、その相手はただ一人しかいなかった。だから、私はここに来た。それで何がどうなる、というものでもない。結局は、自分を救うためのものでしかない……。


『いいんじゃない、それで』


 そうか。


『でも、あなたの想いって何? 何を受けとめて欲しかったの?』


 あの子がそこに在る、ということを知って欲しかった。


 私だけじゃ、ダメなんだ。それじゃ、辛すぎる。


『その誰かが辛いってこと?』


 辛いのは……私自身なんだ。


 私だけが知っているんじゃ、耐えられないんだ。


 だから……。


『だから?』


 分かってもらえるはずの人に、会いに来た。


『それがわたしなの?』


 わたし? わたしって誰だ。


 わたしはわたしよ。


 私はわたし?


 そう。わたしは私なのよ。



     ***********



「霊夢!」


 突然、がくんと身体が落ちそうになった霊夢を紫があわてて支える。


「どうした?」


 妹紅が問いかける。


「気を失ってるわ。というか……魂抜けしてしまったみたい」


「魂抜け? チビの中にか?」


「たぶんね……」


 紫が困惑気味に答える。


「それはまずい。下手をすれば今度は霊夢の身体が『器』だと見なされるぞ」


「そのようね」


 紫の手が薄桃色に輝き、霊夢の身体をかばうようにかざされる。


「妖怪の出す結界ってこういう連中にはあんまり効かないのよね……うら若き乙女の巫女だと効果抜群なのだけれど」


「あんた、境界を操る妖怪だろう。空間を切り開いて雑霊どもを吸い込めないのか」


「八雲紫よ」


 たしなめるように言ってから、紫は答える。


「空間を切り開いたところで、その穴自身には吸い込む力はないの。形のない雑霊どもは穴を避けてしまうわ。それにここで下手にそんなことをしたら、それこそ結界が壊れかねないでしょう」


「まあ、そうだろうな」


 妹紅はかすかに鼻を鳴らす。


「だが、どっちにしろいつまでもこのままではいられない。そろそろ最後の仕上げをしなきゃならないようだ。その手伝いをしてもらいたい」


「何をすればいいの?」


「なあに、簡単だ。境界の力を使って、わたしの身体を破壊してもらえばいいのさ。粉々になるぐらいで構わない」


「……!」


 紫は片眉を上げる。


「依代を使った悪霊退治の類は何度かやったことがある。場合によっては、こういう荒っぽいやり方を使うこともあった」


「どんな状態からでも再生するとは聞いているけれど……本当にいいの?」


「ああ。これから一気にチビの身体に溜まった雑霊どもをわたしの中に吸い上げる。おそらく限界までくるとわたしの身体も自分の意思では操れなくなる。そうなる前に好きな方法で破壊してくれ」


「他の場所に移動すればいいような気もするけど?」


「わたしの身体に取り憑いているモノの量が半端じゃない。送られた先で出くわした奴に迷惑をかける」


「どちらにしても霊夢の身体を支えながらというのはちょっと難しいわね……あら?」


 二人の目の前に風見幽香が姿を現した。前髪がぐしゃぐしゃに乱れている。


「とりあえず何が起きてるのか分からないけど、手伝うことがあるなら聞くわよ」


「じゃあ悪いけど、霊夢の面倒をみてやって。どうやら魂抜けしてチビちゃんの中に入っちゃったらしいの。二人を引き離さないようにして、このまま……」


 そのとき、何かが割れるような鋭い音がした。


 同時に周りからどっと瘴気の群れが押し寄せてきた。


「ごぁっ!」


 妹紅の喉が異様な音を出す。その顔は死人のような黒々とした色に変わってきていた。


「……どうしたの?」


 紫は霊夢の体をかばうように抱え直す。


 すると、今度は輝夜が姿を表した。


「馬鹿ね、結界が破れたのよ。霊夢があらかじめ瘴気が集まりにくいように張っておいた結界が破れたの。それより妹紅がもうもたないわ」


 輝夜は妹紅の体を背後から抱えるようにして、チビ霊夢の体をつかんでいる妹紅の手に自分の手を添えた。


「やめ……ろ……」


 妹紅の搾り出すような声に、輝夜は苦笑いを浮かべる。


「わたしも記憶を失ったのよ。だとしたら、理由はこういうことだと思うわ。同じようなことが起きたんだとするならね」


「……!」


「わたしはあなたのように呪術の類は使えないけど、同じ不死人だわ。生命の泉を抱える者は生命を求める者共を惹きつける」


 輝夜の手がみるみるうちに変色してゆく。


「だから、彼らをこの身に吸い込むことぐらいはできる。さあ、一気に……え?」


 ぐい、とチビを中心に寄り集まっている一同の体が動く。


 幽香もとっさにチビ霊夢の体をつかむが、裂け目に向かおうとする力は強烈で、止まりそうにない。


「引き込まれるわよ!」


 幽香が叫ぶ。


「壊せ……わたしを!」


 妹紅が必死の形相で叫ぶ。


「……早く!」


 違う、と紫は思った。妹紅の言う方法では根本的な解決にならないかもしれない。だからこそ、同じことがもう一度起きてしまったのだとも考えられる。


 そこでふと、誰かに呼ばれている気がした。その声は、抱えている霊夢の体から感じられた。


 紫はチビ霊夢の腕を握っている霊夢の手に自らの手を重ねた。


(放して)


「え……」


(彼らを放してあげて。そうすれば、大丈夫)


 その声は、霊夢の声のようでもあり、チビ霊夢の声のようでもあった。


(彼らには帰るべき所があるから)


 紫は決断し、妹紅と輝夜に向かって言った。


「すぐに、終わります」


 短い衝撃音が二つ続き、彼らの体を白い光が包んだ。



     **********



 光の中で誰かの声が、ずっと流れ続けている。歌だろうか?


 掛け声みたいなものよ。


 そうなのか。ところで、ここはどこなんだ。


 世の境目。そして、わたしたちそのものよ。


 わたしたち……。


 そう。ひとつになっている、わたしたち。ここでは、両方が視える。だから、すべての想いが果たされてゆくの。ほら、あの人たちは帰るべき場所を視ている。だから想いも果たされて、帰ってゆくの。


 わたしたちは、繋いでいるんだな。


 ええ。わたしたちが繋がることで、彼らの通り道になっているの。ほら、視えるでしょう?



     **********



 空中に浮かび白い光を放ち続ける霊夢に向かって瘴気は四方の空間から勢いよく流れ込み続けた。その傍らに浮かぶ妹紅と輝夜の体からも瘴気が吸い出され、変色していた肌の色も見る間に元通りになってゆく。


 霊夢はチビ霊夢を抱き、眼を閉じたまま、ゆっくりと語りかけるような調子で詠唱していた。


「……此く宣らば天津神は天の磐戸を押披きて天の八重雲を伊頭の千別に千別て聞食さむ國津神は高山の末低山の末に登り坐て高山の伊褒理低山の伊褒理を掻き別けて聞食さむ……」


「これは……?」


「中臣大祓詞ね」


 幽香の問いに、紫は薄く笑みを浮かべる。


「ほとんど寝言のようなものでしょうけれど、たぶん彼らを鎮めるための『精神』を維持するにはちょうどいいのね」


「雑霊たちは『向こう側』に出て行ってるの?」


「巫女に鎮められて、穏やかに天地に溶けていっているのよ。あくまでも境界の上でね。だから、『向こう側』への影響はないわ」


「霊夢のもつ巫女としての力……?」


「おそらく、霊夢だけの力ではないと思うけれどね」


 紫は軽く息を吐く。


「ちょっと困ったことになったわ。わたしたち、また余計なことをしてしまったのかもしれない」


「…………」


「ま、周りから文句がでることはないでしょうけれど」


 光が次第に薄くなってきた。それとともに、浮いていた霊夢たちの体はゆっくりと降下し、やがて彼岸花を押し広げるようにして地面へと横たわった。


 紫と幽香も降り立つ。


「……終わったようね。それでは、わたしは退散します」


「待って、八雲紫」


 幽香は空間に切れ目を入れようとした紫に呼びかける。


「この二人、このままにしておいていいの? これからも、また厄介なことが起きるんじゃない?」


「……言いたいことは分かります。でもね、下手にいじるともっと面倒なことが起きそうな気がするのよ。だから、いまは黙って見守っておくしかないんじゃないかと思っているの」


「…………」


「ところで、そこのウサギさん」


 並び咲く彼岸花の一部が驚いたように揺れる。


「あなたの師匠によろしくね。いちおうお姫様を傷つけはしなかったから、そこのところはきちんと言っておいて」


 返事はなかったが、紫は特に気にした様子もなく、幽香に軽く会釈をすると空間の隙間へと姿を消した。


「やれやれ……」


 幽香は霊夢たちのそばに座りこみ、疲れ切ったように身を横たえた。



その23につづく

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