その21
21
霊夢の言う通り、あれだけ激しく戦っている二人の間に割り込むのは本人たちにも危険が及ぶだろう。かといって、このまま放置していたのでは、いずれどちらかが大きな打撃を受けるのは目に見えている。だが、あれだけ激しく動き回っている二人に同時に精密に弾を当てるのは難しい。
どうにかして、二人を同時に引き離して、戦いを再開させないようにさせることはできないだろうか。
それとも、二人に惹きつけられているあの瘴気の流れを何とかすべきだろうか。別の、何か身代わりになるものを……。
身代わり?
『そうか!』
「どうしたの、チビ?」
霊夢が緊張した声を出す。
『ちょっとしたことを思いついた』
「……なにをするつもり?」
『前に、辛い思いをしている相手を救いたいっていうのは、見ていて辛いと感じる自分を救いたいからだって話をしたよな。それはまったくその通りだと思うよ。だからこれは』
私は霊夢の肩から離れ、空中に浮いた。
「あ」
『自分自身のためにやるんだ』
「ちょっと、待ちなさい!」
あごを引き、風圧に備える。
「まち……」
霊夢の声は最後までは聞こえなかった。空気の震える音と共に地面が一気に遠ざかり、低い山と森に囲まれた無縁塚の赤い領域がはっきりと見えた。
上昇を止めて、自由落下状態になる。
ふたたび身体が振動を始め、正面から赤黒く拡がる地面がゆっくりと迫ってくる。
それを背景に、重なり合いながら明滅する光。その中で影が二つ、動き回っている。
なるほど……あれは空ではなく花の色だったのか?
ふたたび二箇所から輝線が生まれ、交差する。
同時に、影が離れる。
ここだ。
身体全体が震え、周りの空気が唸りをあげる。そして地面が一気に近づく。
ほんの一瞬、霊夢の叫び声が聞こえたような気がした。
たぶん、この場で無くなりは しないだろう
そんな きが
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矢のような速度で降下してきたチビ霊夢が輝線の交差する空間に突入すると同時に、耳を打つような金属音とともに空間そのものが激しく揺れるような衝撃が訪れた。
「ぐあっ!」「うお!」
魔理沙と幽香の身体は同時に反対方向に吹き飛ばされ、乱雑な回転をさせられた挙句、それぞれ彼岸花の海の下へと叩き込まれた。
反射的に防御の結界を張った霊夢は膝を折ったものの、かろうじてその場にふみとどまった。
「何なの、いったい」
頭を振りながら立ち上がる。
と、背中にぞくっとするような悪寒が走った。ただならない気配が拡がっている。
顔を上げる。
「……!」
空中に、虚ろな点が現れていた。まるで盲点のようにそこだけ何も視えない。だが、その点に向かって地面から湧き出ているどんよりとした気配が渦巻くように流れ込んでゆく。
「チビ? どこにいるの?」
霊夢はチビ霊夢が落下したと思われる地点に走り寄り、彼岸花の茎をかき分けるようにして近辺を探したが、その姿はどこにも見当たらなかった。
「チビ! 返事をして!」
「落ち着きなさい、霊夢」
背後からの声に振り向くと、そこには八雲紫が立っていた。
「チビちゃんは、あそこにいるわ」
紫は空中を指差す。
「結界にちょっとした傷口が開いているのよ。ちょうどそこと重なっている……というか、チビちゃん自身がその傷口の中心になってしまっているから、見えなくなってしまっているけど」
「……どういうことよ?」
「チビちゃんの『器』が、この無縁塚に溜まっていた者たちを吸い込んでいるのよ。さっきの霊力の放出で、魂は眠ってしまっている。だから、『器』の中身は空っぽなわけ。しかも、巫女という魂の器をかたどったヒトガタだから、二重の意味で惹きつけられる」
「じゃあ、そんな連中は祓ってやれば済むことだわ」
「待ちなさい。彼はおそらくこうなることをある程度予想していたのよ」
「だけど、このまま放っておくわけにはいかないでしょ!」
「もちろん。でも、この先にどうすべきかを知っているのは、霊夢でもわたしでもない。そうでしょう?」
紫は背後に近づいてきた人物を振り返って言った。
「ああ。たぶんその通りだ」
銀色の髪の少女はうなずいた。
「妹紅……」
霊夢は眼を見開く。
「輝夜とはどうしたの?」
「いつまでたっても何も起きないから、いったん中座したんだよ。そうしたら、さっきの衝撃波が来たからな」
見ると、妹紅の近くには輝夜とてゐもいた。ただ、紫を警戒しているのか、すこし距離をおいてこちらを見ている。
「もしかして、何か思い出した?」
霊夢の問いに、妹紅は首を振る。
「いや。ただ、もし過去の自分が今の『あれ』を見たら何をしたか、というのは見当がつく。そして、その結果何が起きたのかもな。だが、とりあえず説明は後回しだ。あそこからチビを救け出す。そのためには霊夢の助けも要る」
「いいわ、何でも言って」
「それと、できたらあんたにも助けて欲しい」
妹紅は紫に向かって言う。
「あら、わたし?」
紫は意外そうな顔をする。
「ああ。万が一、結界が破れたりしたら困るんだろう。立ち会っててもらった方がいい。それに、どうしてももう一人、人手がいるんだよ」
すると、輝夜が不満そうな顔をする。
「いちおう、わたしもいるんですけれども」
「お前は見物していたほうがいい。たぶん、前回もそうだったはずだ。わたしの記憶よりもお前の記憶のほうが失われていない理由はそこらへんにあると思う。それに、月の人間が穢れにじかに触れるようなことはやめておいたほうがいいだろう?」
最後の一言が自分に向けられていると気づいたらしく、てゐはうなずいた。
「そうだね」
「それじゃ、行こう」
妹紅、霊夢、紫は空中に飛び上がり、瘴気が渦巻くように吸い込まれている『点』の前に移動した。
妹紅は『点』に向かって腕を無造作に押し込んだ。するとみるみるうちに肘のあたりまでが何者かに喰われているかのようにかき消えてゆく。
「ちょっと……」
「いや、だいじょうぶだ」
霊夢の触れようとする手を妹紅は押しとどめる。
「少し待っていてくれ。もうすぐ、チビの姿が視えてくるはずだ」
妹紅の言う通り、やがてチビ霊夢とその腰をつかんでいる妹紅の腕の輪郭がうっすらと現れてきた。
「おそらく、結界に影響を及ぼしているのは、『結界を超えたい』という意思の力だ。ここには、外界から来て客死した連中の想念が残っているというから、帰りたいという意思が溜まっているのかもしれない」
「その意思をチビちゃんが惹き寄せている……集中すると結界が破れるかもしれないということね」
紫の言葉に、妹紅がうなずく。
「二人とも察しがついていると思うが、人形は魂の器であると同時にあちら側とこちら側の架け橋となる空白という意味では『境界』そのものだ。つまり、チビのこの器自体が結界を開く『門』になってしまう。だから、とりあえずわたしは門に殺到している連中を力づくで吸い出す」
「わたしはなにをすれば?」
霊夢の問いに、妹紅は静かに答える。
「チビの魂を支えてほしい。チビはあえてすべての力を放出して眠ってしまったが、このままだと身体に満ちている雑霊たちに魂が侵されてしまう。幸い、この腕輪の宝石が霊気の出入り口として使えるようだ。しかも雑霊たちを弾いてくれている。ここから霊気を通じさせてチビの魂と繋がりをつくってくれ」
「分かったわ」
「それから、あんたは……」
「八雲紫、ですよ」
「……紫さんは、結界が破れた時の措置をお願いしたい。判断も含めて、だがな」
紫は一瞬、妹紅の顔をさぐるように見つめたが、薄く笑みを浮かべてうなずいた。
「心得ました」
その22につづく