その20
20
炎のような光を背負っているように見える妹紅から列を成した火弾が打ち出され、渦巻のような軌道をとりながら輝夜に迫る。輝夜は流れるような動きで避けながら、腕を振る。瞬間、閃光が広がり。七色に輝く光弾が一気に噴き出て、妹紅に向かう。
妹紅はその光弾の塊の中に縦に突進しながらさらに火焔の列を瞬時に放つ。
恐ろしい量の弾が飛び交い続ける有様は、まさに光の幕が幾重にも重なり合っているように見えた。
『あんな状態が続いて、お互いに身体はなんともないのか?』
「多少当たっても致命傷じゃないんでしょ。それにしても、思ったほどじゃないわ」
『何がだ?』
「何て言うか……もっと凄まじい感じの戦いになるかと思ってたの。こうやって観てる限り、花火でもしながらじゃれ合ってるような感じ」
すると脇からぼそりと声がした。
「本人たちはけっこう必死だと思うけどねえ」
「あら、てゐ。いたの」
「いちおう事の次第を見届けなきゃならないからね」
てゐはぶすっとした顔つきで片耳を軽く動かす。
「この件、永琳は知ってるの?」
「たぶんね。まあ妹紅を張ってたのは姫様のいいつけさ。実はあいつが神社に通うようになる前から言われてたんだよ。なんだか妹紅の様子がおかしいからって」
『おかしいというと?』
「ここのところ妹紅と出くわさなくなったんだよ。前は隙あらばって感じで狙ってきてたんだけどね。姫様がわざと竹林の外に出かけても、全然音沙汰がない。何かたくらんでるんじゃないかって、しばらく師匠も警戒してたんだ。だから、こないだのあんたの『お披露目』にはわたしらが代わりに出たのさ。結局何事もなかったけどね。妹紅も来なかったし」
「そろそろ戦うのも飽きたってことかしら?」
「だったら、避ける理由が分からないよ。里から病人を連れてくるときも道が分かるところまで来たらそこで案内は終わりって感じで、永遠亭には近づかない」
「前にここで起きたことと関係があるのかしらね。あんたはそのときは居合わせなかったの?」
霊夢は空いっぱいに拡がる弾幕の模様を眺めながら訊く。
「ここでやりあったって話かい? そういうときは周りの警戒がわたしの仕事なんだよ。だからもっと離れたところにいたと思うね。今回は姫様に連れてこられたから仕方なかったけど」
『霊夢、結界の変化は起きてるのか?』
「そろそろ緩みはじめる頃ではあるんだけど……大したことはない感じ。そもそも弾幕打ちあってるぐらいじゃ結界にはさして影響ないのよ」
それは意外だ。
『だが、綻びやすい場所なんだろう?』
「結界に影響を与えるのは、本来はもっと別の力なのよ。わたしはあの二人の戦いに何かそういう力がからんでくると思ってたんだけど、どうも違うみたい」
「まあ、前はもっとお互いに憎らしく思ってる敵同士の怨念みたいなものを……」
言いかけて、てゐがぴくりと耳を動かした。
『?……どうした』
「待って」
霊夢が短く言い、顔を別の方角に向ける。私もつられてそちらを見た。
同時に、閃光が輝いた。その光のなかに、二つの人影が見えた。
「チビ、来て」
霊夢は私を抱き上げると、いきなり空中に飛び上がった。
「ちょっと、どうするんだい、こっちは!」
てゐが慌てたように声をあげる。
「あんたが見てて!」
叫び返した霊夢は、そのまま一気に移動してゆく。
今度は目の前に星の渦巻のようなものがいきなり現れた。
霊夢がとっさに片手を上げる。瞬間、目の前にぱらぱらと火花のように光がはじける。
「……少し離れた方がいいわね」
霊夢は空中でいったん後退し、地上に降り立った。空にはふたたび眩しい輝線が何本も現れ、交差する。
『なんだこれは……!』
「どうやら、他にもう一組いるっていうことみたいね」
霊夢は手で額の上に庇をつくる。
「幽香と……魔理沙ね」
『魔理沙? どうしてこんなところに?』
「分からない。それはともかく、どうもこっちのほうがわたしが思ってたものに近いわ」
どういう意味だ、と問い返そうとして、私はふと周りを見回した。
異様な気配が満ちてきている。
『…………』
「気がついた? 周りにどんどん妖気が集まってきてる。たぶん、あの二人の戦いに惹きつけられているのよ。このままだとまずい……」
霊夢の眉間にかすかに皺が刻まれる。
「時間稼ぎをしなきゃならないわ。チビ、わたしの肩に乗って。離れちゃだめよ」
『分かった』
いま説明を求める時間はないのだろう。私は急いで霊夢の肩に飛び乗り、しっかりと頭にしがみついた。
「いいわね? それじゃ行くわよ」
霊夢は二人の戦っている地点を中心に弧を描く軌道を低空飛行で移動し、その途中でふたたび降り立った。
そして群れを無して生えている彼岸花のいくつかの茎を手にとって結び目を作り、さらにその上に懐から取り出した札を自分の髪の毛で結びつけると、指を当てて小声で短い言葉を唱えた。すると、結ばれた札が僅かの間白い光に包まれ、元に戻った。
ふたたび移動し始めた霊夢に、私は訊いてみた。
『もしかして、結界を作っているのか』
「そうよ」
霊夢は短く答えた。
その後、さらに三箇所で茎の結び目を作って札をつける作業を行い、ふたたび私たちは元の場所に戻ってきた。
「とりあえず、これである程度は集まってくる連中を防ぐことができると思うけど……まああんまり長くはもたないわ」
『それで、これからどうする?』
「いまは……待つしかないわ」
待つしかない? 黙ってみていろというのか? いや、いらだってどうする……落ち着かなければ。
『戦いが終わるのを待つということか』
「そうじゃないわ。終わるかもしれないし、終わらないかもしれない。ただ、いまここでわたしがこの戦いに介入したり止めたりすることはできないのよ。スペルカード戦の決まりをあなたも知っているでしょう? しかも、人間と妖怪の間でこの取り決めをまとめたのは博麗の巫女、つまりわたしなのよ」
『それなら、いま結界をつくったのだって……』
「そうよ、本来ならルール違反だと言われてもしかたがないわ。ただ、周りに被害が出るかもしれないっていう名目はなんとかつけられそうだから。それに、あの勢いで戦っているところに割り込むのは厳しいのも確かよ。ちょっと注意がそれただけで、戦ってる本人たちのどちらか、下手をすれば両方が深手を負うこともあり得るわ」
そこまでぎりぎりの戦いをしているということなのか。だが、それはなんだかおかしい気がする。
すると、私の考えを読み取ったかのように霊夢が付け加えた。
「ただ、それほどの激しい戦いをしているのはいつもとは何かが違う。おそらく集まってきている呪霊や雑霊が影響しているんでしょう」
『さっき、戦いに惹きつけられている……と言っていたな』
「もっと正確な言い方をすると戦っている者の心に惹かれているの。何かに強く執着する心は、連中にとっては都合のいい足がかりだから」
『じゃあ、このままだとあの二人はその雑霊たちに取り憑かれてしまうんじゃないのか』
「というより、もうある程度は憑かれてると思う」
ずいぶん冷静なんだな、と思わず言いそうになったが、やめた。幣を握っている霊夢の右手が震えていたからだ。
その21につづく