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その14



     14



 湯気をたてている里芋を盛った皿を盆に載せて縁側に戻ってきた霊夢は、話を聞くとすこしあきれたように言った。


「それじゃあ結局は全部あんたのせいだったってことになるんじゃないの?」


『……かな』


「いやいや、べつに何もかもチビのせいだと決まったわけじゃない」


 妹紅はとりなすように言う。


「ただ、原因としてそういうことも考えられるというぐらいだ」


「でも状況からして妹紅から吸い込んだ力でスペルが発動したって考えるのがいちばん自然だものね。ヒトガタとしての本来の呪力がパチュリーの魔法のおかげで強まったのかもしれないわ」


 霊夢は小皿に芋をとりわけて、箸を添えて妹紅に手渡す。


「ちょっと味見してみて」


「ああ、ありがとう」


 妹紅は小さな丸い芋をひとつ箸で口の中に入れると、おっ、というように眉を上げた。


「……うん、美味い。料理が上手なんだな、霊夢は」


「そんな、たいしたもんじゃないわよ」


 霊夢の照れたような笑顔が妙に可愛らしい。このほのぼのとした雰囲気に水を差すのは少し気が引けたが、私は話を戻すことにする。


『そのパチュリーは力を吸い込めるような相手は滅多にいないと言ってたんだぞ』


「だから、それ相応の理由があるんでしょうよ」


 すると、妹紅が箸を止めて言う。


「つまり、わたしの側にも何かしら力を吸われる理由があったのかもしれないな。霊夢、そこらへんの見当はつくのか?」


「うーん、まあ本来はヒトガタは厄落としとか、相手に呪いにかけたりするのに使うから……要は本人とつながりのある分身という扱いなのよね。厄落としの場合は、いったんつながりを持たせた上で、それを切り離す。呪いの場合は、つながりを経由して相手に呪いを送る。でも、チビと妹紅の間にそういうつながりは……」


 霊夢はそこで言葉を止める。


「ない、か」


 妹紅が言うと霊夢は、いや、と首を振る。


「そうとは限らないわ。『つながる』ためのきっかけは、はたから見るとけっこうささいなことである場合も多いのよ。だから、本人も自覚してないこともある」


「だが、チビとはこのあいだ里で会ったときが初対面だったのは確かだぞ」


「まあ、何か気づかない形で接触しているのかもしれないわ。たとえばチビの魂が宿る前の、ただの人形そのものとね。そこのところがはっきりすると」


 霊夢は私に顔を向ける。


「あなたが知りたがってる、その人形の出所というのが分かるかもしれないわよ」


『なるほどな』


 それは可能性としては十分あり得る。


「出所って、どういうことだ?」


 妹紅の問いに、私は答えた。


『この人形、つまりいまのこの私の器だな、これは紅魔館のレミリアがもっていたものなんだ。それも元はといえば誰かから譲り受けたものらしいんだが……譲った本人に口止めされていて、誰かは言えないというんだ。だから、どこからこの人形の出所がどこかははっきりしない。それを調べたいと思っているんだ』


「だが、それが分かったからといって、チビ自身が何者かということと関係があるのか? その人形に魂を移すことになったのはあくまで偶然なんだろう?」


『確かに単なるめぐり合わせなんだがね……』


 私は前にレミィに話した内容を繰り返して説明した。この人形が外の世界から来たものなら、なぜ霊夢そっくりであるのか。そして、私自身も同様に外から来たのだとしたら、霊夢になぜ『憑いた』のか。執着する理由は何か。


 そう言うと、霊夢が微妙な顔をする。


「……あんた、わたしに執着してるの?」

『執着していると言うと何か語弊があるのかもしれないが……でもよほどの理由でもないとヒトの魂風情が憑くことなんかできないって、自分で言ってたじゃないか』


「そうだっけ? でもま、わたしを前から知っていたんだとしたら、それもおかしな話ではあるわね、たしかに」


「ある意味、神秘的だな」


 それまで黙って話を聞いて妹紅がぽつりと言う。


「もしかすると、チビは単なるヒトの魂ではなく、もっと別の次元の存在なのかもしれない」


「別の次元って、たとえば何?」


「たとえば……神様とか」


『それはないんじゃないか。そんな存在だったら、もっと確固たる自分というものをもっていると思う』


「そうとも限らないわよ」


 と霊夢。


「神様っていうのは記紀に出てくるような連中ばかりじゃなくて、もっと曖昧でよく分からない存在もいるのよ。ただチビの場合、自分自身の記憶はなくても外の世界で身に付けた知識とか考えとかがあるみたいだから……それを聞くとやっぱりヒトだったんじゃないかな、とは思うんだけどね」


『まあ、少なくともいまの私はヒトであるとはお世辞にも言える状態でないのは確かだな。ヒトではなく、妖怪でもないのなら、何なんだということになりそうだ』


「別に何だっていいわよ。どう呼ぼうと、中身が変わるわけじゃないんだから」


 すると、妹紅が皿と箸を置いて縁側から立ち、前庭の向こうに広がる林に眼を向ける。


「だが、こうなるとチビのことを気にする奴は増えてくるかもしれないな。現に……」


 顔の前で立てた右手の人差し指に小さな光が灯る。次の瞬間、妹紅は眼にも留まらぬ速さで水平に腕を振った。


 林の奥に向かって、光が矢のように飛ぶ。とたんに、がさがさと何かが動く気配がしたかと思うと、すぐに遠ざかって行った。


『な……なんだ?』


 私は一瞬の間に起きた一連の出来事の意味が理解できず、訊いた。


「兎だよ。ただし、食用にはならない奴だ」


 妹紅がそう言うと、霊夢がやれやれ、というような顔をする。


「相変わらず、永遠亭とは険悪なの?」


「険悪ということはないさ。だいたい、病人を案内するときはいつも近くまで行ってるしな。鈴仙とかはちゃんと挨拶してくれるよ」


『……永遠亭と何かあったのか』


「いや、まあ大昔に多少因縁があってね。一時期あそこのお姫様とは、何度もやり合ったんだ。だから、永遠亭の連中から見ると、私はちょっと厄介なやつなんだ」


「でも、わざわざ様子を探りに来る理由なんてあるかしら」


「あのときチビは、永琳に診てもらったんだろう? だとすると、さっきの話の件はたぶん永琳も把握している。不死人の霊気を吸ってその技を使える者というのは、なかなか興味深いはずだよ。なにしろ、輝夜もわたしと同じ不死人なんだからな」


『!』


 蓬莱山輝夜……。つまり、彼女も蓬莱人なのか。


「まあ、せっかくだからすこし連中のことを話しておいてやるよ。なにか言ってきたときのためにな」



     ☆★



 妹紅が帰ったあと、霊夢はなにやら道具箱のようなものを出してきて卓袱台の前に座り、箱を開けて硯を取り出し、墨をすり始めた。


『何を始めるんだ?』


「お札を書くのよ。もう作りおきがなくなってきたから」


『それって、もしかして弾幕に使うのか』


「まあ使い道はいろいろだけどね」


『……何かに備える必要が出てきたのか』


「べつにそんなに心配することじゃないわよ。ただ、ここのところちょっと気が緩んでたかなあと思って」


 さっき妹紅が話してくれたことと関係があるのだろうか?


 永遠亭の主、蓬莱山輝夜との因縁に関する話はかなり衝撃的だった。彼女が竹取物語に登場するヒロインである輝夜姫と同一人物であること、地上に落とされたのは八意永琳の作った不老長寿の霊薬を飲んだためであり、物語とは異なり、罪が赦されて月からの使者たちが迎えに来たとき、使者のひとりだった永琳と謀って、彼らを殺害し、逃亡したこと。一方、妹紅は輝夜姫に求婚を蹴られた貴族の娘であり、その私怨から輝夜に対する復讐を図り、時の帝に贈られた不老長寿の薬を奪って服用し、自身も不死となったこと。そして永い歳月を経た末に彼女たちはどちらもこの幻想郷へと辿り着いたこと……。


 正直、彼女たちが過ごした歳月の重みを想像しただけで圧倒されてしまうというか、私ごときがその過去についてあれこれ評することはできないと感じた。


 そして、すくなくとも現状においては妹紅によれば「一時休戦状態」なのだという……。


「あなたの好きなようにやればいいのよ」


 霊夢の声に、私は考えを止めて顔を上げた。


『うん?』


「幻想郷にはスペルカード戦のルール以外には決まりらしい決まりはないわ。自分のやることが何か他の連中にとって都合が悪いかどうかなんて、いちいち考えるひとはいない。みんながやりたいようにやったことが足し合わされて物事が動いているのよ。あなたもその足し算に加わるだけなんだから」


『そうだな』


 見透かされているのか、それともただ思ったことを言っているだけか。


『それじゃ、ひとつ提案をしてみようか』


「提案?」


『ああ。私もこれからのことに備えてやってみたいことがあるんだ』


 おそらく、霊夢はすぐにはうんと言わないだろう。だが、話のもって行きかたはいくらでもある。いわば交渉の訓練のようなものだと思えばいい。



その15につづく

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