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その13



     13



 左手の指先から、吸う。肩まで達したその流れが胸を横切って、右肩へと回る。そして、腕を通り抜け、右手の先へ。


 一瞬、かすかな振動が腕から身体に向かって走る。


 撃ち出された何かの塊が地面の木の葉を吹き飛ばし、舞い散らせた。


「なかなか上手いじゃないか」


 振り返ると、鳥居の近くに銀髪の少女が立っていた。


『妹紅……』


「邪魔してしまったか?」


『そんな大層なことをやっているわけじゃないんだ。ただ、なんとか自分でこの力を制御できないものかなと思ってね』


「基本的なところはできているように思えるな。生身の身体ではない分、制約がないんだろう」


 妹紅はそう言いながら、私のそばに近づいてきた。よく見ると、背中にずいぶん大きめの荷物を背負っている。


『どうしたんだ、それは』


「昨日、里で宴会があってね。そこに招待されたはいいが、帰りに土産だといって野菜とかを山のように持たされた。とてもじゃないが食べきれない。それで、すこし押し付けようと思って持ってきたのさ」


『そうか、わざわざ大変だったな』


 母屋に案内して、霊夢を呼ぶ。


 霊夢は妹紅が来たことに少しびっくりしていたが、訪ねてきた理由を聞くと顔をほころばせた。


「ありがたいわ……ここのところ、近場の山菜とかでなんとかしのいでたって感じだったから。それにしても、ここまで運んでくるの大変だったでしょう」


「まあ、このあたりの眺めを楽しみながら来たからね。さほど苦にはならなかった」


『身体が頑丈なんだな』


「ま、頑丈というのとは少し違うがね……とりあえず中身を確かめてもらおう」


 妹紅が降ろした大きな布袋に詰め込まれていたのは、主にイモ類、根菜、それにキノコのたぐいだった。それぞれの形や大きさが不規則で、いかにも自然の中で採れた野菜という感じだった。


「これはほんとに助かるわ。せっかくだから、今これで煮物でも作ってみましょう。できるまですこしこの子の相手でもしていてくれない?」


「ああ……うん」


 妹紅は少しまぶしそうな顔をして、うなずいた。


 霊夢が野菜類を運んで台所に引っ込むと、妹紅は私に小声で言った。


「なんというか、家にいると意外に女らしい感じなんだな」


『え? ああ、霊夢か。女らしい……うーん、まあ普通じゃないのか』


 そういう風に考えたことはあまりなかったが、妹紅から見ると家庭的という感じがしたのかもしれない。


「まあ、他人の普段の暮らしというのをあまり見てないからな。自分を中心に考えていると、いつの間にかものの見方が狭くなるのかもしれない」


『妹紅の暮らしは、こういうのとは違うのか』


「わたしの場合、まず自分の家というものがないからな……穴を掘ってねぐらにすることもあったし、木の上で寝るなんてこともよくあった」


『今でもそうしてるのか』


「そうだな。季節と状況に合わせて工夫はするが」


『どんな天変地異があっても生き残れそうだな』


「……それこそ、そんな大層なことじゃない。単に家をもつことが面倒だからそうなってしまっただけさ。もっとも、今のところこの幻想郷以外に行くあてはないから、きちんとした家を持っても悪くないかなとは思い始めてるがね。でも、なかなかそこまで踏み切れない」


『どうして?』


「家をもつとその土地と縁ができてしまう。土地と縁ができると、その土地に住まう人々とも縁ができる。それが面倒なんだ」


 もしかすると、私自身もそんなことを思っているところがあるかもしれない。周りの人々と縁ができることを恐れているのだろうか。自分が何者かも分からない、このふわふわとした状態。いつ消えてしまっても不思議ではない、この夢にも似た時の波間に自分が溶け込んでしまうのを拒んでいるのか。


「要するに、ただわがままなだけなのさ。それより、さっきやっていた技だが、もう一度やってみせてくれないか。ちょっと興味がある」


『ああ、かまわないが』


 私は前庭に下り、母屋から少し離れた位置に立った。


 右腕を伸ばし、指先を森の手前にある柿の木にむける。


 目標は、柿の木の枝に下がっている実のひとつ。枝の先端にあるものを選ぶ。実を傷つけないように、ヘタの部分を狙う。


 気を、ゆっくりと吸い込む。


 体の中心に張り詰めたものがじわじわと溜まってくる。そして……


『……!』


 身体がかすかに震える。ほんの少し間があったあと、木から実が落ちた。


「すごい!」


 縁側に座っていた妹紅が驚いたような声を上げ、手をたたいた。


 私は木から落ちた実を拾いに行く。手にとって見ると、ヘタの部分がすべて吹き飛んでいた。本当なら枝の付け根のところに当てたかったのだが、まだずれがあるようだ。


 ちなみにこれは死ぬほど渋い柿らしいので、鳥も食べにこない。木自身の栄養になるようにと、根元においておく。


 縁側に戻ると、妹紅が感心したように言った。


「さっきは気がつかなかったが、かなり狙いが正確なんだな」


『いや、そうでもない。実は撃ってから軌道修正をかけてるんだ。そこらへんは融通が利くんでね』


「誘導もできるのか」


『撃った後も目標の位置を意識していると弾がそっちに向かってくれるんだ。いまみたいな速い弾だとあまり効かないが』


「……あれなのか、毎日こういう練習をしてるのか?」


『少しづつだがね。とにかく自分の意思で制御できるようにならないと、このあいだのように周りに迷惑をかけることになる』


「慧音の件か。あれはお互いに承知した上での勝負だから、迷惑という言い方はあたらないと思うが」


『まあそうなんだが、自分できちんと制御できていない力を他人に向けるというのは、やはり不本意なんだ』


「なるほどな……そうすると、あのときは無我夢中だったわけだ」


 無我夢中というのも事実からはすこし遠い感じだ。


『むしろ、気を失いかけてたというのが正しいな。とにかくもう何もかもが限界で、誰か助けてくれ、という感じだった』


「…………」


 ふと妹紅の顔を見ると、深刻な表情をしている。


『どうした?』


「あ、いや……じゃあ、自分がどういう技を出したのかも覚えていないのか」


『やたらと弾数が多かったというのはうっすら覚えているが。あと……うねるような赤と青の弾の列が出て行ったかな』


「そうか……」


 妹紅はため息をついた。


「それは、おそらく『蓬莱人形』だ」


『蓬莱人形?』


 一瞬、既視感に似た気分を覚えた。


「スペルカードの名前だ。蓬莱って何だか知ってるか?」


『……中国の古い伝説に出てくる東方の海上にあるという土地の名だったか。そこには不老不死の人々が住んでいると信じられていたとか』


「その通り。その不老不死の住人たちは蓬莱人と呼ばれる」


 妹紅は眼を空に向ける。


「ある意味、この幻想郷は蓬莱に近い存在なのかもしれないな。実際、信じられないような年月を生きてきた者たちもたくさんいる。肉体を持った神さえいる」


『そうだな』


 まだじかにお目にかかったことはないが、妖怪の山にある湖のそばには、諏訪の地からやってきた二柱の神が祀られている神社があるという。その神々に仕える巫女も奇跡を起こす力をもつ現人神なのだそうだ。


「実は、私もそういう者の一人だと言ったら、どうする?」


『えっ』


 まさか、と思ったが、もともとただ者とは思えない人物だと感じてはいたし、ヒトならぬ何者かであるという可能性は否定できない。


 とはいえ、だからといっていまさら態度を変える理由にはならない。


『べつに何も。それを聞いたからといって突然妹紅の何かが変わるわけじゃないんだからな』


「そうか。いずれにせよ、いつかは言わなきゃならないと思ってたからな。わたしはね、まさにその蓬莱人なんだよ。つまり不死なんだ。年を取らないどころか、身体が粉々になっても元通りになる。そういう身体になってしまっている。だからわたしを『蓬莱の人の形』と呼ぶ者もいる。ヒトではなく、人の形をした別の何かだというわけだ」


『不死か……』


 私の中には、もはやそのこと自体に驚くという感覚はほとんど残っていなかった。が、ひとつ頭の中に閃くものがあった。


『ということは……蓬莱人形というのは』


「そうだ。『蓬莱人形』はわたしのスペルなんだ」


 妹紅は真剣な顔で言う。


「いまさらこんなことを言うのもおかしいんだが……いったい、お前さんは何者なんだろうな?」



その14につづく

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