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その12



     12



 翌日、私は神社まで迎えに来てくれたアリスに連れられて紅魔館へ向った。


 アリスは念のためだと言って私の身体を抱いたまま神社の境内から飛び立ったが、魔法の森を超えて湖に達したところでいったん岸辺に降りた。


「いちおうね、ここらへんあたりからは徒歩で行った方がいいの。湖の正面側から直接入っていくと、門番さんが飛んでくるから。高速で空中を移動して来る者は危険だっていうとらえ方をしてるらしいし、驚かせるのは良くないものね」


 アリスらしい配慮だ、と思った。霊夢はあまりそこらへんは気にしてないように感じる。魔理沙はもっとしていないだろう。


『ところで私を抱いたままだと腕が疲れないか?』


「だいじょうぶよ、あなたの身体は軽いもの。それに、やっぱり人形っていうのは抱いてあげたいものなのよ」


『そうか』


 そういえば、例の魔法の施術前に精神を集中させるためと言ってパチュリーが私を抱いてくれたが、もしかすると単純に人形としての私を抱いてみたいという気持ちがあったのかもしれない。


 湖に沿って続いている細い道を進んでゆくと、やがて前方に林に囲まれた建物が見えてきた。湖畔から半島のように突き出ているように見えるその領域が、紅魔館の敷地なのだ。


 その風景を見つめながら歩いていたアリスがぽつりと言う。


「……なんだかちょっと不思議な気分ね」


『何がだい』


「こうやって正面玄関から紅魔館を訪ねようとしている自分がね、全然別の自分のような気がするの。わたし、これまではあまり人の家に行ったりすることってなかったから」


『でも、今回の私の件では何回か通ったんだろう? それにパチュリーとは前からの知り合いじゃないのか』


「うーん、知り合いって言えるほどの関係じゃないわ。だいたい、向こうは魔法使いとしての経歴も長いみたいだしね……普通に考えると目上の人なのよ。ただ、そういう接し方はやめて欲しいって言われたから対等な口のきき方をしてるけど。だから、こういう風にあの人と交流をもてるようになったのは、ある意味ではチビさんのおかげなのよ」


『とはいえ、今回のことも含めて結局は迷惑をかけてるだけなんだがな……』


「迷惑ってことはないわよ。手間がかかるのは確かだけど、それが苦になるわけでもないから。ただまあ、あのときのわたしの予感が早々と当たっちゃったのは、ちょっと残念な気もするけどね」


『面目ありません』


 湖上にかけられた橋を渡りきって正面の門前に達すると、門柱の側に置かれた折り畳み式の椅子に座っていた緑色の中華風の服を着けた少女が慌てたように立ち上がった。


「こんにちは、アリス・マーガトロイドだけれど……」


「はい、パチュリー様から伺っています」


 彼女が門柱の陰に下がっている紐を引っ張ると、少し離れた場所から軽やかな鐘の音が響いてきた。


「すこしお待ちくださいね。いま案内の者が来ますので」


 考えてみれば、間近で彼女と会うのはこれが初めてだったかもしれない。


 いちおう挨拶をしておいた方がいいと思ったので、私は声をかけた


『こんにちは、美鈴さん』


「うおうっ」


 身体をのけぞらせる。私が声を出したのに驚いたらしい。


「も、もしかして、あなたが噂のチビ霊夢さんですか」


『そうですよ』


「いやあ、本当にお人形さんなんですね。なんかお話だけうかがってるとすごい大人のかたなんじゃないかって感じだったんですが」


 興奮気味なのか、眼がきらきらと輝いている感じだ。


『話というのは、レミィとかから?』


「いやいや、とんでもない。お嬢様からそんなお話は伺えませんよ。メイド妖精たちが噂してるのを聞いただけです。あ、それから言い忘れてましたが、わたしのことはどうか美鈴とお呼び下さい」


『じゃあ、私のこともチビと呼んでくれるかな』


「あー……、いや、お嬢様のご友人を呼び捨てはできませんから」


 美鈴は困ったように笑った。


「とりあえず、チビさんと呼ばせていただきます」


 案内のメイド妖精がやって来たので、私たちは美鈴が開けてくれた門を通り抜け、庭園を横切って紅魔館の建物へと向かう。


 正面玄関からは少し離れたところにある別の出入り口から中に入ると、明かりを手にした別のメイド妖精がやってきて、案内役が交代する。例によって廊下は薄暗い。窓はどれも小振りでしかも数が少ないので、光が射し込んでいるのはほんの一部だ。


 地下へ向かう長い階段を降りると、天井が低くなり、窓のない廊下が続く。一定の間隔で左右の壁に取り付けられている西洋風の燭台の炎の色は弱々しく、メイド妖精の手にしている明かりが消えたら、ほとんど何も見えなくなるのではないかという感じだ。


 しばらく進んだあと、ようやく古めかしい扉の前でメイド妖精が歩みを止め、ノックをする。


「パチュリー様、アリス・マーガトロイド様とお連れの方がいらっしゃいました」


 中から返事が聞こえたのかどうか、私には分からなかったが、メイド妖精は扉に向かって一礼し、引き手に手をかけてゆっくりと開けた。


 扉の向こう側には三日月の形をしたがっしりとした感じのテーブルに向かって座っている少女が見えた。とくに備え付けの明かりが見当たらないにもかかわらず、彼女の周囲は薄く光っていて、まるで光を帯びた空気がまとわりついているかのようだった。テーブルの左右、さらにパチュリーの背後には天井近くまである書棚が立ち並び、その輪郭を黒々と浮かび上がらせていた。そして、さらにその奥にも延々と同じような書棚が列を成している。


 この巨大な地下図書館が、いわば彼女の本来の居場所なのだ。


「いらっしゃい」


 三日月のエンブレムと赤青リボンのついた帽子をかぶったパチュリーはわたしたちに静かにうなずきかけた。いつもと同じ穏やかな態度だったが、この場所で彼女が積み重ねてきたものを想像すると、空恐ろしさを感じざるを得なかった。やはりこの魔法使いは、ヒトには想像もつかない底知れぬ力をもつ存在なのだ。



     ☆★



「しばらくこのまま様子を見た方がいい」


 私の腕を調べ終えたパチュリーはそう言った。


「八意永琳の言いたいことは分かる。霊力吸収を意識しやすいようにするというのもひとつの考え方」


「そうねえ……まあ、一度にいろいろいじっちゃうと、因果関係がよく分からなくなるしね」


 アリスは腕を組んで首をかしげる。


「宇宙人の薬の効果なんてわたしたちには分からないし」


『私が余計なことに係わったせいで、めんどうを増やしたみたいだな』


「あっ、そんなことはべつに気にしなくていいのよ。あの薬師さんが自分の判断でやったことなんだし」


 碧眼金髪の魔法使いは、はっとしたような顔つきになって手を左右に振る。


「それに、ほかの人の手が加わったからどうこうとか、そういうこだわりはわたしたちにはないから。ねえ、パチュリー」


「まあ……それはそうだけど」


 珍しくパチュリーはあいまいなうなずき方をする。


「ただ、どちらにしても術式の改良は考えてみる必要がある。霊力が溜ったまま出せなかったというのは、問題があるから」


「何か外側の要因ってないのかしら? 生身の肉体をもっているならともかく、チビさんの場合には力の伝導が『詰まる』ことって考えにくいと思うけど」


 アリスは納得がいかないという感じの表情だ。


「何か自然に反した力を取り込んでしまったとか、そういう可能性はない?」


「もちろん、可能性はある。でも、通常は変換不能な力は事前にはじかれるはずだから、術式の制限を超えた次元で取り込まれたものに限られる」


『具体的に言うとどんな感じなんだ?』


「たとえば、霊夢からじかに霊力を吹き込まれた場合は、伝導とかは関係ない。霊夢がもつ想いがそのままあなたの魂とつながって、伝わる」


 パチュリーは表情を変えずに言う。


「なぜならあなたは……たとえるなら霊夢の心と共鳴しやすい霊的構造を持っている。だからこそそうした例外的な事象が起きる」


『そういう構造を持つ者はほかには滅多にいないわけか』


「ゼロとは言えないけれど、考えにくい」


『…………』


「まあ当面、霊力は霊夢からじかにもらうようにしておいたほうが無難でしょうね」


 アリスが言うと、パチュリーもうなずく。


「そのほうがいいかもしれない。少なくとも霊夢からの力は『消化』しやすいはず」


「あと、この際あなたのもつ霊的な力を制御する練習というのはしておいたほうがいいかもしれないわよ。スペルカードにしてもある程度意識的に発動できないと不便なのは確かだし」


『練習か……』


 たしかに実際の戦いの場面でしかスペルカードを発動できないというのは問題がある。しかも確実に発動できるという保証もいまのところない。


「たぶん、意識のレベルを無意識に近づけることで制御しやすくなる。あなたの場合、無意識に近づくということは霊夢の魂に近づくことと同じ。だからこそ、霊夢と同じ霊的能力が使えるのだから」


 とパチュリー。


『うーん、でも無意識に近づくと言ってもなあ……それこそ意識的にできるものなのか?』


「でも飛行術はいつでもできるようになってるじゃないの。基本的にはそれと同じよ」


 アリスは腕組みを解き、私に向かって指を立ててみせた。


「要は精神と力の間を接続する通路ができればいいだけの話だから……生身の体を持たない分、チビさんは条件が有利なはずだわ」


「言語的な思考をしない状態を保つ訓練をするといいかもしれない」


 パチュリーが考え込むような表情でいう。


「どちらかというとあなたは言葉による理が優る傾向がある。心の中から言葉を消せば、おのずと見えてくるもの、感じられるものもあるはず」


『なるほど』


 心の中から言葉を消す、か。たしかにそれは無意識に近づく方法としては有効だという気はする。


 今後の術式改良についてはしばらくパチュリーが文献の調査をしてから、ということになり、私は彼女に礼を言ってアリスとともに紅魔館を後にした。


 神社まで私を送り届けてくれる途中、アリスはすこしからかうような表情で言った。


「直接霊気をもらったほうがいい、というのはあなたから霊夢に言いなさいよ」


『え? ああ、まあ……そうするが』


「照れることはないんだから。あなたの魂を保つための、大切な儀式なんだしね」


 そう言いながら、アリスはなぜか妙に嬉しそうな顔つきだった。よく分からないが、どうもなにか誤解されているような気もした。



その13につづく

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