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その11



     11



 魔理沙は神社の母屋の縁側に寝ころんでいた。その顔の上には頭周りにリボン飾りのあるつば付きの黒い三角帽子がかぶさっていて、金色の髪が脇からはみ出ている。


 その縁側から少し離れた空中に青白く輝く光球がいくつも浮かび、やや複雑な軌道を描いてリズミカルに動いていた。つねに同じ動きを繰り返しているのではなく、連続的に速度や軌道の角度が変化している。いちおう幾何学的な法則にのっとった統一性のようなものが感じられた。


「人魂にしては凝った動きだな」


 魔理沙が飛び起きる。とたんに、光球が次々に消えていった。


 庭にはサスペンダー付きの朱色のズボンをはいた長い銀髪の少女が立っていた。


「……こりゃまた珍しい客だな」


 魔理沙は起きた拍子に飛ばしてしまった帽子を地面から拾い上げる。


「驚かせたなら、悪かった」


「べつに驚いちゃいないぜ。ただちょっと集中してたんでな、気配に気づかなかった」


「訓練みたいなものか」


「ちょっとしたひまつぶしだよ。一人で留守番ってのも退屈だったんでね」


 魔理沙はぽりぽりと頬を指で掻く。


「巫女は出かけてるのか」


「永遠亭にな。そろそろ帰ってくるとは思うぜ。もう半刻以上は経ってるからな。ま、座れよ」


 魔理沙は帽子をかぶり直すと、縁側をぽんと叩いた。


「ああ……」


 妹紅はすこしぎこちない感じで歩み寄ってくると、縁側に浅く腰を下ろす。


 魔理沙は横目でその姿を見ながら訊く。


「あれか、慧音との一件のからみか?」


「まあ、そうだ」


「まさか仇を討ちに来た、なんてことじゃないだろうな」


「違う。そもそも、あの人形……チビを慧音と引き合わせようとしたのがこのわたしなんだ。里に知り合いがいないと不便だろうと思って」


「それは初耳だな。でも、だったらなんであいつらがいきなり一戦交えることになったんだ?」


「慧音もあまり詳しく話そうとしないんだが、チビを寺子屋に案内する途中でわたしが気を失ったのが原因らしい。それで、わたしが何か怪しい術をかけられたと勘違いしたようだ」


「気を失ったのか、お前が」


 魔理沙は妹紅の顔をまじまじと見つめる。


「死なない身体だからといって、いつも健康だというわけじゃない」


 妹紅が憮然とした顔つきで言い返す。


「わたしはけっこう不規則な生活をしてるし、あの時はすこし寝不足だったのかもしれない」


「…………」


「ふだんしぶといわたしがそんなありさまだったんで、慧音はかなり慌てたんだろう。早とちりをしてしまった一因もそこにあると思う。もちろん、いまは自分に非があると認めている。身体が回復したらあらためて詫びを入れたいそうだ」


「チビがそれを聞いたらきっと慧音のところに見舞いに行くって言うと思うぜ。すくなくとも、この程度のことで相手を疎んじたりするやつじゃない」


「お前さんはあの……チビとは付き合いは長いのか」


 妹紅が訊くと、魔理沙は少し得意げに答える。


「長いってほどの時間じゃないが、あいつがあの姿になったときからの付き合いだな。あの人形に魂が宿る瞬間に立ち会ったから」


「もし良かったら、そのあたりの経緯を少し話してくれないか」


「それは別にいいが、すこし長い話になるぜ」


「かまわない」


 妹紅は口元に笑みを浮かべる。


「興味があるんだ、あのちょっと不思議な『人物』にね」



     **********



 母屋の前庭に入ると、魔理沙と妹紅が縁側に並んでお茶を飲んでいるのが見えた。


「あら、珍しい組み合わせね」


 私を抱いていた霊夢が言う。


「ああ、留守中に邪魔をして悪かった」


 妹紅が立ち上がりかけると、霊夢が手でそれを制した。


「話はてゐから聞いたわ。余計なことに巻き込んで悪かったわね。こっちはこの通り元気になったから」


 霊夢は縁側に歩み寄り、私を魔理沙と妹紅の間に降ろした。


『やあ……』


 まさかその日のうちに再会するとは予想していなかったので、私はちょっと緊張していた。


 どう声をかけていいものかとためらっていると、妹紅は少し困ったような笑顔を浮かべた。


「なんだか、かえって迷惑をかけてしまって悪かった」


『いや、私のほうも正直その……途中であきらめて成り行き任せになってしまったから』


「まあ、巡り合わせが悪かったとしか言いようがないわね」


 と霊夢。


「慧音の具合はどうなの? けっこう怪我とかひどい?」


「そうでもない。もう起き上がって動けるし、大したことはない。寺子屋のほうは一日だけ休むことになりそうだが」


「そう。まあ、いちおうお互い承知の上での戦いだから、わたしとしては何も言うことはないけど、この子はお見舞いに行きたいそうよ。かえって迷惑じゃないかと思うんだけどね」


 すると、魔理沙がにやりとして妹紅の顔を見る。妹紅はすこし困ったような顔をする。


『……なんだ、魔理沙?』


「いや、なんでもないぜ。まあ、どうなんだろうな。むしろお互いに元通りになってから訪ねたほうがいいんじゃないのか。自分が弱っているところってのはあまり他人に見られたくないもんだからな」


『そうか』


「そういえば妹紅、あなたチビを案内してる途中で気を失ったんですって? 身体の調子悪いの?」


 霊夢が靴を脱いで縁側に上がる。


「……気を失ったというか、急に眠くなったんだ。前の晩にちゃんと眠れなかったのかもしれない。生活が不規則だし、疲れてるとかえって眠りが浅いこともあるから」


「ふだんから血のめぐりが良くないのかもよ。あなた病人の道案内はするのに、自分じゃあそこの医者の世話にはならないもんねえ……」


「さすがにそれはちょっとな……向こうもわたしの相手はしたくないだろう、いろんな意味で」


「まあそうかもしれないけど。お茶、冷めてるわね。淹れ直してくるわ」


 二人の湯呑を手に取った霊夢が台所へ引っ込むのを確かめてから、私は妹紅に言った。


『わざわざここまで訪ねてくれてありがとう。あれからどうなったか私には分からなかったんで、心配だったんだ』


「ああ、大丈夫だよ。さっきも言ったが、怪我というほどのことではないから」


『いや、慧音さんもそうだが、妹紅もさ……結局ほったらかしのままで戦い始めてしまったからね』


「目が覚めたときは慧音の家だったよ」


 妹紅は苦笑する。


「里の連中がわたしを運んでくれたらしい。あれから特に何もおかしいことはないから、身体の方は特に問題ないと思う」


『それは良かった』


 すると、魔理沙が口をはさむ。


「チビ、お前、妹紅のことは妹紅って呼ぶんだな」


『え? ああ、まあ最初会ったときにそれでいいってことになったからな』


「でもチビは人里に行ったのは初めてのはずだから、誰の紹介もなしに会ったんだろう?」


 魔理沙は視線を上げて妹紅を見る。


「その割にはずいぶん気安い感じの仲になってるなと思ってさ」


『まあ、はじめからすこし気安い感じでしゃべってしまったのは確かだな。ごく普通の女の子に見えたから』


 私は人里での妹紅との出会いについて説明した。魔理沙はすこし意外そうな顔をする。


「へえー、そりゃ確かにそこらにいる女の子に見えてもおかしくないな。人形に見られてるのに気がついたからって、湯呑落とすなんてドジもいいとこだぜ」


 すると妹紅は少し頬を赤くして反論した。


「うるさいな、ちょっと驚いただけだ。お前だってもし同じ立場だったら驚くに決まってる」


「わたしは初めてチビを見たとしてもべつに驚かないぜ。動く人形ならアリスんとこで見慣れてるからな」


『まあ、霊夢と似たような恰好だったということもあったんだろう。髪型も同じだしな』


「そうだ、むしろそっちだよ。一瞬、巫女が縮んでしまったのかと思った」


「わたしをなんだと思ってるのよ」


 後ろから霊夢の声が近づいてくる。


「萃香じゃあるまいし、人間の体が伸びたり縮んだりするわけないでしょ」


「はは、それはそうなんだが」


 妹紅は頭をかく。


 霊夢は廊下に膝をつくと手にしていた盆から、魔理沙と妹紅に新しいお茶の入った湯呑を手渡した。私はいったん縁側から離れ、入れ替わりに二人の間に座った霊夢の膝の上に座り直す。


「まあ、いろいろあったけど、もし良ければこれからもときどき寄ってこの子に会ってあげて」


 妹紅は少し驚いたような顔をする。


「しかし、その……迷惑じゃないのか」


「なんで?」


「いや、何て言うか。わたしが来たりすると、ほかの連中がその……」


「ああ、妖怪どもの間じゃあなたはけっこう有名らしいのね。でも別に構わないわよ。そんなのはわたしらが気を回すことじゃないもの」


 霊夢は澄ました顔で答える。


「それに、この子もわたしや魔理沙みたいなのばかり相手にしてるとものの見方が偏るでしょうし」


「おいおい、そりゃどういう意味だよ」


 魔理沙が口を尖らせる。


「わたしはそんなにへそ曲がりなことばかり言ってるってのか?」


「そういうんじゃなくて。わたしらは幻想郷で生まれ育った人間だし、ひとつのことに集中して生きてきたようなところもあるわ。だから、傍から見れば考え方もけっこう偏ってるのよ」


 霊夢はお茶をすする。


「その点、妹紅は外の世界を知ってるし、わたしなんかには想像もつかないことを見聞きしてると思うわ。そういう人と繋がりをもつのも悪くないってことよ。そうでしょう、チビ」


『ああ、まあな』


 妙に物わかりが良すぎるような気もするが、案外こういう発想は霊夢にとってはごく当たり前なのかも知れない。生れついた素質のおかげで若いうちに強大な力を身につけているのだから、もう少し増長気味の考えになってもおかしくはない気がするのだが。


「それに、ひとりで動き回るようになって初めてできた知り合いだものね。そういう意味でも大切にしないと」


『……そうだな』


 やりとりを聞いていた妹紅がくすりと笑う。


「でも、そうやって巫女の膝の上に乗っているとやはり自然な感じがするな。収まるべきところに収まっているというか」


「似たような恰好だからでしょ?」


「それもあるが……まあ本人がいちばんよく分かってるだろう」


 妹紅はお茶を飲み終えると、慧音さんの様子を見ておきたいということで里へとまた戻って行った。去り際に私がそのうちにまた、と声を掛けると、「ああ、またな」と笑顔で返してくれた。


 そのあと魔理沙もアリスの家に寄って今回の件の話をしておくからと言って帰っていった。やがて日も西に傾き、ようやく一日の終わりが近づく。



     ☆★



 夕食のあと霊夢が風呂に入っている間、私は縁側から夜空に見上げていた。月齢が進んでいるので、この時間では月はまだ出ていない。


 周りに明かりというものがほとんどないないので、数えきれないほどの星が見える。本当に奇麗だった。季節柄、南側にはあまり有名どころの星座は見えないが、ペガススの大四辺形を目印にすると、ペガスス、アンドロメダ、ペルセウスあたりは確かめることができる。ただ、星がたくさん見えるのでかえって星座っぽくない感じではある。これから寒さが増して冬に近づいてゆけば、オリオンの三ツ星や冬の大三角が南側に見えるようになるはずだ。


『…………』


 それにしても、自分自身のことは思い出せないのに、こうして空を眺めれば星座のことなどが思い浮かぶのだから不思議なものだ。その星座に関する記憶は間違いなくかつての私がおそらく学校の授業あるいは自分の個人的な趣味か何かで学び憶えたことのはずだ。その意味では私という存在は継続しているはずなのだ。だが、魂だけの存在となってしまったいま、失われた部分の記憶を取り戻すことはできるのだろうか?


 できないとしたら、せめて自分がどのような因果の連なりを辿っていまこうした状態に至ったのか、それを裏付ける証拠を集めるしかない。しかしそこから、果たして全体を推測することができるのかどうか。


 そして何より、この世界に魂を留められているいまの状態がいつまで続くのか。


 だが、それに関しては考えたところでいま答えは出ない。


「また何か考え込んでるのね?」


 いつのまにか白い寝巻き姿の霊夢がそばに来ていた。肩のあたりから微かに湯気が漂っているのが見える。


『そういう風に見えたか?』


「まあね。もしかすると、外の世界のことを考えてたのかな、とかね」


『……半分は当たりだが、半分ははずれだな。どちらからも見えるものだから』


「どちらからも見える?」


『空の星さ。幻想郷の境界も、星の光までは遮れないようだ。外の世界にあるとも言えるが、幻想郷でも見れるんだから、ここの一部だともいえる』


「星ねえ……ふだんあんまり意識したことがないけど。そういえば、星座とかいうものがあるんですってね。星の連なりに人や神様やモノの形をあてはめたっていう」


『霊夢が星座を知っているとはちょっと意外だな。もともとは西洋で作られたものなんだが』


「それぐらいの知識はわたしにもあるわ。と言っても、魔理沙からのまた聞きだけどね。季節によって星の配置とかが変わると自然界の力の流れとかに影響があるんですって」


『なるほど、東洋に生きる西洋魔術師だったっけ』


 すると、霊夢がかがみこみ、私の身体を縁側から両手で抱き上げた。


「……慣れてない、か」


『ん、なんだ?』


「たとえば、咲夜がレミリアの知らないうちにどこかの妖怪と戦ってたからって、レミリアはべつに騒がないと思うのよね」


『だろうな』


「それはたぶん、レミリアが咲夜の力っていうものをきちんとつかんでいて、やったことがどんな結果になるかを見通せているってことなのかもしれない。でも、それは咲夜がいままで何をどう処理してきたかっていう積み重ねがあってこそだとも思う。いつから紅魔館で暮らしているのかは知らないけど、いきなりメイド長になったわけじゃないでしょうからね」


『…………』


「慣れが必要だっていうなら、慣れるための時間も必要よね。そのための『安定』ってことなのかもね」


 私はすこし驚いた。


『紫さんの言ってたことを気にしてたのか?』


「気にはしてないけど、考えてはいたわよ」


 私が来てからというもの、霊夢には慣れないことばかりさせてしまっているような気もする。私のために礼を言ったり、詫びを言ったり。今日の永遠亭でのやりとりだって、霊夢としてはかなり頑張ったのかもしれない。だが、結界の管理者として、そして幻想郷全体の安寧を陰から守っている者として、果たしてそれがいいことなのかどうか。


 それは私自身には判断できない。少なくとも、いまは。だから結局言えるのは単純な言葉になる。


『ありがとう、霊夢』


「そうよ感謝しなさい、チビ」


 霊夢が私の身体を胸に押し付けるようにしながら言う。


「あなたがいまわたしにしてくれることは、それぐらいでいいのよ」



その12につづく

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