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その1

 東方傀儡異聞~御霊宿りし巫女の器~の続編です。

 おおざっぱに前作のあらすじを紹介しておきますと、霊夢の身体に憑いた魂が紆余曲折を経て霊夢そっくりの小さな人形に移され、ヒトの心をもった人形として行動し始めるというお話です。

 人形はチビ霊夢(略称チビ)と名づけられ、博麗神社に居候することになります。

 この人形に宿った魂は自分がどこから来た何者なのか定かな記憶をもっておらず、自分自身の過去をなんとかして知りたいと考えています。

 できれば前作を先に読んでいただけると幸いです。


     1



 天井近くにある西洋風の明り取りの窓から拡がる光が次第に薄くなり、赤みを増してきた。


 吸血鬼の少女を当主とするこの洋館は、どこも窓が小さい。しかも赤褐色を基調にした床や壁を使っている。そのせいか、夕暮れが迫るにつれてこの部屋の空気が沈み込んできたように感じる。


 霊夢は私を膝の上に抱いたまま部屋の中央の長椅子に座っている。一方、壁の隅にもたれかかって立っている魔理沙は、はす向かいの小窓から外を眺めていた。


 二人がこんな風に黙ったままでいると、すこし不思議な雰囲気が漂う。もっとも、神社にいるときもこんな状況はよくあるのだが……いつもと場所が違うせいかもしれない。


 腕を組んで外に眼を向けている魔理沙の横顔は庭からの夕陽の照り返しを受けている。その陰影が、西洋の美少年を思わせる彼女の容貌に言いようのない深みを与えていた。


「……なんだ、チビ」


『え?』


「人の顔をそんなにじろじろと見るもんじゃないぜ」


 魔理沙は頭をわずかに動かし、にやりと笑みを私に向けた。


『そういう風に感じたのか?』


「油断しちゃだめだ。なんせお前はそんなちっこいなりのくせに一人前のヒトの魂を宿してるからな、たとえ動きがなくたって気配で分かる。で、この美しき乙女の横顔を鑑賞しながら何を考えてた?」


 そのまま言葉にするのはさすがに気恥ずかしい。だから、とりあえず言った。


『いや……なんかこう、絵になる感じだなと』


「は? なんだそりゃ」


 すると、頭上から霊夢の声が響いた。


「魔法使いは畳に座布団敷いて座ってるより、洋風の部屋のほうが納まりがいいってことじゃない?」


『まあ、それも確かに言えるが』


 黒いサロペットスカートにフリルのついた白エプロンという魔理沙の服装は魔法使いとしてはいささか変則的な印象だが、少なくとも西洋風のコスチュームであることには違いない。


「わたしは東洋に生きる西洋魔術師だから、中身は和風なんだが。でも絵になると言われるとまんざらでもないな」


「チビは最近、さりげないお世辞ってのが巧くなってきたから用心した方がいいわ」

 霊夢が私の頭をぽんぽんと叩く。その叩き方が妙に優しい感じがするのがすこし怖い。


「じゃあ、お前には『今日も腋出しのお召し物が一段とお似合いだ』とか言うのか?」


「そんなわざとらしいことは言わないわよ」


 霊夢がすこし困ったような顔で身じろぎをしたとき、ノックの音がした。


「はいよ」


 魔理沙が返事をすると分厚い木製の扉が重そうに軋みながら開き、数人のメイド妖精たちとともに小柄なロングヘアの女の子が入ってきた。頭にかぶっているフリルつきの帽子には三日月形のエンブレムが輝いている。今回の件のいわば責任者、パチュリー・ノーレッジだ。今日は服の上に裾長の黒い外套を羽織っている。


 彼女は霊夢の膝の上にいる私にまっすぐに眼を向けて言った。


「準備が整ったから、来て」


『分かった』


 私がうなずくと、彼女はすたすたと霊夢の前に近づいてきて、両手を出した。


「えっ?」


 霊夢がすこし戸惑ったような声を出すと、魔理沙がテーブルから黒い三角帽子を取り上げて被りながら言う。


「先生御自らチビを現場にお連れしてくれるとさ」


「ああ……」


 霊夢が、膝の上から私を抱き上げてパチュリーに差し出すと小柄な魔法使いの細い腕が、私の身体を抱き取る。


「いまは力を使わずに移動したほうがいいから。それと、すこし話もある」



     ☆★



 パチュリーは私を両腕で包み込むようにしっかりと抱き、夕闇に包まれた庭園の中の小道を進む。半透明の翅を背にもつメイド妖精数人が明かりを手に先導してくれており、後ろからは霊夢と魔理沙がついてきている。


 私はすこし緊張していた。霊夢や魔理沙以外の人物にこういう風に「抱っこ」されたことはあまりない。耳元にはかすかな息遣いが聞こえ、しかもさきほどからお互いに沈黙したままだ。


 だが、さきほどの彼女の言葉を思い起こし、勇を振るって尋ねてみることにした。


『ところで、話があるということだったが……?』


 するとパチュリーは静かに答えた。


「あれはとりあえず言っただけ」


『は?』


 ちょっと意外な感じがした。そんな言葉がこの見るからに几帳面な感じの魔法使いの口から出るとは。


「術式の前に集中力を高めるために、あなたの身体に触れていることが必要なの。でも、それをあの二人に説明するのが面倒だったから」


『……そうなのか』


 理屈はよく分からないが、そういうこともあるのかもしれない。


 そこで話が途切れた。しかし集中力を高めようとしているわけだから、こちらから話かけるのもどうかと思い黙っていた。


 が、少しして今度はパチュリーが口を開いた。


「あなたのこの服、最初に着ていた服ね」


『うん? ああ、そうだ。霖之助さんに頼んで修繕してもらったんだ』


 この巫女服は前にチルノと戦ったときに袖の一部が破れてしまった。だが、その程度で処分するのは勿体無いとのことで霊夢が霖之助さんに依頼してくれたのだ。


「不思議な香りがする」


『香り?』


「ええ。いままでに嗅いだことがない匂い。香水とか、花とかとも違う」


 すこし唐突な感じの話題だったので、私はどう返事をしていいものか分からなかった。


 と、パチュリーはすこし口調を柔らかくして言った。


「わたしがこんな話をするとおかしい?」


『あ……いや、そんなことはないが』


「別に深い意味はない」


 彼女は私の身体を抱え直す。


「こういうとき、あなたの思考はいつも相手の心を捉えようとする。それは強みになることもあるけれど、逆に惑わされやすい場合もあるかもしれない」


『…………』 


「幻想郷にはいろいろな者がいるから、その点には注意したほうがいい」


『それは、貴女も含めて?』


 一瞬、間があったが、かすかな笑い声とともに返事があった。


「そう。わたしも含めて」


 小道はやがて林の中へと続き、さらに進むと小さな広場のような場所にたどりついた。木々が壁をなすように弧を描いて周りを囲んでいる。暗くなりかけている空を見上げると大きな落とし穴の底にでもいるような雰囲気だ。地面は専用の機械か何かで仕上げられたように固く平らで、草一本生えていない。


 この円形の広場の中央に、ほぼ正方形の頂点を成すようにかがり火が四基配置されていた。金属の柱の上に深い皿のようなものが取り付けられていて、その上に透明な炎がゆらめいていた。油のような燃料による炎とは違うようだ。


 かがり火に囲まれて長方形の台が置かれていた。複雑な紋様が刺繍されている布に覆われたそれは寝台のようでもあり、見ようによっては棺のようでもある。


 その傍らには三人の人影があった。私たちが近づくとその中のいちばん小柄な人物が声をかけてきた。


「あなたの門出にふさわしい良い夜ね、チビ」


 リボンとフリルで飾られた裾長のドレスに身を包んだ吸血鬼の少女、レミリア・スカーレットは鋭く尖った犬歯を見せながら笑みを浮かべる。


『門出というほどのことになるかどうかは分からないが』


「自分が変われば周りも変わり、新たな世界との関係が生まれてそこにあなたは踏み出すことになる。それはまさに門出というべきものではなくて?」


「パチュリーの魔法がどれぐらいの効果を生むかにもよるな」


 魔理沙が無遠慮に口をはさむ。


「チビにとって世界が変わるほどのものになったら大したもんだが」


「それは正直、やってみないと分からないわね。でも、こちらとしてはそれなりの準備をしたつもりよ。咲夜」


「はい」


 傍らに控えていたメイド長の咲夜さんが進み出てきて、小さな箱をレミィに手渡す。


 レミィはその箱を開けて、私たちに見せる。


 箱の中には青い宝石が嵌めこまれた金色の腕輪が鈍い輝きを放っていた。もっとも、私の腕に合わせて作られたものなので、輪の径は一回り小さい。


「それをチビに?」


 霊夢が問いかけると、レミィはうなずいた。


「ええ。わたしの持っている宝石の中ではいちばんの年代物だろうと思うわ」


「サファイアか……あまり見たことの無い色合いだな」


 魔理沙が箱に顔を近づける。


「コーンフラワーブルーというのよ。産地特有のものらしいわ」


「いいの? そんな高そうな石をチビに使わせて」


 霊夢が訊くと、レミィは大したことじゃないわよ、と手を振った。


「わたしにはこの石がチビの運命と相性が良さそうに感じられたの。そこがいちばん重要なことよ。でもまあ、魔理沙の言う通りまずは結果を見てみないとね。そこの人形遣いさんの働きにもよるとは思うけど」


 少し離れて立っていた金髪の少女、アリス・マーガトロイドが青い瞳の上の細い眉を少し寄せた。


「言われなくても、わたしも最善は尽くすつもりよ」


「期待してるわ」


 吸血鬼の少女は腕輪の入った小箱をアリスに渡すと、ちょっと感情の読み取りにくい笑みを見せる。たぶんアリスはレミィにとって多少距離のある存在なのだろう。


 パチュリーは敷物に覆われた台の前に進み出ると、私を仰向けに横たえた。


 星々が輝く真っ黒な空が広がっている。そこに、アリスの顔が横からひょいと出てきて、伸びてきた手が私の服の左袖をまくる。


「じゃあ、腕輪を付けるわよ」


『ああ』


 アリスは私の左の二の腕、半ばあたりの位置に腕輪を固定した。


 パチュリーはそれを確かめたあと、静かな声で言った。


「術式を開始する。わたしとアリス以外は明かりの外に出て」


 脇から霊夢の顔が出てきた。


「それじゃ、あの……しっかりね」


『ああ、だいじょうぶだ』


「うん……」


 霊夢はまだ心配そうな顔だったが、パチュリーに促されて台の側から離れて行った。


 パチュリーは確かめるように周りを見回してから、私に視線を戻した。


「では、始める」


『よろしく頼む』


 彼女は小さくうなずき、片腕を真っすぐに空に向けて掲げ、囁くような声音で呪文を唱え始めた。


 キン、という鋭利な音ともに白い光があたりを包み、その後外からの物音が一切聞こえなくなった。



その2につづく

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