うちの父さん、医者辞めるって~父さんな、早歩きの才能があることに気づいたんだ。だから、廊下暴走族になろうと思うんだ~
うちの父さんは自慢の父さんだ。父さんは医者で、地元では人気の医者なのである。とっても腕がいい。
そんな自慢の父さんが久しぶりに家に帰ってきた。普段は病院でそのまま頑張るっていって帰ってこないから、ちょっと嬉しい。
「ただいま」
「おかえり」
「今日は大事な話があるんだ」
父さんはソファーに座るなりそう言い、母と弟と私を集めた。
「あなた、大事な話って?」
「父さんは医者を辞める」
へ?
家族全員がぽかんとしている。
「父さんな、早歩きの才能があることに気づいたんだ。だから、廊下暴走族になろうと思うんだ」
??????
「お。集会の時間だ。じゃあ父さんは行ってくるから」
父さんは私たちを置いて出て行ってしまった。
ど、どどどうしよう。父さんが廊下暴走族になっちゃった。
そもそも廊下暴走族って何?
早歩きの才能って? そんな才能父さんにあるわけないじゃん!! 父さんが短距離走も長距離走もビリだったことくらい知ってるよ!!
窓から見たら、車は使っていないことが分かった。父さんを説得しないと。
「母さん! 父さんの現在地どこ?」
「勤務先の病院の方。たぶん病院に向かってるわ!!」
私は家を飛び出して、自転車に乗り込む。
父さんは自転車にも乗っていないらしい。それならすぐに追いつける。
私は競輪で全国大会にも出たことがある。余裕だ。
自転車を全力で漕ぐ。病院までは3キロ。5分くらいでいける。
5分後、病院に着いた。
父さんになぜか追いつくことができなかった。
病院の目の前の公園に白衣を着た集団がいることに気付いた。
近づいてみると、白衣にはそれぞれ何かが書いてある。
白衣特攻服だ!!!
その集団が向いている先には、父さん!?
思わず私はその集会に割って入った。
「父さん!! 何してるの?」
「いきなり家を出てすまない。でも、父さんはやらなくちゃいけないんだ。病院を辞める覚悟もできてる。それでもやらないといけないんだ。どうか見守っていて欲しい」
父さんの表情は真剣だ。
「族長!! 娘さんも一緒に来てもらってはいかがでしょうか?」
「そうですそうです。第三者からの視点も踏まえた多角的な見方ができた方がいいに決まっています」
「うむ。それもそうだな。一緒に行くか?」
父さんは笑顔を作りながら、私を見る。
ついていって、しょーもな!!! って言ったら父さんも改心してくれるかな。
「行く」
「お集りの皆様、行きましょう!!」
父さんが号令をかけて、白衣の集団は病院に突撃する。
私もそれについていく。
父さんは最前線を歩いているが、異常に速い。
周りの白衣と段違いだ。
私の自転車と同じくらいの速さに見える。
走って父さんを追いかけるが追いつかない。
「族長の娘さん。走ってはいけませんよ。我らは廊下暴走族。早歩きまでしか許されません」
なるほど、だから廊下暴走族。廊下は走ってはいけないからね。
いや、そういうことやなくて。
「早歩き療法を採用してください!!」
「早歩き療法を採用してください!!」
父さんや構成員が小さな声で各方向に分かれながら、訴える。
看護師さんとすれ違う時はしっかり止まって道を開ける。患者さんの部屋の近くでは声のトーンを落とす。足音は鳴らさない。
徹底した病院への配慮!!
廊下を走ってはいけませんの張り紙が目に入る。
「早歩きで筋力は3倍になります。非常に怪しいとお思いだと思います。でも、現に私たちを見てください!!」
父さんは早口で訴える。
「早歩きが医療を変えるんです! ぜひもう一度ご検討を!!」
父さんは病院長の部屋の周りの廊下を一周5秒で回りながら主張し続ける。
「私が医者を辞めさせられてもかまいません!! 早歩きが患者さんの希望となるのです!! パラリラパラリラ!」
申し訳程度の暴走族要素。
その後も父さんは病院中を早歩きで巡った。
私は途中で帰ったけれど、父さんが家に帰ってきたのは深夜だった。同士にお礼をしていたらしい。
次の日、廊下暴走族はニュースになっていた。
父さんは案の定病院を辞めさせられてしまった。しかし、それがきっかけで早歩き療法が世間に広まり、効果があることが話題になった。
父さんは廊下暴走族族長として、日本各地で活動している。
母さんは時々テレビに映る父さんを見て怒っていたが、父さんは全く気にしていないようだった。だって、母さんからの攻撃は早歩きで避けられるから。
私は今、早歩きのトレーニングをしている。文字通り父さんの背中を追いかけて。