診療中 ユニット1 Case2
歯科治療では、その特殊性から一部において「保険治療(保険診療)」と「自費治療(自費診療)」の併用が許される、いわゆる混合診療が認められている。
保険で治そうとした場合、審美的な問題など限界がある為、患者さんの治療のオプションとして高額な自費診療を選択することも可能だ。
保険では治す部位のその機能を回復するにあたり、必要最低限で治せる処置しか認められていないので、その上の処置を望む場合は保険が使えない治療を「自ら選ぶ仕組み」だ。
例えば、保険の前歯を入れると材質上数年で黄ばむなどの変色が起こったり、見えるし目立つ部位なのに強度の問題で銀歯を入れざるを得なかった…などがある。
また、歯が何本もない為、違和感がすごいのに入れ歯を入れないと噛む事ができないので仕方なく使う…こういった悩みをずっと抱えることもある。
こんな時にお金さえあれば、最上級のオプションの選択が可能だ。
前歯ならセラミックやジルコニアなど、とても綺麗で美しい材質の歯が準備されているし、強度が要求される銀歯の部位もセラミックやジルコニアで白く目立たないように治すことも可能だ。
(最近では、保険でもCAD/CAM冠やPEEK冠などの白い被せ物が認められてきたが、一定の条件や制約があり、取り扱いがなく実施していないクリニックもある。当院では取り扱いはあるが、儲からないのでほとんどおすすめしていないw万が一これを勧めようものなら、後で裏に呼ばれて恫喝コースだ。)
事実、自費診療は審美的な問題だけではなく、強度や適合性、清掃性などあらゆる点において優れている為、高額であるという理由は納得がいく。
それを作り出す歯科技工士さんにも高い技術が要求される。
そういった理由から、私の口の中にもジルコニアが入っている。
ストレスで食いしばり過ぎて、右上の一番奥の歯(右上7番)が欠けたので、歯冠破折部位に対してジルコニアでの修復が入っている。
とても快適だ。
なぜなら、院長からのストレスで食いしばっても丈夫だからwww
入れ歯においてはその装着が困難な場合、歯のない部分へインプラントを埋入し、自分の歯のように噛めるようにすることができる。
手術を沢山したくなかったり、何回もできなかったり、負担を減らす方法として総入れ歯でもいい方に関しては、2~4本程度インプラントを埋入して、インプラントオーバーデンチャーという方法を取る事もある。
インプラントと入れ歯がボタンのようにカチャッとはまる為(磁石が多い)、外れにくく快適な義歯を作る事が可能だ。
このように自由診療が高額なオプションであっても、最上級の選択をすることによって、その後の患者さんの人生に大きなメリットをもたらすこともあるのだ。
だが、視点をひと度変え、悪意のありそうな方向に目を向けると、この高額オプションはクリニックにとって阿漕な商売、とても儲かる治療なのだ。
担当医の誘い文句にのって自費治療をし、上手くいかずに酷い目に遭う人が後を絶たないのもまた事実だ。
だからこそ私は
「自らの意志で選択することが大事である!!」
と思っている。
故に治療提案をする際には患者さんの意志を尊重している。
ある時、私の担当患者さんから相談を受けた。
その方は60代のご婦人で、身なりも所作もきちっとされていて、その雰囲気からお育ちの良さを感じるような患者さんであった。
いつも自費で治療をご希望されていたのだが、
「今回は保険で治そうと思っているの…。」
と、深刻そうな表情でそう告げてきた。
こういった場合、何か理由があってのことなので何も伺わずに
「勿論!可能ですよ。」
と、私はお伝えした。
すると
「いつも綺麗に治していたので、どうしてなのかと先生に責められそう…そう思ったけれど良かったわ。安心致しました。」
と話され、一呼吸置いて
「実は主人が入院中で、とてもお金の掛かる治療をしているので、私は節約しようと思って…。」
「まだ主人には銀歯を入れるって言ってないけど、いつも『君は白くて綺麗な歯を入れればいいんだよ。』と、私にも本当に優しくしてくれて…。自分ではいつも保険で、目立つ所なのに銀歯を入れてるのによ?」
「だから、今度は私も主人の為になるべく節約して、もっと頑張ろうと思ったの!」
と、そう打ち明けて下さった。
このご婦人のように、当然のように自費治療をしてきた方でも経済的な理由や価値観の変化などで、急に保険治療をご希望されるケースは多々ある。
私の前の職場ではそうなった場合でも、院長は嫌な顔ひとつせず、
「では、今回は銀歯で入れさせていただきますね。」
と、精一杯に真心を籠めて治療を行い、手を抜くことなど一切なく、全ての患者さんに平等に治療を行っていた。
そういった誠実な対応をするクリニックで育てていただいた私は、何の疑いもなく今いるこのクリニックでも同じように対応してくれると思っていた。
その為、当初予定していた自費のセラミックの治療ではなく保険治療をご希望されていること、また今回はご主人様のご病気の件もあるので急ではあるが保険治療をご選択される理由があることをそのまま院長に告げた。
すると、
「はぁ?だって、セラミックで治すって言ってたじゃん?!何で今更?支台歯(被せ物の土台となる歯)だって仮り歯だってそうなる予定で時間掛けて治してきてやったのに、その掛けた時間も労力も意味ないじゃん!」
と、キレ出し
「そもそも君の聞き方が悪いんだろ!俺が話すからもういいよ!」
と、怒鳴って患者さんのいるお部屋へ向かわれた。
私は唖然とした。
院長と患者さんとの話し合いが始まり、相手の今のお気持ちや思いやお考えなどおかまいなしに
「自費の方が絶対にいいですよ!」
と、持論を繰り広げた。
「今まで自費で治してきたのだから…」
「今回だけ銀歯にするのは審美的にも…」
「機能性や清掃性においては…」
etc...
これでもかというくらい自費治療の話しかしなかった。
院長の言葉からは患者さんへのご配慮など微塵も感じなかった。
しかしながら、患者さんの意志は堅く
「先生、私は今回は保険で治そうと思っているのよ。ごめんなさいね。なので、保険でお願い致します。」
と、深々と頭を下げられた。
院長はその言葉を聞き、
「わかりました。じゃあ、目立つ銀歯が入りますからね!」
と、語気を強めその場から去って行った。
お金が入らなくなる、儲からなくなるという感情や態度が先行し丸見えで、患者さんにも簡単に見透かされているようでとても恥ずべき行為だと思った。
思いやりは一切なく、今まで自分の治療を認めてもらい信頼していただき、そのおかげで自費治療の選択をして下さった患者様への感謝の気持ちは一欠片もなかった。
自分の歯のことよりもお金の方が大事なのだと気付いた患者さんは落胆し、それでも院長のことは悪く言わず、私に向かって
「本当にごめんなさいね。私が急に保険の治療だと言い出したものだから、先生のご機嫌を損ねてしまったわ…。」
「秋山さんにも嫌な思いをさせていたらごめんなさいね。」
と言い残し、その日は何もせずにお帰りになられた。
しかしながら、状況は一変する。
数日後、その患者さんがやっぱり自費で治したいと言い出したのだ。
故に、治療相談という形で再度来院していただいた。
私は
「もしかしたら、院長があんな失礼な態度を取ったせいで、患者さんを傷つけた上、申し訳なさから無理をしてまで自費にすることにしたのでは?!」
と不安に駆られた。
私はその患者さんをお部屋にお通しした直後に
「もしもご無理をされて自費にしたいとお考えであれば、私もご一緒に先生にお願い致しますから!ご心配なさらないで下さいね。遠慮なく仰って下さい!」
とお伝えした。
すると患者さんは
「違うのよ。大丈夫よ。優しい秋山さんだから、きっとそう言ってくれると思っていたわ。」
「逆に私は、いつも患者さんの味方をしてくれるあなたのことの方が心配よ。」
と、とても悲しそうな表情で話し始めて下さった。
「実はね、先生に色々と言われて、あの後主人にも今回あったことや正直な私の気持ちなどをお伝えしたの。そしたらとっても喜んでくれて…。」
「『僕のことは心配しなくても大丈夫だからね。どんな時でもいつも支えてくれた君がいたからこそ今の僕があるんだし、僕が頑張って稼いだお金は全部君の為に使いたくて頑張ってきたんだよ?』って言ってくれたの。」
「それにね『そのクリニックと相性が悪いなら、キャンセルのお金が掛かったっていいんだから他に行ってもいいんだよ?』とまで言ってくれたの。」
そう話され、少しの間があって若干の躊躇を感じた私は、患者様の次のお言葉を静かにお待ちした。
「実はね…」
「私の古くからの友人も『ここの先生は本当に腕がいいのよ!』って言って、ずっと通っていたの。私にもそう教えてくれたので通うきっかけにもなったの。」
「その友人はこちらでずっとセラミックを入れていたのよ。でもね、ある時、目立たない上の一番奥だから銀歯で大丈夫ですって言ったら、手の平を返したように先生に不快な態度をとられて傷付いて、もうこちらへは来たくないってこっそり2年程前に教えてくれたわ。」
「私は彼女のご紹介で縁あってこちらへ通っていたのだけれど、その話を伺っても先生はいつもニコニコされていてそんな風にはちっとも見えなかったので、あまり信じていなかったのよ。」
「でもね、この間のことで友人の言っていたことは正しかったってはっきりわかったわ!本当にがっかりしたの…。」
私は思わず自分の事のように感じてしまい、申し訳ない気持ちになり、失望させてしまったことに耐えきれずに
「そのようなお気持ちにさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。」
と、その言葉が無意識に口を衝いて出た。
すると患者さんは
「あなたは一切悪くないのだから謝ってはダメよ。」
「あなたはいつも先生に聞きづらいこともお伝えしづらいことも、全部私の代わりに言ってくれて、本当に感謝していたの。」
「あなたがいて下さる日は心強くて安心できて、ずっとずっと担当してもらえた私はとっても幸せだったわ。」
と、涙を浮かべながら優しく微笑んで下さった。
そして
「今回の治療、やっぱり自費のセラミックで治します。」
「先生の腕が良いのは存じ上げていますし、今回の所は目立つので自費にする事に致しました。何よりも主人がそれを強く望んで下さるので、また甘えさせていただくことにしました。」
「…でもね、これで最後。もうここでは治療しないことに決めたの。これからは私の友人が今通っている所へ移ります。」
「秋山さんならこれ以上語らずともわかってくれると思うから、もうやめておくわね。この先は先生の悪口になってしまうから(笑)」
「ひとつだけ残念なことがあるとすれば、痛くない上手なあなたのクリーニングをもう受けられなくなることかしら…。」
「今まで世話が焼ける私の面倒を見てくれて、本当にありがとうね。」
「それと、今お話しした事は先生には内緒にしてね。約束よ。私からの最後のお願いです。」
と告げると、ウィンクして下さった。
お約束通り、私は全てを伏せて院長に
「目立つ部位なのでセラミックをご希望とのことです。」
とお伝えした。
すると院長は
「そうするべきだよね!やっぱり俺から話したから自費にしたんだよ!」
「君も俺の話し方を見習って、今後は伝え方に十分注意しろよ!前からいつも気になってたから!」
と、すごく嫌な感じで言い放たれた。
私は
「その言葉、そっくりそのままお返しします!それは貴様だ!!」
と叫んでやりたかったが、グッと堪えた。
心の中で中指を立ててやった。
あっかんべぇ~!!(笑)
院長はすぐにでも患者さんと話したかったらしく、誇らしげな表情で踏ん反り返りながら患者さんに近付いていった。
そして
「〇〇さん!やっぱりセラミックが一番いいですよね!次回は型取りをしましょう!」
と満面の笑みで、終始ウキウキ♪ルンルン♪な状態で「お金が入る!嬉しい!」という声が聞こえてくるような態度だった。
女優のように患者さんは優しく微笑んでいたが、私に一瞬目配せしたのを見逃さなかった。
「ほらね?これが先生の秘技☆手の平返しよ!」と伝えて下さったようだったwww
院長が去った後に小声で
「あからさまに態度が違うから、噴き出しそうだったわw」
と笑って帰られた。
心の広いご婦人で院長は救われたなと思った。
その後、その患者さんは宣言通りセラミックで美しい仕上がりにした後、一切の通院が途絶えた。
院長の腕を信用し、よしなにして下さるクリニックのファンを失う瞬間を私は再び目にした。
前述した患者さん同様、何も気付かず何からも学ばない院長は、その本性が暴かれた時、いつか干されるのでは?と感じ始めた瞬間でもあった。
誰かが言っていた。
「信頼を築くのは大変!けれど、信用を失うのは一瞬だ!」と。
本来であれば、院長であろうともこんな最低な社会人を擁護するなど以ての外だが、主任という立場上仕方がなかった。
不本意であり、ご自分の愚かさに気付けるように本当のことを言ってやろうかとも考えたが、言わなくて正解だったかもしれない。
この患者さんのご来院が突然途絶え、一度も休んだことのなかった定期検診にも来ず、数年経った今でも全く気に掛けない。
そのご様子から察するに、この患者さんを責任を持って診続けるという使命感は一切なく、この方の財産にしか興味がなかったということが明白になった。
今となっては他のクリニックでの治療を選び、出て行かれた彼女の判断は正しかったと思う。
あの方であれば、きっと他のクリニックさんで大切な患者様としてのご対応を受けられていることだろう。
この出て行かれた患者さんのように、私も早くそうするべきだったのかもしれない…今となってはそう思う。
この出来事は、患者さんを値踏みした「セラミック事件」と呼ばせて頂こうか。