自己紹介・担当制
では、これより診療室へご案内致します。
あなたは診療室に通され、チェア(診療用のイス)に座らされる。
エプロンを掛けられ、うがい用のコップを準備され、指示通りに口をゆすぐ。
コップには謎の緑の液体が入っているが、味は悪くない。
チェアが水平に倒されると、眩しいライトを当てられ、指示通りに口の開閉を繰り返す。
カチカチ噛んだりギリギリ歯ぎしりをさせられて、咬み合わせのチェックもされたりする。
チェアを起こされると、当たり前かのように再び口をゆすがされる。
あなたはこのチェアの上では術者(歯科医師・歯科衛生士)の言いなりだ。
まな板の上の鯉となる。
そんな場所。
そして、私たち歯科衛生士もチェアの上の患者さんと同じく、クリニック内では院長や主任歯科衛生士、またはお局様の言いなりとなる。
よく言えば「指示に従う」だ。
私はそんな世界で17年間ずっと務めている。
勘違いしないで欲しいが、私は歯科衛生士という職業を誰よりも誇りに思っている。
それでは自己紹介を始めよう♪
「本日担当をさせていただきます。歯科衛生士の秋山陽子と申します。宜しくお願い致します。」
ペコッ&ニッコリ♪
深々とお辞儀をし、マスクをしているから目元がきちんとニッコリなるように患者さんに向かって笑う。
作り笑顔にならないように注意が必要だ。
私こと秋山陽子は、昭和生まれのどこにでもいるような37歳の歯科衛生士だ。
まぁ、それなりのベテランではあると思う。
前の職場と合計すると、15年間主任をしていることになる。
長女だからなのか責任感は人一倍強く、曲がったことが大嫌いなタイプだ。
真面目過ぎて自分を犠牲にしてまで遣り遂げようとしてしまう。
争い事は自分の感情を引っ込めることで解決していた。
手先は器用な方だったので、その点では恵まれていた。
苦手なことは人の何千倍も努力しないとできないような人間で、だからこそ何千倍も努力すればできるようになる日がくることを誰よりも知っていた。
故に努力しないような人間が大嫌いだった。
口先だけで全く努力もせず、口が達者だけの人間は一切認めなかった。
それがずる賢く生きる術だと知っていても許せなかった。
だからこそ、ずる賢い人間にいいように使われて損をする。
でも、それでいいんだ…私さえ我慢すれば…と思っていた。
同僚や友人からは「地味に凄いタイプだよね。」と言われたことはあるが、イコール仕事はできてもパッとしない感じなのだろう。
自分でもそう思う(笑)
一応、とある認定歯科衛生士ではあるが、ここではその資格を活かしきれていないのが実情だ。
なぜなら…
院長よりも目立ってはいけないからだ。
どうして地味な私がずっと主任なのかって?
それは、院長に「絶対に逆らわない」からだ。
幾度となく怒鳴られようが、理不尽なことを言われようが、「全部主任のせいだ!」と責任転嫁されようが、反論したり、反抗的な態度を一切取らないからだ。
都合のいいサンドバッグ。
思い通りになる「いい人」ではなくて「どうでもいい人」。
ここでは「主任」と書いて「雑用」と読む。
私はそんな主任歯科衛生士だ。
優しすぎて相手のことばかり気にして考えて、自分の気持ちを後回しにする。
強い人間などではなく、ただひたすらに耐えることに特化した、経験値を防御力や堪忍袋の緒の強度に全振りしただけの女子。
他人には一切見せることなく、悲しんで泣いて深く傷付いても、涙を拭いて顔を上げて患者さんに振り返ったら、満面の笑顔でデキる歯科衛生士を必死に演じているだけの不憫な役者。
そして、それがプロだと妄信している憐れな一介の歯科衛生士。
「そんなに大変なら、なぜ17年間も続けているの?」と聞かれたら、こう即答しよう。
「急に辞めたら捨て置くようで、私を必要としてくれる担当患者さんの為にどうしても辞めることができなかったから。」
結局理由も「相手」のことばかり。
自分を大切にすることを知らなかった。
そんなただの女子だった。