表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/22

診療中 ちょっと薔薇を摘みに… ~ 希望の光の中へ ~

翌朝、目覚めた瞬間にこう思った。

「苦しい…無理だ…。」

と。

だが、病院にかかる予定がある為、今朝は母が迎えに来てくれる。

時計に目をやると、あと1時間程度で母が来る時間だった。

這うようにしてベッドから下り、クローゼットへと向かった。

こんな事であれば、まだ動けた昨日のうちに洋服の準備をしておくべきだったと思った。


何とか着替えを済ますと、身支度を整える為に洗面所へと向かった。

それほど広くはない部屋なのだが、この時ばかりは相当な広さと距離に感じた。

洗顔をし、歯磨きと髪を結うのは座って行った。

最早、髪型などどうでもよかったので、ただ1本に縛った。

化粧をする気力はなかったのだが、病状の判断をしてもらう際にはノーメイクの方がいいだろうし、本当に全てがどうでも良かった。

お財布の中に保険証やお金があるのか確認をするのも一苦労だった。

フラついて頭も回らないので、今何をすればいいのかよくわからなくなっていた。


粗方の準備を終え、這いながら玄関に辿り着いた頃には母から、

「もうすぐ着くよ~。5分くらいかな?」

というメッセージがちょうど届いていた。

玄関で横になったまま待った。

基本的に食事を抜く事はなく、昨日から何も食べていない状態だったが全くお腹も空かないし、水も飲みたいと思わなかった。



ほぼ時間通りに母は到着した。

チャイムが鳴ったので鍵を開けた。

フラつくが何とか歩けるので玄関の外へ出た。

母は私の状態を見るなり、

「えっ!?救急車呼んだ方がいいんじゃない?」

「顔が真っ青だよ!!」

と言った。

今となっては母の判断通り、救急車を呼ぶべきだったと思う。

だが私は、

「大丈夫…まだ歩けるし…。」

「病院までお願いします。」

と言ってしまったのだ。



私は母の車に乗るとすぐに座席を倒した。

車に揺られること約20分、私はその間静かに目を瞑っていた。

母も気遣って余分には話し掛けて来なかったが、時折

「大丈夫??あと少しだよ?」

と言ってくれたりした。



病院に到着すると玄関前のロータリーで降ろしてもらった。

初診で時間が掛かる為、全く時間が読めなかったので母には一旦帰ってもらう事にした。

心配した母が付き添いを申し出てくれたのだが、送迎をしてもらえるだけでも有難く、せっかくの母の休みを無駄にはしたくなかったので、

「ありがとう。」

「でも、私はもう大人だから大丈夫だよ(笑)」

「終わったら電話するし、何かあったらちゃんと連絡するから心配しないでね。」

「それにもうここは病院だから、万が一倒れてもお医者さんがいるから大丈夫でしょ?w」

と努めて微笑んで、手を振りながら母を見送った。

なるべく母には心配を掛けたくなかった。



私は病院の中へと歩みを進めた。

総合受付まで辿り着くと保険証を出し、初診である事と病状を伝えた。

問診票が渡されたので指定された場所で記入を始めた。

だが、立ったまま書くスタイルの所で、その当時の私には相当キツかった。


私より少し後に受付を済ませた青年がいたのだが、私の隣で同じく問診票を書き始めた。

私はぼーっとしてしまい、どこをどう書くのか判断能力も低下していた。

名前、住所までは何とか書けたのだが、その後が凄く細かくなっていて脳がフリーズしてしまった。

ふと横を見ると、意外に近くに立っており、その青年が書いている問診票が見える近さだった。

何をどこに書いたらいいのか分かりやすかったので、横からチラチラとカンニングしながら記入した。

個人情報を盗み見ているのだから、今思えば、私はその青年に相当怪しい人物に映ったに違いないと思う(笑)

だが、私は必死だった。

「その欄は職業欄で…その下は電話番号か…。」

「あっ…年齢はここで、性別はその横だね。」

「残りは質問に答えるだけかな?」

と、参考にさせてもらいながら記入した。

優しい青年だったのかもしれないが、私の挙動不審な状態を全く気にする事もなく、私よりも先に問診票を書き終えた。

受付へ向かう彼の後ろ姿を見送りながら、

「ありがとうございました。あなたのおかげでちゃんと書けました。」

と、心の中でお礼を述べた。



その青年よりもだいぶ遅れて、私は受付に問診票を提出した。

受付から案内があり、循環器科の近くのイスで座り、呼ばれるまで待つように指示が出た。


ゆっくりと循環器科へ向かうと、(まば)らだが席は空いていた。

取り敢えず、一番手前のイスに腰掛けた。

少し離れた所に先程の青年の姿を見つけた。

どうやら同じく循環器科にかかるようだった。


15分程度経った時、私は看護師さんに呼ばれた。

「先に血圧などを測定しますから、そのお部屋へ行きましょうか。」

と案内され、検査室①へと移動した

最初に問診票の確認があった。

昨日起こった事や最近の体調などについて、看護師さんに詳しく説明をした。

その後、尿検査もするとの事で、近くのトイレでお小水を採った。


続いて検査室②に入った。

まずは採血からだった。

その後に血圧測定を行った。


1回目 89/40


看護師さんが、

「何回か深呼吸してみましょうか。」

と言って来た。

指示通り、私は何度か深呼吸を繰り返した。


2回目 92/41


ほぼ変わらなかった。


続いてSpO₂(血中酸素飽和度)を測定した。

みなさんも病院にて青い色をした測定器を指に挟まれたご経験があるのではないだろうか。

簡単に言うと、全身に酸素が行き届いているのかを確認している。

通常の数値は98%前後だ。

超健康体であれば100%の人もいる。

逆に喫煙者などは95~97%の人もいる。

私はというと…


1回目 SpO₂ 89%


看護師さんがディスプレイを二度見していた。

再び、

「何回か深呼吸してみましょうか。」

「手が冷えているのかな?少し触りますね…。それほど冷たくないですね…。」

とのやり取りをした。


2回目 SpO₂ 91%


看護師さんがフリーズした。

私もまさかこんなにも状態が悪いとは思っていなかった。

歯科でも外科処置の際などは、バイタルサインやサチュレーションなどのチェックをする事がある。

当然ながら基礎知識として身に付いてはいたが、こんな数値は自分でも初めて見た。

恐らく、抜歯後にこんな数値が示されたなら、モニターのアラームがずっと鳴り響くし、様子を見て長引けば、間違いなく酸素吸入や救急車の要請案件だろう。

息苦しく感じた日に体が鉛のように重く感じたのも納得がいった。

担当患者さんの些細な変化に気付くのは得意だったのに、自分の変化には全く気付けていなかった。

それどころか、こんなになるまで放置してしまったのだ。

自分自身の「担当」は失格だと思った。


そして、看護師さんからは

「秋山さん、相当苦しかったんじゃないですか?」

「よく歩けましたね…。」

「恐らく救急車を呼んでいいレベルだったかと…。」

「我慢して頑張っちゃったんだねぇ…ツラかったよね。」

「一般受付の場合、診察の優先度が低くなってしまうのですが、私の方から状態が悪い事は先生にお伝えしておきます。」

「この後、先程の待合いスペースへ戻っていただくのですが、私たちの目の届く所に必ず座っていて下さい。」

「なるべく1列目か2列目に腰掛けておいて下さいね。」

「緊急時はすぐに対応しますから、ダメだって思ったら遠慮しないで私たちに声を掛けて下さい。」

と、真剣な眼差しで言われた。

自分でも、

「そりゃそうだ…。この数値だとマズイ状態だよね…。」

と思った。



待合い室へ戻る際は車椅子に乗せていただいた。

車椅子のあまりの快適さに無理をして歩いていたのがよくわかった。

そして診察室の入り口付近、最前列に座らされた。


その後、30分程度待ち、医師の診察を受けた。

職場での出来事やその環境などについても詳しく説明した。

院長のパワハラについても話したが、ただの悪口になっていたかもしれない。



診察の結果、心室細動など命に直結するような不整脈ではなさそうだとの診断が下った。

念の為、本日中に詳しい検査を受ける事となった。

検査結果によっては入院になる場合もあると医師から告げられた。

私は母に、

「一度先生の診察を受けて、これから詳しい検査をする事になったよ。」

「まだ時間が掛かるけど心配しないでね。」

と、メッセージを送信した


心電図検査や心エコー検査(心臓超音波検査)なども受けた。

SpO₂が低かったので横になり酸素吸入も受けた。

その後はかなり楽になった。

車椅子で常に移動をしていたのが良かったのか、次第に息苦しさも軽減された。



再び医師の診察を受けるまで45分程度待った。

時計に目をやると既に13時を過ぎていた。

この病院に8時台には到着していたはずなので、4時間は経過していた。


そして検査結果などを医師から告げられた。

要約すると…

①心臓自体に大きな問題はなく、血液検査の結果も全く問題はない。よって、現時点で入院の必要性はない。

②今現在、死に直結するような不整脈は起こっていない。

③不整脈自体は確認されたので、一時的に服薬は必要。

④後日、ホルター心電図を装着して2日間検査を行う。

⑤恐らくは「心因性による不整脈」である。

⑥睡眠不足も考えられるので、当面は夜10時には寝ること。

⑦ソファーに寄り掛かってそのまま寝てしまう事などはないようにすること。

⑧場合によってはカテーテルアブレーション手術が必要になる。

⑨仕事も含め、絶対に無理をしないこと。

上記の内容を医師から告げられた。


診察が終わる間際、その医師は私にこんな言葉を贈って下さった。

「無責任に聞こえるかもしれないけどさ、環境を変えられないなら、今すぐにその職場を辞めるべきだと僕は思うよ?」

「職場への説明の際に、必要であれば診断書もちゃんと書いてあげるし、僕は君の味方だからね。」

「院長の事も含めて、そのまま診断書に書いてあげるから大丈夫。」

(↑それは流石に私の命が危ないと思ったw)

「それでも話が通じないなら、その院長を僕の所へ連れて来なさい。延々と説教してあげるから(笑)」

「今までも僕は秋山さんのような患者さんを沢山診て来たからね。」

「自分の命に関わる事だから、真剣に考えないと。」

「今回は倒れないで済んだかもしれないけど、次は救急車でここに運ばれて来ることになるよ?」

「このまま無理を続ければ、命に直結するような心室細動が起こる可能性もゼロじゃないんだからね?」

「君も医療従事者だから、僕の言ってる意味がわかると思うけどな。」

「とにかく、お大事にして下さい。」

医師の真剣な眼差しと、その心の籠もった言葉に深く感謝をした。

そして、勇気をもらった気がした。



診察が終わり、お会計の為に総合受付へと向かった。

ゆっくりと歩けば問題はなく、車椅子は必要なくなっていた。

ふと思い出したが、休日に持ち帰りの仕事を全くしなかったのは本当に久しぶりだったかもしれない。

検査などは疲れたが、ある意味でゆったりと過ごす事が出来たのだと思う。

それと同時に、私は医師の言葉を重く受け止めた。



総合受付で待つ間、私は母にメッセージを送信した。

迎えに来て欲しい旨と、

「一先ずは大丈夫なので、安心してね。」

と、連絡をした。


お会計が終わる頃には、時刻は既に15時近くになっていた。

お会計や薬の処方が終わると、私は母が迎えに来てくれている駐車場へと向かった。

自宅に着くまでの間、久しぶりに母と沢山話をした。

その間も他愛ない事で笑えるくらいの余裕が出たので、医師の診断通り心因性の不整脈だったのだろう。



家に着くと、どっと疲れが出て来た。

別れ際、母が気を利かせてタッパーに入れたおかずを渡してくれたのだが、涙が出るほど嬉しかった。

相変わらず食欲はなかったが、処方された薬を飲む為、母の美味しい手料理を口にした。

その優しい味に心がじんわりと温かくなった。



その日の終わり、就寝前に私は考え事をしていた。

それは…

「不整脈の事をあの院長にどう伝えようか…。」

だった。

仕事をセーブする事になれば、守銭奴の院長に文句を言われるのは明白だ。

だが、いざとなれば循環器科の先生から診断書がもらえる。

「大義名分の下に体調不良を訴えられるのだから大丈夫!」

と、自分に言い聞かせた。

不思議とその日の夜は明日が来るのが怖くはなかった。

主治医から勇気を貰ったから、そんな気持ちになれたのかもしれない。

その勇気を貰えた言葉は、処方箋の投薬よりも私の心臓(こころ)に響いた。

そして私は深い眠りに就いた。


秋山の不整脈は本当にツラかったそうですよ…。

ストレスって怖いですね。


ここまでお読みいただき、心から感謝申し上げます。

本当にありがとうございます。

感想や評価などをいただけますと励みになりますので、お時間がありましたら宜しくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ